番外編

第0話 冒険者、出会う

(注:このエピソードは番外編です。リプレイではなく、序章と各キャラクターの経歴を元に作り上げた、キャラクター紹介小説となります)



乗合馬車から石畳に降り立ったドワーフのダナは、足元に荷物を置いてうんと背伸びをした。

長時間の移動で、身体中がすっかりこわばっている。

肩を揉み解しつつ首を左右に倒し、新鮮な空気を肺に吸い込んで大きく吐き出した。背後で車輪を軋ませながら、馬車が出発していく。

軽い会釈と共にそれを見送った後、ダナは改めて荷物を手にして街路と町並みを見渡した。

「大きな町……。ここがハーヴェス王国の首都ハーヴェスですか。港があるって聞いてましたけれど……」

今いる場所は潮の香りがしない。港は町の反対側なのだろう。

「水路はちゃんとありますし」

ダナは石畳の端を流れる幅一メートルほどの水の流れを目で追った。澄んだ水だ。思ったよりは小さいけれど、ここは支流なのかも知れない。

「何はともあれ、まずはイーヴ神殿にご挨拶をしなくてはなりませんね。冒険者ギルドも探さなくては」

ダナは四方を見渡した後、町の中心とおぼしき方へ歩き始めた。



道の左端を歩きながら、通りの名が書かれた標識を探す。よそ見をしていたせいで、人とぶつかってしまった。

「すみま……」

「いってーーーーっ!」

反射的に謝罪の言葉が口にのぼりかけたが、それよりも先に、大袈裟な悲鳴が上がって絶句する。

ひょろ長いエルフの男が石畳に転がっていた。一緒にいた恰幅の良い人間の男が、両手を肩の高さに持ち上げて仰々しく驚いている。

「どうした、ヤス! 大丈夫か?」

「いてえ!! いてえよ、兄貴! 今ので右腕の骨が折れちまった!」

「何っ!? そりゃ、大変じゃねえか! 貴族様に依頼された肖像画、明日が期日だったろ。間に合うのか!?」

「やべえ、やべえよ、兄貴。この腕じゃ、今日は仕事にならねぇ!」

突然始まった説明的な会話に、ダナは瞬いて首を傾げる。

「骨が折れるほどの勢いだったでしょうか?」

「ああん? 舎弟はなぁ!? 骨が繊細に出来てるんだよ! 芸術家だからな!」

兄貴がいきり立った。握り拳を作ったムキムキの前腕を見せつけ、威嚇してくる。

「どうオトシマエつけてくれるんだ、嬢ちゃん。このままじゃ俺たち、貴族様に首をはねられちまう」

「そ、そうだ。兄貴。違約金を払って、期日を延ばして貰おう。そうすれば……」

「それは良い考えだな、ヤス! おい、嬢ちゃん。聞いていただろう。怪我させた分、金を置いていけば許してやるぞ」

ダナは眉根を寄せた。自分よりも遙かに大きな男に対し、臆する様子もなく相手を見上げている。

「よそ見をしていたことは謝りますが、ぶつかってきたのはそちらです。私に全ての非があるとは思いません」

「なんだと!? おめぇ、そりゃ……」

小柄な少女の外見から、凄んで脅せば簡単に金を払うと踏んでいたのだろう。兄貴はそう言って言葉を失った。予想外のことに困惑し、顔が百面相を演じている。

石畳に転がったままのエルフが、兄貴と獲物を見比べた後、立ち上がった。

「いいや、違うね。この町じゃ、歩行者は右側通行って法律があるんだ。アンタが左側を歩いていなけりゃ、俺とぶつかることもなかったぜ!」

「そうなのですか?」

ダナは辺りを見回す。素知らぬ顔で歩いている町人は、確かに進行方向の右側の歩道にいた。他には人影がなく、ダナは反論の手立てを失う。

彼女がよそ見をしている間に、兄貴はヤスに向けてサムズアップしていた。よくもまあ咄嗟にうまい理由を考えついたものだ、と。

顔を戻したとき、二人は素知らぬ顔で立っていた。ダナはため息をつく。

「……分かりました。そういうことであれば、確かに私が悪かったのかも知れません。……しかし生憎、旅の途中。持ち合わせが余りありません」

「なにぃ? 幾らなら持ってるんだよ!」

「50Gほど」

二人は揃って、掌で目を覆った。

「しかし、ご心配には及びません。私は神官ですから。折れた腕を見せて下さい。元通りに接いで差し上げます」

ダナが片手を差し出すと、二人は急にそわそわし始めた。

「? どうしたのですか? 神官なのは本当ですよ。ほら、ここにイーヴの聖印も持っています」

