29.勝手に話を進めるんじゃねえ

 さすがにダメージが大きかったのか。人間による侵攻が一時的に止まった。ほぼ全滅になった軍を立て直さないと、他国に攻め込まれるからな。これから夏が来る。魔族は生まれた子ども達を育てるのに忙しいから、ちょうどよかった。


 日本で言う四季とは少し違う。夏といってもさほど暑くなかった。だが、冬は北極に来たかと思うほど冷える。マイナス20度とか記録してるんじゃないだろうか。あのタオルを振ったら棒になって凍る、を実践した。ちなみに軽装で獣人達の区域に行こうとして、魔王城の敷地内で遭難したのはオレだ。あの時、カインが探してくれなかったら氷の塊になってたぞ。


 春は短くて、一気に魔獣の繁殖期となる。夏は子育て、秋は実りと食糧を蓄えて、冬は巣篭もりだ。基本は熊などの冬眠する生き物を想像したらわかりやすい。人間はそこまで季節に囚われた生活はしないが、この極寒の地に秋以降攻めてくる愚は犯さないだろう。ならば、秋までにまた進軍するはずだ。


 勢力図を示した地図を見ながら、少しばかりラインを書き足した。今回オレが防衛した場所だ。ここまでは魔族の領域と判断して問題ない。人間側の畑や村が徐々に迫っていた。


「どうする気? 罪がない農民を処分できるの?」


 リリィが長い爪で人間が作った新しい村を指さす。余計な口を挟まないイヴは、淡々とお茶を用意して近くの席に座った。食堂として使う部屋の隣をリビングに使っている。だが他種族との会議があれば、食堂の方を使うようにしてきた。理由はリビングの方が小さいからだ。狭い部屋で暮らしてる方が落ち着くんだよな。


 実は魔獣であるフェンリルも巣穴はさほど大きくないため、狭いリビングや食堂の机の下は落ち着くらしい。オレと気が合うはずだ。


「罪がない農民? オレ、この世界でそんな奴見たことないけど」


 罪がない風を装った人間なら知ってるぞ。最初は両手を上げて歓迎し、魔王を殺してこいと送り出した挙句、倒した功労者が殺されそうなのに見ないフリする奴だろ? 嫌味ですらない事実を口にしたオレのきょとんとした顔に、リリィが笑い出した。


「そうね、あなたにとって人間は敵だったわ」


 やたら綺麗な顔に微笑みを浮かべ、リリィの手がオレの頬に触れる。ドキドキする期間は過ぎた。彼女に死ぬまで鍛えられてみろ、もう恋愛感情なんて砕け散る。実際、数え切れないほど殺されたし。保険みたいに事前に命を保全するなんて、都合のいい魔法があるなら魔王に適用してやれよ。そう思うものの、使えるのがリリィだけとなれば難しかったんだろう。


 リリィは封印されていて、魔王が死んだことで解放されたらしい。その話を聞いた時「実は裏ボス?」と尋ねて、瞬殺されたのは懐かしい記憶だ。いや、恐ろしい記憶だった。


「これとそれ、あとは……こっちの村も邪魔ね」


 魔族狩りは公然と行われている。その前衛基地を、農民に開拓させるのが国のやり方だった。苦労して切り拓いた土地に、荒くれ者が入り込む。そいつらが魔獣を狩り、生きたまま腹を割いて魔石を取り出した。魔族の血が染みた大地は実りを放棄し、やがて不毛の地へと変わる。


 死んで瘴気を撒き散らし、生きて土地を枯らして魔族を殺す――やっぱり人間なんて碌な生き物じゃねえ。もちろんオレも含めてだ。


「数日中に潰してくるか」


「カインとアベルは残してね、仕事があるの」


「いいよ、エイシェットと行くから」


 ドラゴンがいれば戦力も移動手段も足りる。軽く答えたオレは、目の前に置かれたカップに手を伸ばした。温かいお茶を口に含む。いい香りだ。香草茶かな?


「エイシェットと番うの?」


 ぶっ! 思いっきりお茶を吹き出す。イヴが眉を顰めた。ごめん、両手を合わせて謝りながらも咳が止まらない。


「あらあら、そんなに惚れてるのね。いいわ、保護者として認めてあげる」


 オレが咳き込んでる間に勝手に話を進めるんじゃねえ!!

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