119.世界の原則を読み解く

 ずきんと後頭部が痛い。カインかアベルの仕業だが、どっちにしても強く殴り過ぎだ。口の中で文句を言って、でも気分はすっきりした。


 後悔しても懐かしんでも、あの幸せな光景は戻って来ない。幼馴染は消費され、両親も消された。その現実は受け止めたうえで、彼らをこの世界に溶け込ませるのがオレの役目だ。この世界でいつか、数十世代後かも知れない。また親子や親友として出会うため、僅かな可能性に賭けるしかなかった。


 漠然としているが、このままオレが死ねば彼らも一緒に消滅してしまう。だから死ねない。どんなに苦しく痛い思いをしたって、体を失った人々を世界に魔力として還元するまで。人生をかけた大仕事だった。


「魔術の仕組みは表裏一体……この原則は女神も覆せない」


 異世界人を召喚するには大量の魔力が必要だ。その魔力を異世界の生命力で補った。ならば、なぜ召喚に使わない生命力も異世界に引き込んだのか。オレを知る人の命で召喚が可能なら、今使える魔力の大半は意味もなく殺されたことになる。そんな理屈は存在しなかった。


 この世界の何らかの法則に関わっている。オレが想像した通り、召喚魔法陣に、女神を開放する魔法陣が混ぜられていたとしよう。そのために消費されたなら理屈は通るが……魔力はいま、俺の手元にあった。つまり消費されていない。


 消費予定がない魔力を日本を消滅させてまで移動させた理由は何だ? この魔力を使って何かを為すためだろう。これはこの世界の創造主の望みか、女神を排除しようとする世界の思惑か。


 起きるなり呟いて考え込むオレの姿に、双子のフェンリルはおろおろした。


「叩き過ぎたんじゃないか? アベル」


「勢いよく行けと言ったのはカインだろう」


「でも叩き過ぎたんだよ、ほら」


 おかしくなって、くつくつと喉を震わせて笑う。大丈夫、オレはまだ壊れていない。双子を大切に思う気持ちも、こうして膝に懐いたエイシェットを可愛く感じる感覚も残っていた。


「痛かったぞ、アベル。でもありがとうな」


 笑顔を向けると、安心した様子で2匹は擦り寄ってきた。ずっと狼の形でいるのは、緊急事態に備えてだろう。本来の形であるフェンリルはもっとも魔力を使いやすく、息をするように魔法を扱える。魔獣としての本能なのか。


「カインとアベルの父親って、魔王の側近だった人狼だよな?」


「うん。フェンリルだけど、人化が下手だったんだよね」


 思わぬ暴露に「は?」と聞き返す。よくファンタジーで見かける獣人みたいな恰好だったのは、人化の失敗か? あれが完成形だと思い込んでいた。


「それは内緒だってお父さんが言ってただろ」


「あ、ごめん」


 もう遅い。聞いてしまったので、スルーして先に進む。


「イヴリースについて何か聞いてないか? 能力とか、異変とか」


 リリィが封印の隙間から人間を操ったとしたら、その余波を受けていた可能性がある。オレには見せなかった面だが、側近なら何か気づいたかも。大きな期待はせずに尋ねたオレに、カインが記憶を辿るように視線を天井に固定した。


「魔王様が……突然苦しみだした日があったよね。召喚が行われる前日だっけ?」


「ああ、僕も覚えてる。足元で遊んでたら、離れなさいって言われたんだ」


 アベルとカインが口にした情報は、そのままでは役に立たない。だが重要なパーツのような気がして、心にしっかり残した。

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