首元から聖印をたぐり寄せて相手に示す。安心させるための行動だったにもかかわらず、二人組はバニッシュを掛けられた蛮族さながらに、じりじりと後退りしはじめた。

「い、いや。俺たちは……その、治療よりも金……」

「何をやっているんだね?」

凛とした声が背後から降り、ダナは振り返った。

金属鎧を身につけ、背に負った長剣の柄に手を掛けた冒険者風の若者が、厳しい顔をして立っている。

「また君たちか。痛い目を見たくなかったら、さっさと立ち去るんだな」

「やべえ。ずらかるぞ!」

兄貴とヤスは、脱兎の如く来た道を走り去り、角を曲がった。ダナはあっけにとられてその背を見送る。

「左側通行……」

「ああ、そんなの嘘ですよ、お嬢さん」

若者はキラキラしい笑顔を見せる。白い歯が太陽を反射して眩しい。

「あの……貴方は、この町の冒険者ですか?」

「そうです。何かお困りでしょうか? お力になりますよ」

ダナはほっとする。

「丁度、冒険者ギルドを探していたのです。場所を教えて貰えませんか?」



冒険者ギルドの扉が開き、落胆した様子の二人組が街路に現れた。片方は痩せて目つきの悪い赤毛の少年、もう片方は頭に大輪の花を飾った涼しげな美貌の青年である。

「っはーー! 駄目だ、駄目だ。今日もろくな仕事がねぇ」

「うん。僕たちには少し難しそうな依頼ばかりだったね」

苛立った様子の少年に対し、同行する青年はのんびりと答えた。後者の言葉が実のところ、正鵠を射ている。

クエストボードに張り出された依頼は、駆け出しの、それもたった二人で受けるには、荷が重すぎるものが多かったのだ。

連れの言葉にさらっと自尊心を傷つけられ、ヴィーノは顔をしかめた。

「くそっ。とりあえず、飯でも食って考えるか」

ヴィーノは道ばたの石を蹴り、ポケットに両手を突っ込んで歩き始めた。剣帯から下げた真新しいレイピアが鞘の中でカタカタと鳴る。花飾りの青年は黙って赤毛の少年に追従した。

「もっとこう、楽して手っ取り早く金が儲かる方法はないもんかな?」

「そうだね、ヴィー。だけどそろそろ本当に何か仕事を受けないと。僕、もうお金がないよ」

「ないって、幾らならあるんだよ」

「”ない”は”ない”だよ、ヴィー。0G」

「はあーーーー!?」

赤毛の少年が立ち止まって大声を出した。

花を咲かせた青年――植物が元になって生まれたメリアという人族で、頭の花はから生えている――は、空っぽの財布を振って見せた。ぱらぱらと、細かなゴミがもの悲しげな様子で、袋から石畳に落ちる。

「ぴったり買い物しきったんだ。買い物上手でしょ?」

驚き慌てる少年とは対照的に、青年はどこか自慢げだった。気に掛け、構って貰えることが嬉しいらしく、頭の花がふわっと開いた。

「いや、なんでちょっと嬉しそうなんだよ!? まさかアラーイス、お前、俺にたかる気じゃねーだろうな?」

ヴィーノは連れの青年アラーイスから少し距離を取った。財布が入っているのであろう、懐をガードしている。

「1Gたりとも奢らねぇぞ?」

アラーイスは眉尻を下げた。頭の花も、少しくったりとする。

「そうしたら、仕方ないから保存食を食べるよ。冒険のために用意したやつだけど」

ヴィーノは目を閉じて天を仰いだ。冒険に出る前から、早くも追い込まれている感じがして嫌だ。オレの転落人生、最近さらに加速度を増してないか?

「神官が仲間になってくれれば、受けられる仕事の幅が広がるのにね」

ヴィーノはアラーイスの言葉に瞼を開き、今度は足元を見つめた。もはや蹴るべき石すら見当たらない。

「何人か声を掛けたけど、断られたからな……」

「だってヴィー、言い方が良くないよ。オレ様に仕えさせてやる、ありがたく思え、だなんて。みんな怒るよね?」

「お前は怒らなかったじゃないか」

「僕は……、うん。冒険に出られるなら、なんでもいいかなって」

そういえば、とヴィーノは隣を見上げて記憶をたどる。アラーイスが怒ったところはまだ見たことがない。

「あーあ。どこかにいねぇかな。お前みたいにチョロくて騙しやすくて優秀な神官は」

「騙しやすいかは分からないけれど……」

アラーイスは前方を示す。

「神官ならあそこにもいるね」

ヴィーノの目にも、胸にイーヴの聖印を輝かせた少女の姿が写った。いや、良く見ればドワーフだ。ドワーフ女性は歳を重ねても外見が老けないので、見た目通りの少女とは限らない。

