129.話は後でいくらでも聞く

 爪を噛むエイシェットを宥めて、転移を使った。魔王城の座標は知っている。だから簡単に侵入できた。オレを阻む結界はリリィに作れない。なぜなら彼女をこの世界に繋ぎ止める動力が、オレの魔力なのだから。オレの魔力を拒んだら自分が消滅する。


 オレを殺さない理由もここにあった。絶対にオレを殺すことはない。警告で腹を突き刺したのも、それが理由だろう。イヴリースやエイシェットには言えないが、最後の手段はオレが自殺すれば解決だった。女神は存在を維持できず消えるはず。もちろん、他の道を模索するけどな。


 エイシェットを強く抱きしめて、彼女が弾かれないように守った。魔王城の西側にある獣人達の居住区へ飛ぶ。手早く事情を説明し、魔王の元へ転送した。何度でも構わない。魔力が尽きる心配もなしで、複数の獣人を送り続けた。


 一番数の多い獣人が消えたことに気づいたのか。外が騒がしくなった。巨人族は後回しにし、それより弱いラミアやエルフを優先する。これは生き残れる人数を増やすためだった。弱い者ほど攻撃されると混乱する。巨人族なら大きく構えてオレの話を聞く余裕があった。


 エルフの婆さんが死んだ話は出来ず、向こうにいると曖昧に誤魔化して送った。後でいくらでも叱られてやる。だから今は生きて欲しい。ラミアもほぼ送り終えたところで、エイシェットが唸った。


「食い止めてくれ」


 相手も見ずに頼み、残ったラミアを問答無用で転送する。乱暴だが仕方ない。それから振り返ると、金属音が響いた。エイシェットは器用に腕を竜化させて剣を弾く。銀の刃を振り上げたのは、イヴだった。メイド服の彼女は、厳しい表情をオレに向ける。目の前の強敵ドラゴンを無視し、切先をオレの額に合わせた。


「なぜリリィ様を裏切った! 命を助けられたくせに」


「助けられてないさ、今も利用されてる」


「うるさい!!」


 聞く耳を持たない。文字通り思い込みで動く彼女と敵対するのは、気が引けた。傷つけたくないが、多少の攻撃は仕方ないか。エイシェットが間に入ろうとするが、イヴの踏み込みの方が早い。そうだったな、剣の扱いはお手の物だっけ。訓練時の動きより複雑な攻撃を、ステップを踏んで避けた。


 魔力で引き上げた身体能力と動体視力がなければ、一瞬で切り裂かれただろう。事実、服の端を掠めている。これだけ早く動いても追いついてくるか。めちゃくちゃ憎まれちゃったな。


 説得を諦めた双子の気持ちが理解できた。ここまで心酔してれば、何を言われてもリリィを信じるだろう。誰が正しいかではなく、誰を信じたいかが基準なんだから。


「悪いけど……話は目が覚めてからにしようか」


 全部が終わるまで寝ててくれ。イヴを結界で包み、隔離した上で眠らせる。時間の流れを弄るイメージだが、映画で観たタイムカプセルに近い。数年後に目覚めたら世界が変わっていた。そんな経験をしてもらおうか。


 傷つけないようにイヴを排除したオレは、魔王城の奥で護衛を担う巨人族の居住区へ向かって走り出した。

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