53.人間らしい感情ね

「というわけ」


 戦果報告を行なったオレに、リリィが首を傾げた。不思議そうなのはイヴも同様だ。


「なぜ首を置いてきたのよ」


「え? 欲しかったのか?」


「持ち帰って欲しいのではなく、捨てても良かったのではないかと仰りたいのです」


 リリィの不可解な言葉の真意を、イヴが通訳してくれた。こういう時に思う。人間って本当に業が深い。魔族はさらりとしていて、感情に粘着質な部分がほぼない。エイシェットや双子のフェンリルもそうだが、とにかく真っ直ぐだった。


「こればっかりは人間同士じゃないと伝わりにくいと思うけど」


 一応前置いてから、大きく息を吐いて言葉を選んだ。


「人間ってのは、とにかく感情が黒い。妬み、恨み、嫉み……そんな感情ばかり。特に王侯貴族はそれが強い。だから宮廷には魔物が棲むなんて言われるわけだけど、逆に魔物に失礼だよな。バルト国を落とすにあたり、連中を軽く脅かしてやろうと思ってさ」


 アーベルラインの王都も、前夜に結界もどきを破壊した。あの夜は次の日の襲撃を予想して、さぞ怖かっただろう。以前から周辺の村や町が襲撃され、その話は人の口に上っていたはず。補給路を断たれ、逃げ道を失い、王侯貴族は当てにならない。


「今回の王都陥落も、周囲から攻め落として孤立させた。怖いと震えながら夜を数えさせるのも、復讐のひとつだからな」


「……人間らしい感情ね」


「元人間だからな」


 気遣いながらも言葉を濁さないリリィに、オレはけろりと返した。


「まあ、小麦粉が欲しかったのも否定しないけど」


 回収のために時間をかけて、危険を冒して小麦粉を奪った。おかげで今年は楽に冬を迎えられそうだ。そう笑うと、イヴは吹き出した。


「今夜は小麦で、何か作ってくれよ」


「そうですね、各種族も集まるようなので振る舞いましょうか」


 イヴは軽く請け合うと、準備のために席を外した。食堂の椅子にもたれて「疲れた」とぼやくオレに、リリィが肘をついて表情を和らげる。


「ご苦労様、よくやったわ。後はバルト国、あなたの復讐はそこまでかしら?」


「ん、何をおかしなことを言ってんだよ。オレに魔王を殺させた人間の国はまだあるだろ」


 周辺国も対象だ。言い切ったオレに、リリィは綺麗な笑みを浮かべた。


「そうね、それでこそ選んだ価値があるわ」


 復讐するために生かされた命だ。ならば、使い切ってやる。どうせ元の世界に戻れないんだからな。大きく息を吐き出したオレは立ち上がった。


「ちょっと寝る」


 頷くリリィから逃げるように部屋を出た。なぜだか、彼女の美しい微笑みが怖かった。選んだ価値……その単語が妙に引っ掛かる。でも命の恩人であるリリィに問いただすことは出来ず、自室のベッドに転がった。


 ついてきたアベルとカインがベッドに潜り込み、ぎしっと嫌な軋み音を立てる。


「こら、小さくならないとベッドが潰れるっての」


 質量を変更する魔法を使うよう指示して、オレは彼らの柔らかな腹の毛に潜った。妙な心配は疲れてる所為だ。今日はとにかくもう、何も考えたくなかった。

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