第二章

54.この国はもう終わりだ

 バルト国の王宮上空を、銀色ドラゴンが通過したのは3ヶ月前だった。背に誰かを乗せていたという目撃証言もあるが、信憑性は薄い。なぜならドラゴンは誇り高い生き物で、乗り物のように扱われることを許さないためだ。


 ドラゴンは一声鳴いて注目を集めると、王城の中庭に何かを捨てた。落ちてきたのは赤黒く染まった塊で、地面に落ちた途端に中身が飛び出す。ぐしゃぐしゃに潰れた人間の頭部だ。欠片の数は5つだった。後に3名分だったと報告が上がるのだが。


 数々の過酷な戦場を生き抜いた兵士も、剛気な騎士達も顔を背けた。集められた首は処刑などを担当する部署で検証され、隣国アーベルラインの国王、宰相、騎士団長であると判明する。数日後、アーベルラインからの難民の到着により、辺境から使者が立った。その報告により、アーベルライン国の滅亡が確定する。


 王都は見る影もなく焼き尽くされ、周辺の町はおろか村まで蹂躙されていた。その残虐さは、魔王討伐前より激しさを増した。新たな脅威の出現に震えるも、もう勇者は処分してしまった後だ。大軍団を仕立てて、黒い森を制覇しようとした隣国が滅びたのは自業自得だが、その余波が我が国に及ぶとなれば話は別だった。


「対策を練らねばならん」


 国王の重々しい声に、貴族は反論なく頭を下げた。内心で「わかりきったことを」と罵ったとしても、表情に出さないのが貴族の嗜みだ。


「魔王が滅びて5年、まだ十分な戦力は備えていないでしょう。魔族の数は激減しています。いま滅ぼさねば、こちらが襲われますぞ」


「あの首は宣戦布告に違いありません。こういった時のために軍を養っているのです!」


 血気盛んな一部の貴族が議論を始める。会議室の中は騒然とした。それぞれに己の保身を図るため、様々な策を口にしては否定する。その中に建設的な意見は見られなかった。


「軍を派遣することで、魔族を刺激することにはなりませんか?」


「そうです。アーベルラインは、黒い森へ軍を派遣した。その報復だったなら、手を出さないことこそ唯一生き残れる策です」


 慎重派の意見が通り始める。騎士は貴族の子息も大勢おり、各家の当主は弟や息子を死地に送り込むことを躊躇った。兵士だけの派遣となれば、国民が黙っていないだろう。様々な状況を考え、静観するという意見が場を支配し始めた。


「ならば、なぜ首を我が国の王城へ放り込んだのか。次はお前達だという脅しではありませんか?」


 外交を担当する侯爵の発言に、国王は唸った。一理ある。だが……無理に押し切って派兵し、それが魔族の逆鱗に触れない確証はなかった。


「ひとまず様子をみよう。それから動いても遅くない」


「そうだ、その間に兵力の増強をして武器を集め、国を守る強化を……」


 静観に大きく傾いた貴族達は、口々に理由をつけ始めた。戦をするには兵力を増やし、備蓄を蓄える時間が必要だ、と。


 先制攻撃をするか、仕掛けられて防戦するか。どちらにしても備蓄と兵力、武器をかき集めることが先決だ。間違っていないのに、どこか白々しい。3ヶ月も掛かって議論した結果が、これだ。外交大臣を辞任すると決め、侯爵は国を捨てる準備を始めた。


 この国はもう……終わりだ。

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