しかし、隣に同行している戦士らしき姿がある。二人はゆっくりと歩きながらも会話に集中しているのか、こちらにはまだ気づいていないようだった。

「ありゃもう既に、どこかのパーティーに属して、」

言いかけて、ヴィーノは口を噤んだ。急に険しい表情になる。直後、アラーイスの服を掴み、脇の路地に引っ張り込んだ。

「なに、なに? ヴィー。どうしたの?」

「しっ。静かに」

ヴィーノは暗がりに身を潜めたまま、真剣な表情で会話に耳を澄ませる。アラーイスはヴィーノよりも路地の奥に入り、しゃがんで身体を小さくした。言われたとおりに口は噤んだが、瞳は好奇心にきらきらと輝いている。



「350Gですか。そんな大金が……」

「そうなんだよ。私の属している冒険者ギルドは凄く人気があってね。登録希望者が余りにも多いものだから、最近、しっかりした紹介状を持つものだけを受け入れるように方針転換したんだ。その代わり、一度登録してしまえば、割の良い仕事が沢山受けられるから、すぐに元は取れるよ」

「それでしたら、先にイーヴ神殿に行けば。ただで紹介状を発行して貰えるかも知れません」

「あー、ダメダメ。残念だけど、それじゃあ駄目なんだよ」

「そうなんですか?」

ダナは不思議そうに瞬く。キラキラしい冒険者は、白い歯を輝かせてさわやかに微笑んだ。彼は先ほどから、とても親身になって相談に乗ってくれている。ダナ一人では、この町独自のルールなど知るよしもなかったから、大変助かっていた。

「紹介状にもランクがあるんだ。神殿は、神官には簡単に紹介状を発行してくれるだろう? だからランクが余り高くはなくて。登録の審査に時間が掛かってしまう」

「そうなのですね。それはそれで困ります」

「でも大丈夫! さっきも言ったとおり、知り合いの貴族が最高ランクの紹介状を書いてくれるんだ。登録した後でなら、ギルドから300Gまで無利子で借金が出来るから、それで紹介料を支払って、仕事を受ければ良いよ」

