130.はったりも戦術のひとつ

 居住区は静まりかえっている。不気味な静けさに、ごくりと喉を鳴らした音まで聞こえた。


「いないのか?」


 魔力感知を展開するも、リリィの結界が邪魔でうまく作用しない。おそらくオレ自身の魔力を使用されている所為だろう。舌打ちして耳を澄ませる。隣のエイシェットは、ぐるりと見回した後で首を傾げた。


「ここはいない」


「すでに脱出してるのか」


「あっち、魔王の方」


 振り返ってドラゴンの聖地がある方角を指さしたエイシェットの後ろに、ふっと影がかかった。同時に飛び出したオレは地を蹴って、エイシェットの腕を掴んで抱きこむ。背から落下して彼女を包んだ。


「っ! サクヤ」


「ってぇ。エイシェット、無事か?」


 目の前に切先が突きつけられ、オレは肩を竦めた。オレを殺すことは出来ない。魔力を奪う方法がないのだから、殺される心配はなかった。ならば、オレが盾になればエイシェットは守れる。


 背に庇われるエイシェットは唸り声を上げる。美しい緑の瞳が敵対心を浮かべた。エイシェットの両親を殺したのは、人間だ。そして人間を作り出したのは、目の前の美女だった。


「よぉ、リリィ」


「そのメスを紹介したのは失敗だったかしら。ヴラゴ達が騒がなければ、無視したんだけれどね」


 イヴを娶せようと思った。そう告げるリリィの表情は笑顔だった。ぞっとする。この表情は本心じゃない。思わず後ずさろうとして、後ろのエイシェットの存在で堪えた。


「さすがヴラゴだ」


 オレが慕い、誇る魔族の先輩だ。気高い彼の姿を脳裏に浮かべ、唇を引き結んだ。


「ねえ、あなた……殺されないと安心してるんでしょう? 残念だったわね、殺さなくても魔力を供給させる方法なんていくらでもあるの」


「人格や精神を破壊して? 残念だが、暴走するぞ。オレは日本人達とコンタクトに成功している」


 オレを操ったり支配すれば、魔力が暴走して弾ける。はったりを笑顔で突きつけてやった。わざと喉を逸らせて、刃の先を首に導く。


「やってみろよ、ほら」


 ぎりりと歯を食いしばる音がして、剣は床に突き立てられた。恐ろしい程よく切れる。スポンジを突くように、硬い床に深く刺さった。


「こちらに来なさい。あなたは魔族ではなく人間よ」


「冗談だろ? 魔族一の美少女、銀竜のエイシェットの番だぜ。人間なんてとっくにやめたよ」


 互いに何かを見定めるように言葉を交わす。この会話が途切れた時が最後――そんな緊迫感があった。


「残念ね、私……あなたは結構気に入っていたの」


「へぇ。その割にはスパルタだったけど……っ、あらよ!」


 エイシェットと一緒に少し先に転移する。わずかな距離だが、稼いだことに意味があった。オレがいた床に、下から刃が突き出ている。深く刺した細身の剣を抜くリリィの動きに合わせ、オレを狙った刃が地中に消えた。伸びる剣? 厄介なもの作りやがって。


 剣で戦う上で間合いが読めないのは、こちらが圧倒的に不利だった。

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