62.魔王排除を扇動した国の末路

 魔王の脅威――膨らませた風船を見せびらかすように、誇大した嘘を吹聴した国々。自らの国が直接危険に晒される距離ではなかった。魔石が欲しいために、魔王の排除を支持した。魔族を奴隷として使役する目的で、侵略を望んだ。


 魔獣や魔族の中でも戦闘能力が低い種族は、常に人間との戦いを強いられてきた。ドラゴンと違い、襲われる機会が多く、生き延びる知恵を発達させる彼らは知っている。魔族同士の生存競争と違い、人間は快楽や娯楽の為でも誰かを殺す。生きる為に必要な命しか奪わない魔族や獣と違い、ただ楽しいから命を弄んだ。


 魔族全体を庇護する魔王イヴリースが消えれば、魔石も獲物も狩り放題だった。薄汚い欲で、勇者召喚を支持する各国の王侯貴族を、そんな彼らを支える民を許せるわけがない。オレはすべてを奪われた。親兄弟、友人……オレを知るあらゆる人の命が犠牲になったと知って、どうして容赦してやる必要がある?


「エイシェット、手を出すなよ」


 攻撃してくる小国の砦を、銀竜はゆったり旋回した。ぐるると喉を鳴らし不満そうだが、オレの好きにさせてくれる。優しい子だ。


「揺らせ、落とせ、飲み込め」


 大地に命じた分の魔力を供給する。流した魔力に反応した大地の精霊は、言霊を実行した。地震がない世界で揺れる大地は、魔王の存在を示すらしい。代理を名乗るオレが大地を揺らすのは、魔王の復活を予感させるためだった。


 揺れる大地にしがみ付き、這いつくばる人々の上に、砦や高い建物が崩れ落ちてくる。安全な場所はないと知らせるように、家屋敷が崩壊した。大地はひび割れ、小国の都市を飲み込んでいく。助けてと叫ぶ女性、何やら祈りを捧げる老人、他者を足蹴にしても逃げようとした男、両親に抱き抱えられた子ども……平民も貴族も騎士も、関係なかった。


 割れた大地の裂け目は、砦から王城まで届く。巨大な建造物が傾き、王城の塔が崩落した。城自体は岩盤の上に建っており、持ち堪えている。


 ぐるぅ、ぐぐ? やっちゃうのなら手を貸そうか。尋ねるエイシェット以外、今回は誰も同行していない。地上軍としてカインやアベルが同行を申し出たが、地面を揺らすため断った。万が一にも巻き込まれたら取り返しがつかない。今まではわざと取りこぼしを出し、逃げた人間の口から恐怖を広めた。だが、今回は大地の揺れが喧伝の材料だ。


 割れた大地はしばらくそのままにする予定だった。海が近いのか、潮の香りがする。せっかくだから、食料に魚を持ち帰ろうか。


「エイシェット、王城を崩したら海に行こう」


 ぐるぅ! デートだとはしゃぐ彼女は、勢い込んで王城へ突進する。足元の岩盤を砕くため、魔力を込めた拳を握った。わずかな抵抗があったものの、ぐしゃりと崩れる手応えが返る。目の前で、古城が真ん中から折れて中央に畳んだ形で崩れた。下の岩盤が折れたのだ。空洞に吸い込まれるように、裂け目に飲まれた城は、一番高い屋根が地上スレスレだった。


「よし、終わりだ。行くぞ」


 くぁああ! 興奮した様子で旋回して海へ向かうエイシェットの背で、破壊した小国を見つめる。なんて名前だったか、確か……そう、ヴァンク? 左手の刺青から取り出した地図にバツ印をつけて、オレは顔を上げた。広がる大海原にエイシェットが甲高い声を上げる。下降する彼女が海にダイブする気だと気づいて、慌てて地図を片付けた。


 戻ったオレ達は、塩水ごと持ち帰った魚を入れる為、せっせと池を作らされることになる。数時間後の苦労を知らず、エイシェットと夢中で魚を追い回した。

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