61.食後のデザートだったよな

 大発生した魔物に占拠された城塞都市ラウガ――その一報は数日遅れて王都に届いた。潜ませた魔獣からの報告を聞きながら、オレは齧った肉を飲み込んだ。


 魔獣の中には、大した魔力を持たない動物に近い種族もいる。鳩などのありふれた鳥の姿を持つ彼らは、戦闘に参加することはなかった。伝令や情報収集で協力してくれている。動物ではなく、魔石を持つ魔族としての誇り故だった。


 丁寧に礼を言って労い、用意した豆が入った袋を足に結んでやる。仲間と食べる分だ。今食べる分は布の上に並べて差し出した。


「気をつけてくれ。間違っても襲われるなよ」


 身を守る魔力量がないため、こういった偵察に出る魔獣の身は常に心配だ。だが魔力を分け与えたら受け止めきれずに死んでしまうし、魔術師に察知される可能性も高まる。動物に近い微量の魔力しか持たないことが、この種族の安全策でもあった。


 くるっくぅ……いつも通り上手にやると言い放ち、豆を土産に飛んでいく鳩を見送り、窓を閉めた。持ち込まれた情報にはオマケがあった。


「バルトより先に周辺国を叩くべきかもな」


 残った食事を一気に口に押し込む。スープ皿に口をつけて流し込み、パンを頬に詰めた。肉を剥ぎ取った骨を皿に戻して、口の中が空になるまで黙って咀嚼し続ける。いつもの食事風景だ。どうしてもゆっくり食べる感覚が分からない。勇者の時ですら、もっと時間をかけて食べてたのに。


 餓死しかけた経験は、オレの行動に小さな棘となって残された。食事への異常な執着や早食い、必要以上に備蓄を持ち歩くのもその一つだ。一時期は眉を顰めて注意したイヴだが、好きにさせたらいいとリリィが許したことで放置された。他人に大きな迷惑は掛けてない。


「よく考えたら……バルトは食後のデザートじゃん。先に襲う必要はない」


 アーベルライン土産の生首を届け、城塞都市ラウガを陥落させた。彼らは今頃、魔族の脅威に震えているだろう。だが勇者は処分してしまった。城にいる元魔術師の賢者やら、英雄扱いの騎士では今のオレに勝てない。


 現在戦いに参加しているドラゴンは、銀竜のエイシェットのみ。しかし他のドラゴンも子育てが一段落したら参加予定だった。こちらの戦力は増えるが、向こうが増やす方法は限られている。


「新しい勇者を呼ぶ可能性はどのくらい?」


 オレのように異世界から犠牲を払って勇者を召喚するかも知れない。安易な方法を選ぶのではないか。その言葉を聞いたリリィが笑った。


「安心して。私が目覚めている間は、召喚ができないの。それに魔王がいないから理が働かないわ」


 意味がわからない。足元で肉を齧っていたカインやアベルも不思議そうな顔をした。リリィは優雅に操っていたカトラリーを置いて、ナプキンで口元を押さえる。上品な仕草で食事を終えると、オレに説明を始めた。


「私の魔力量が膨大なのは知っているでしょう? 召喚に使う魔力に干渉するから、私が目覚めて魔力を放出している間に召喚は出来ない」


 その話はどこかで聞いたな。眉を顰めたオレに、くすりと笑ってリリィが付け足した。


「前に魔王が死なないと帰れないと言われたみたいだけど、それは魔王じゃなく私のことよ。だから人間の言葉が嘘だと言い切れる。私は魔王が死んだから、強制的に目覚めさせられたのだもの」


 あの頃はリリィが眠っていた。だからオレを日本に帰すことは、魔力の法則の上で可能だった。ただ、向こう側にオレを知る人間がいないから、引力が足りなかっただろう。理解していても、やはり辛かった。慰めるように手を舐める双子を撫でながら、オレはぎこちなく口角を持ち上げた。

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