「……でも」

とても良い話に思えたが、ダナには一つ、大きな問題があった。それを口に上らせようとした瞬間のことである。


「その話、ちょっと待った!」

背後から急に大声がして、ダナと戦士は驚いて振り返る。通過したばかりの細い路地から、赤毛の少年が飛び出してきたところだ。人の気配には少しも気づかなかった。

直後、隣から舌打ちが聞こえた気がした。ダナが顔を上げると、彼は相変わらずさわやかな笑みを浮かべている。気のせいだったかも知れない。

「紹介状なら、オレも用意できるぜ? しかももっと安い金額でな!」

ヴィーノは腕組みをし、不敵に笑う。凄くガラが悪そうだな、とダナは直感的に思った。

「おい、トレック。350Gはいくら何でもふっかけすぎだろ?」

「心外だな、ヴィーノ。私が紹介する貴族はこの街の有力者だよ。骨折りに対する正当な報酬だと思うけれど」

トレックと呼ばれた冒険者は、落ち着いた様子で腕を広げた。それからダナに顔を向ける。

「イーヴの神官さん。あいつはたちの悪いチンピラだ。言葉を真に受けてはいけないよ」

「よく言うぜ。このえせ冒険者」

「えせ?」

ヴィーノの言葉を、ダナが怪訝そうに繰り返す。青年戦士はやれやれと肩をすくめた。

「ただの誹謗中傷だよ。さ、時間の無駄だし、無視して行こう?」

「オレなら300……、いや、200Gでパリッとした紹介状を用意してやる」

肩を押されて踵を返しかけていたダナが、足を止めた。トレックが顔をしかめる。

「耳を貸しちゃいけない」

「ですが、随分安くして貰えるようですよ」

トレックは目を閉じて深呼吸をした。それから人好きのする、困ったような笑みをダナに向けた。いい人そう、とダナは思う。

「君が詐欺師の言葉に騙されるのを看過できない。仕方ない。私が幾らかお金を出すよ、神官さん。そうすれば君の負担は150Gで済む」

「そこまでしてもらう訳には参りません」

「はっ! オレのことを詐欺師とは、よく言ったもんだよな、トレック。それじゃ100Gでいいよ。ただし今すぐ現金でな」

「何の話? ヴィー?」

遅れて路地から出てきたアラーイスが、話が見えずにヴィーノに話しかけた。直後、無言でヴィーノに口を塞がれる。

ダナは迷ったが、残念そうに肩を落とした。踵を返す。

トレックは勝ち誇った笑みを浮かべる。ヴィーノに向けて、片手をひらひらと振った。

「ちょ、ちょ! 待ってくれ!」

ヴィーノはアラーイスの口を塞いでいた手を前に突き出し、慌ててダナを呼び止める。

「くっそ! こうなったらもう出血大サービスだ! 50Gでいい!」

「本当ですか?」

ダナが勢いよく振り返る。

「50Gなら用意できます。すぐに」

「ちょ、ちょっと、神官さん!?」

「親切にして頂いたのに、ごめんなさい。こちらの方に、紹介状を書いて貰う事にします。どうもありがとうございました」

ダナはトレックにぺこりと頭を下げた。

トレックは憎々しげに顔をゆがめてヴィーノをにらみつける。

「今度会ったら覚えておけよ、このちんちくりんのクソ野郎!」

トレックは唐突に汚い言葉遣いになり、片手で卑猥なジェスチャーをして足早に立ち去っていく。ダナはその後ろ姿を唖然として見送った。

「突然、どうしてしまったのでしょうか」

「アレがアイツの本性さ」

隣までやってきたヴィーノが、ダナに語りかけた。片手を差し出している。

「んじゃ、50G。それで冒険者ギルドへの紹介状はバッチリだぜ?」

「あ、はい」

ダナが自らの懐に手を伸ばしたとき、アラーイスが、ぽんと胸の前で手を打ち合わせた。

「分かったよ、ヴィー! ヴィーはこの女の子から、50Gをだまし取ろうとしているんだね! ありもしない、冒険者ギルドの紹介状を作るって名目で。なるほど! それなら確かに、楽して儲かるね!」

一瞬にして場が凍り付いた。



「誤解して、すみませんでした」

ダナは謝罪をしながら、ヴィーノの顔に手を翳していた。癒やしの力が掌からヴィーノの瞼に降り注ぎ、青黒く変色していた目の周りを元の肌色に戻していく。

「イテテ……。痒っ」

傷が治るにつれて、ぴりぴりとした痛みは痒みに変わり、思わずヴィーノは左目を覆った。

ここは冒険者ギルドのギルドホール。テーブルの一つに三人は座り、先ほどのやりとりを振り返っている。


「さっきのやつはトレックって詐欺師なんだ。手下にメリヤスってエルフとゴメスっていう太っちょの人間がいて、よく三人組で旅人をカモにして詐欺を働いてる」

「そうなのですか!?」

ダナは驚いた。まさか、先にぶつかった二人組までグルだとは、思いも寄らなかった。

そのことを話すと、ヴィーノはそうだろう、と重々しく頷く。

「良くある手口さ。ピンチを救って信頼を得てから、相手を騙すんだ」

「私、ちっとも分かりませんでした。ヴィーノは私を助けるために、あんな風に交渉を持ちかけていたんですね。お陰で助かりました」

「なあに。いいってことよ」

ヴィーノはすっかり良くなった左目から手を離し、ひらりと振った。ダナは引いた手を、そのまま口元に添える。

「でも……。それならどうして最後に、本当に50Gを受け取ろうとしたんです?」

「あっと……そ、それは……。受け取るつもりじゃなかったんだ。ダナ、お前の冒険者になりたいって言う覚悟を試しただけで」

「そうだったんですね。すみません。騙されたと聞いて、反射的に手が動いてしまって」

「ごめんね、ヴィー。僕が余計なことを言ったせいだよね」

反省をしていたのか、今までずっと沈黙を貫いていたアラーイスがついに口を開く。話題に入れないことが、彼にとっては苦痛なのだ。

今日は良く耐えた方だな、とヴィーノは諦め気味にそう思う。

「ま、まあ、あの状況じゃそう思うのも仕方ないっつーか……」

本当は完全に50Gをだまし取ってやろうと考えていたため、ヴィーノは歯切れが悪い。

「そうだよね。僕もすっかりそう思い込んだし。でも良かった。ダナちゃんも無事に冒険者登録が出来たね」

「はい、お二人のお陰です。でも登録してビックリしました。ここはハーヴェス王国の首都ハーヴェスではなかったのですね」

「全然違うよー? 首都はもっと南の、海の傍だよね? ここもハーヴェス王国内ではあるけれど」

「海の香りがしないので、変だなぁとは思ったのです。でも水路もありましたし」

「あれはただの用水路だよ!」

「そうでしたか」

大丈夫だろうか、とアラーイスはダナがますます心配になった。彼女はイーヴの神官らしく真面目でしっかりしているようだが、どこか抜けている。詐欺師に簡単に騙されてしまうことといい、小さな町を首都と勘違いしていることといい。世間知らずなのだろうか。聞けば一人で旅をしていると言うが、よくぞここまで無事で来られたものだと思う。

