28.世界を蝕む瘴気は人間だ
パリン! 甲高い音で氷が砕ける。だが寸でのところで攻撃を相殺できた。ほっとして大きく息を吐く。風なら間に合っただろうが、逆に炎の威力を増加した可能性がある。氷で正解だった。自分を納得させる。使った魔力量が多かったため、氷は炎を完全に封じて砕けた。
驚いた顔をした熊が頭を下げ、隣の小柄な熊と一緒に獲物を咥えて走り去る。夫婦かな? 親子かも知れない。どっちにしろ、無事でよかった。今年は大量の餌があるので、飢え死にする魔獣が減るといいけど。
「よかった。風よ、端から千切れ」
安堵の言葉に風への命令を続ける。切り裂けば一瞬で終わるが、そんな簡単に殺してやるもんか。自分の行いの分だけ苦しんで死ね。睨みつけた標的は、魔術の失敗に慌ててまた魔法陣を形成し始めた。描く手元の指から蝋石を砕く。続いて指、手首、腕……足も同様に末端から引き千切った。
悲鳴を上げる男は、最後に首をねじ切られて粉々に砕かれる。汚れた大地が不満を訴えるように身を捩った。仕方ない、また後片付けをしないとな。
魔王が消えた土地は、どうしても瘴気に弱い。黒い霧と呼ばれていた現象だ。小柄な種族は影響を受けやすく、現在はリリィが魔王城を中心に瘴気を浄化する魔法域を維持していた。あの結界のような魔法がなければ、すでに魔王城は瘴気に冒されていただろう。オレが出来るのは大地の中に瘴気を封じ込めるくらい。単独で浄化し続けるリリィの負担は大きかった。
魔族は恨みを抱いて死ぬことは少ないが、人間は常に怨念を残す。それを浄化していかないと世界が瘴気に覆われる仕組みだった。いっそ人間を全部殺して浄化したら、世界は平和になるんじゃないかと思う。まあ一度に浄化できる量が限られてるから、こうして少しずつ殺してるわけだが。
「エイシェット、埋めてくる」
高度を落としてくれた彼女の背から飛び降り、大地を踏みしめた。不満を訴える大地の精霊には申し訳ないが、また手伝ってもらうしかない。
「死体や血を隠してくれ」
両手を地面に押し当て、畑を掘り起こすイメージで魔力を注いだ。グネグネと土が持ち上がり、死体を埋める。大地にも浄化能力はあるので、効率は悪いがお願いするしかなかった。その分のお礼に多めに魔力を流す。少し機嫌を直したのか、素直に死体と血を飲み込んでくれた。
「助かった。あとは緑を増やして……木々を植えればいいかな」
森の木々が次々と根を伸ばす。人間の死体は栄養素として変換されるが、それには数年の時間が必要だった。その間の分として大地に流した余剰魔力を使ってもらう。魔力を放出しすぎたとき特有の、くらりとした眩暈に襲われた。
「おっと……ああ、ありがとう」
大地の一部が隆起してオレを押し上げる。もう魔力量は足りたようだ。そのままエイシェットの爪に回収されたオレは宙を舞い、彼女の背に乗せられた。ぽんと首筋を叩いて合図し、戦場だったとは思えない緑の森の上を周回する。
「帰ろうか」
ぐぁああ! 嬉しそうに鳴いたエイシェットが舞う森の中から、フェンリルの遠吠えが聞こえる。それは森に棲む種族へ、魔族の勝利を伝える高らかな響きだった。
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