60.罪を数えたらキリがない
奪い合い殺す。人間の醜さを見下ろしながら、オレは塀に腰掛けていた。毒を止めてから一週間だ。美しく整えられていた街並みは、見る影もなかった。襲撃のために破られた壁と扉、窓は割れて破片を撒き散らし、無事な家はほとんどない。うろつく人間に生気はなく、まるでアンデッドのようだった。
禁断症状が出たのだろう。口角を持ち上げて、街の惨状を眺める。遠吠えが聞こえて振り返ると、平野に敷かれた街道にフェンリルの姿があった。もう到着したのか、予定より早かったな。
「あれは、カインかな?」
「違う、アベル」
黒狼なのは分かるが、遠目だと区別が付かない。双子だけあって、あの2人はそっくりだった。目をすがめて呟いたオレの発言を、エイシェットが訂正する。空を飛ぶ巨大竜の視力はオレと比べ物にならなかった。
「ありがと」
ぽんと頭を叩いて立ち上がり、アベルに手を振る。カインは左手方向に回り込んだ頃か。街の反対側は王都へ続く街道がある。両側を山に挟まれた都は、黒い森がある平野に向けて開けていた。扇状に開いた土地に広がるのは、村単位の集落と畑だ。
アベルとカインが率いる魔獣が襲った村は、狼煙のように白い煙をあげていた。占拠後に火を放ったのだ。焼き払った土地は、黒い森に飲み込まれていく。霧に覆われ、繁殖力豊かな森の木々が生い茂る頃には、人間が住めない土地に変わる。
「風よ、声を運べ。カイン、アベル、聞こえるか?」
遠吠えが二箇所から返った。魔物と魔獣の群れを導いた双子は、どうやら待ちくたびれたらしい。
一定の周期で爆発的に増える魔物は、知能が低い。魔族のような結束力もないが、魔族に襲いかかる可能性はなかった。圧倒的な強さに対して服従する本能があるからだ。数の暴力という表現があるが、魔物の増加はまさにそれだった。
「エイシェット、門を開けるぞ。スタンピードの始まりだ」
叫んだと同時に塀から外へ飛び降りる。追いかけたエイシェットが竜に戻り、オレを乗せて舞い上がった。ぐるりと旋回した彼女が大きく胸を膨らませる。喉がぐるると音を立て、炎のブレスが門に叩きつけられた。
アーベルラインの王都と違い、この地方都市に結界もどきはない。魔石は生活のために使われ、夜の照明や動力として使われていた。黒い森がアーベルラインを飲み込むまで、魔族の住む森に接していなかったのだから、危機感も薄い。門は他国からの侵略への対策を重視されてきた。
今は門を守る衛兵もおらず、吹き飛ばされた破片は広場に散らばる。騒いで逃げる住民より、状況が飲み込めずに立ち尽くす人々の方が多かった。大地を揺らす轟音と共に魔物が押し寄せ、棍棒を振り上げて襲いかかる。隣の男が殴り殺され、ようやく我に返った者が逃げ出した。
「風よ、切り裂け」
悲鳴と怒号が飛び交う街の上空で旋回し、カインが待つ左手方向の門を壊す。すでに駆け出したカインを追いかけ、魔物は目の前に現れた人間という獲物に食らいついた。引き千切られ、食い破られて腑を撒き散らす人間を見ても、心は痛まない。
彼らは、魔族に対して同じことをした。救世主となる勇者を罵り、追い立て、殺そうとした――いや、殺したのだ。命を奪わなかったが、勇者という存在はもう死んだ。
「助けてくれと懇願する仲間を前に開門しなかった罪、勇者に送られた物資を横領した罪、数え上げたらキリがないな」
呟いて魔法を使う。街の通路を塞ぐ形で、いくつかの門を作った。壁じゃない。開くかもしれない門だ。駆け寄って叩き、開けてくれと叫ぶ。しかし門は無常にも開かず、追いついた魔物に叩き潰され、噛み千切られ、切り捨てられた。それをエイシェットの背から見殺しにする。
「同じことをしても、楽しくはないのが残念だ。次からはもっと趣向を凝らすとしようか」
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