ダナは恥ずかしそうに髪を掻いた。

「お恥ずかしい限りです。今回の失敗で特にヴィーノには、多大な恩義を受けてしまいました」

その言葉に、ヴィーノは人の悪い笑みを浮かべる。テーブルに身を乗り出し、ダナに向けて片手を振った。

「ならその恩義、返させてやっても良いぜ?」

「はい?」

ダナが怪訝そうに片眉を跳ね上げた。アラーイスが慌てて、二人の間に割って入る。

「僕たち、一緒に冒険に出てくれる神官を探していたんだ。ダナちゃん、良かったら、僕たちとパーティーを組まない?」

「私が、ですか?」

「おい! オレが話して……」

「やだ! 今回は僕が話すんだ!」

後ろから顔を出そうとしたヴィーノを、アラーイスは身体を張って邪魔した。ヴィーノが何度試みても、アラーイスの頭の向こうに顔が出せない。

ここでまた今までの様に神官を逃すわけにはいかないから、青年は必死だ。

ヴィーノはふて腐れて椅子に座り込み、頬杖を突いた。

「でも……」

「一緒にいれば、困ったことがあっても助け合えるよね。僕たちが困ったらダナちゃんに助けて欲しいし、ダナちゃんが困ったときは僕たちが助けるから。ね?」

「………」

ダナは悩んだ。彼女には行くべき場所があり、行わねばならない使命がある。それら全てを一人で成そうと思っていたのだ。冒険者ギルドに登録したのは、そうした方が手がかりを集めやすいと考えたためで、同行者を求めるためではなかった。

誰かと共に行動すれば、その者たちを巻き込んでしまう。そして下手をしたら、彼らを失ってしまうかも知れない。また、あの時のように……。

同じ頃、ヴィーノが考えていたのは、何とかして今日の飯代と宿代をダナに奢らせられないかと言うことだ。

アラーイスのせいで50Gを巻き上げ損ねたのが返す返すも痛い。はっきり言って、ヴィーノにとってその件は、もはや損失とすら思えている。

損失を何とか埋め合わせ、それ以上に儲けられないものか。そこで彼は、テーブルに乗りだしているアラーイスの身体を両手で力任せにずらして、悩むダナにこう告げた。

「ダナ。ひとたび同じパーティーになれば、オレらの財産はお前の財産で、お前の財産はオレらの財産だ。金銭面でもお互いに融通し合える。アラーイスもオレも、装備にはそれほど金は掛からないし、それだけでもお前のメリットは大きいんじゃないか?」

この言葉に、ダナははっと顔を上げた。

「それは流石に……、お二人に申し訳ないのでは?」

「僕は構わないよ。もっとも……もがっ」

アラーイスは口を塞がれた。

「いいぜ? その代わり、ダナ、お前の癒やしの力には期待してるからな」

この提案が、最後の一押しとなった。理想は高くとも、現実は厳しい。ダナにとってその現実の一つが、路銀に対する不安だった。

ダナはヴィーノを見、それからアラーイスを見た。そして立ち上がる。

「わかりました。それでは、ひとまず当面の間。どうぞ宜しくお願いします」

礼儀正しい辞儀に対し、アラーイスは「こちらこそよろしくね」と陽光のように微笑み返し、ヴィーノは内心ほくそ笑んで、口端を持ち上げた。

やったぜ、これでダナの50Gはオレのものも同然だ。しかしそう思った彼の耳に、無慈悲な言葉が降り注ぐ。

「実は私、既に地元の冒険者ギルドで250Gを借金して来てしまっているのです。お二人が肩代わりして下さると聞いて、当面の不安が解消されました」

ダナは安堵した笑みを浮かべる。

「え?」

「そうなんだー? 僕もお金は1Gも持ってないんだ。でもヴィーが何とかしてくれるよ、きっと」

「え? え?」

「重ね重ね、助けて頂いてありがとうございます。ヴィーノ」

「え? えっ? えええええーーーーー!?」


ヴィーノの開いた口は、その日一日、ふさがることはなかったのである。

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SW2.5リプレイ『ワンダフル下剋上』~公式シナリオ「ドッグス・オブ・ウォー」より~ わーむうっど @wormwood

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