52.嫌がらせじゃなくて作戦だ
「捩じれ、風」
切り裂く必要はない。すぐに死なせるほど優しい感情はなかった。ぐにゃりと手足が在らぬ方角へ捩じられる。だが切り落とすことは禁じた。オレの命令を忠実に実行する風が、頬を撫でる。
「わかってる、ありがとうよ」
人間には精霊と呼ばれる彼らは、自然現象のひとつだった。感情らしい感情は持っていないはずだが、魔力を介して魔族と交流するせいか。たまに人のような配慮を見せる精霊もどきもいた。絶叫が狭い通路に反響し、石段の残りを宰相が転げ落ちる。
「廊下に運ぶのも一苦労なんだぞ」
ぼやいて、風に新たな命令を下した。大量に魔力を与えたため、大喜びで重たい人間を運んでくれる。先程の通路の入り口を出口にして塔へ続く廊下に転がした。腹に穴の空いた国王、項垂れ動かない騎士団長、手足を捩じられた宰相――さて、どう決着したものか。
「もう片付いたのか、つまらないな」
ぼやく声に苦笑いが浮かんだ。大きなフェンリルが黒灰色の毛を揺らして、オレに絡みつく。王宮の広い廊下が、一気に狭くなった。
「ご苦労さん、みんなの様子はどう?」
「オークにケガ人がでたが、擦り傷だ。残りは掃討戦に入った」
「わかった、ありがとう。ところでアベルは?」
「外で騎士団を名乗る連中と遊んでいる」
カインは報告のために来てくれたんだろう。せっかくの狩りを邪魔して悪かった。ぽんと前足を叩くと、彼に首の辺りを咥えられた。投げ飛ばされ、空中でバランスを取って着地する。顔を上げたオレの目に映ったのは、攻撃した騎士団長の剣を、牙で折るカインだった。
「え? 悪い、トドメ刺してなかった」
「いいよ、僕の獲物にする」
にやりと笑ったカインの口調が少し砕ける。人化すると幼い口調になる彼は、フェンリル姿のまま気安い口調で返した。バキンと音を立てて剣を折って、獲物を爪で追い詰める。折れた剣で必死に抵抗する騎士団長の目的は、突然現れた敵の目を国王から逸らすことだろう。
「決めた、国王と宰相、騎士団長の首はバルトへ送りつけてやろう」
良いことを思いついた。そう口にしたオレに、カインはさして興味がなさそうに相槌を打った。
「それもいいね」
「おいおい、ちゃんと次の作戦に繋がるんだから……ただの嫌がらせじゃないぞ」
話半分に聞くなよ、そう文句を言ったら騎士団長が爪で真っ二つに裂かれた。うわっ、風を使わないで爪で切った? そりゃ激痛だろうに……いや、死んだら同じか。目を見開いて事切れた男の頭部を見下ろし、溜め息をついた。
「おい、首を送りつけるのに縦に切る奴があるかよ」
「問題ない。多少形が崩れていても、こうすれば同じ」
爪の先で器用に左右をくっ付ける。そう言う問題じゃないんだけどな。3人の首を送ったら、4つの塊が出てきちゃうだろ。身振り手振りで説明したところ、カインは心底不思議そうに返した。
「別に4つでもいいじゃない」
「そう、だな」
3人だから首が3つと誰が決めたのか。4つでも同じだ。魔族には首が9つあるヒュドラもいることだし、双頭の犬もいたよな。
手早く全員の首を落として並べ、手近な部屋から奪ったテーブルクロスで包んだ。一筆添えるつもりだったが、何もない方が不気味さが際立つと思いやめた。
「よし、引き上げよう」
塔の上部に広がった炎だが、燃えるものがない石造のため鎮火したらしい。改めて廊下に火をつけ、狩った首の包みを抱えて外に出た。興奮したエイシェットが炎のブレスを吐きまくり、街は勢いよく燃えている。カインの背に乗ったオレを爪で回収した彼女は、王宮の屋根にブレスを放った。
「おい、カインとアベルを巻き込むなよ?」
ぶら下げられたままぼやくオレは、器用に炎を避けて走るフェンリル達を捉えた。無事そうだな。
「あ、帰りにバルト国の前を飛んでくれるか? この土産を置いていきたいんだ」
ぐあああ! 承知したと鳴くドラゴンは、オレを爪に引っ掛けたままバルト国へ方向転換した。
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