27.戦場で気を抜くな

 混乱した戦場の兵士が考えるのは、自分がいかにして生き残るか。上司や名声などどうでもいい。まず命があってこその名誉なのだ。戦死の一報が家族を悲しませないよう、必死で逃げる者。泣きながら恋人の名を呼んで走る若者。腰が抜けて座り込み、両手を組んで神に祈り出す連中。


 哀れに思う気持ちすら湧かない。ただ、懐かしいと思うだけだ。あの頃は神様仏様と片っ端から祈った。誰かが冤罪を晴らしてくれると仲間を信じたし、誰かが勇者の名誉を回復するはずと考えたけど。世の中、自分の利益にならないことで人は動かない。それが身に染みて理解できただけだった。


 親切にした村人は目を逸らし、助けた者は無言で逃げ出した。魔王がいた頃は旗を振って応援した都の住民が石をぶつけてきた時……オレはこの世界の異物なのだと実感する。


 魔王を倒すまで仲間だった魔術師は、オレをあっさり見限った。王族の姫君と結婚して賢者の称号を得たくせに、オレを見殺しにするどころか率先して死に向かわせる。膨大な魔力を有しているのは、魔族の証拠と言い張ったのは彼だと聞いた。


 友人と思っていた騎士は、勇者に随伴した英雄としての地位を約束されてオレを捨てた。自分や婚約者が殺されると嘆願されて、オレは逃げることを諦めたが。よく考えたら、友人に「俺の代わりに死んでくれ」と言われたんだな。冷静になれば、赤の他人である彼やその婚約者のために、どうしてオレが死ぬ必要があるのか。


 人質なんて汚いぞと罵った声に、あいつらは裏で笑ってたんだろう。やられたらやり返す、人にされて嫌なことは率先して返してやるさ。オレの中にあった概念や良心を壊したのは、この世界の人間なんだから。


 崩壊していく戦場を確認したオレは、口笛を吹いた。呼応する双子が、配下である魔狼を率いて突入するはずだ。オレは頭上でその援護をすればいい。


「エイシェット、魔狼が危険な目に遭ったら教えてくれ」


 首筋を撫でてお願いすると、銀鱗のドラゴンは嬉しそうに鳴いた。その声に混乱した地上は、さらに慌てふためく。中央を突破したフェンリルが二手に分かれ、それを追う形で魔狼が狩りを始めた。比較的柔らかい肉を持つ若者を狙う。


 魔狼の参加を許した背景のひとつに、彼らが繁殖期に入ったことが挙げられる。今回の人間による攻撃により、森の中での行動が制限されてしまった。狩場を奪ったのが人間なら、その肉で埋め合わせが出来ないかと打診があったのだ。


 あまり美味しい肉ではないらしいが、それなりの量は確保できた。数匹で一人を囲んで襲い掛かる。槍を持つ者は攻撃対象から外し、自分達への被害を最小限にした。頭を使って狩りをする魔獣達を見つめながら、いつの間にか参加していた熊や豹なども監視する。


 ぐるる? 人間って美味しいの? 不思議そうに唸るエイシェットに、オレは答えに詰まり……双子に聞いてみろと逃げた。くそっ、美味いと認識されたらオレが危ないじゃないか。


 大量の獲物を確保した魔狼は危なげなく森へ帰り、豹や熊といった別の魔獣も倒れた兵士から見繕って咥える。どうやらこれで一段落か。そう思ったオレは、目の端で奇妙な動きをする人間に気づいた。


 誰もが逃げ帰る中、足を止めてしゃがみ込んでいる。動けないというより、何かに夢中なのか。忙しなく手を動かしていた。


「エイシェット、あれを」


 指さしたオレだが、すぐに魔法に切り替える。間に合わない。


「氷よ、大きな盾となりて我が友を守れ」


 詠唱が終わる直前、しゃがんでいた男の魔力が高まった。気づいたエイシェットが炎をぶつける。その間に発動した魔法が、まだ戦場にいる魔獣へ向かった。氷より速さを重視した風を使うべきだったか。


 間に合え!

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