第3話 鳥籠の名人
目の前が暗くなったと思えば、次には口笛が聞こえた。古いはやり歌だろうか。そういったものには詳しくない。
「これはこれは」
口笛がやみ、人懐こそうな声がした。白髪ににこやかな顔の年寄りが、職人の上っ張りを着て手を動かしていたのを止めた。椅子の脚を整えていたらしい。
「お噂は聞いております。このあいだ町にいらっしゃった、教会の。
とはいっても、あたしゃあ、こっちに来ちまってからもう、ちかごろ娑婆のことは話に聞くばかりでからきし、ときてまさあ、ごめんください」
その年寄りは、よく喋るのだが、どこまでも腰の低い様子である。
「ここは」
「あれ、なにもご存じなくいらっしゃったんで。
ここは、鳥籠の中でさあ。魔女様が封じた、黒いけものの住まいなんで」
鳥籠。
まこと魔術の成せるわざ。あの鳥籠の中というのは、かように広くあかるく、天井も高く心地よい場所なのであった。
見渡せば、猫脚のテーブル、こまかな織りの布を張ったソファなどの調度品、凝った作りの柱時計に、何やらきらきらとした置き物を集めた飾り棚。貴人を招く屋敷の一室のように整えられていた。
「お前はなにを」
「修繕に呼ばれたんでさ」
ソファの布を、あのけだものは爪でうっかり裂いてしまい嘆いていたのだという。
「ひとつ修繕が済めば、あれもこれもと、気がつけば一年ばかり経ってしまったという次第で。こんなに長く居ったのははじめてです」
そこまで話を聞き、年寄りについてひとつ思い当たることがあった。
先ほどの錠前師の父、名人と呼ばれるかの人物である。
「姿を見せなくなったと思われていたが、あのけだものと過ごしていたのか」
「なあに、こんな具合に、気に入りのものに囲まれていさえすれば、あれで気のいい奴で」
「気のいい奴」
出世頭は吐き捨てた。これだからこの町の者は。
「このように、調度品を整えれば、おとなしいということか」
吐き捨てながら、それならば、教会に捧げられ、伝えられた品々でも同様にすることはたやすいと計算もした。貝細工の引き出しや、彫金された香炉など、声をかければいくらでも集まってくる。
集めた上で、この鳥籠のために用いたとすれば、話は通るだろう。
「今日は祭りの終わりの日ですから、そろそろ帰ろうと思いまして。
祭りは万事、穏やかにすすんでおるようで、何よりでございますなあ」
「帰る」
そういえば出世頭は戻りの方法を知らない。
「あれ、神職様、手筈のほうは、どのように?」
年寄りが言うには、ここは鳥籠の扉が開いていればたやすく入ることができるが、出る時には、誰かが黒いけものに土産を持って迎えにこなければ、出してはもらえないとのことなのである。
「強欲な」
「わがままなのでございますよ」
「迎えのない場合は」
「お手持ちのなにかに、あれが気に入れば、大丈夫でございますよ」
手持ちの。
出世頭は、あからさまに嫌な顔をした。
「お前は迎えが来るのか」
「ああ、せがれがね」
錠前師か。
「あれが、一人前になった、などと大きな口を叩くので、では何か、けものが気に入るようなものをこしらえてみろ、と、売り言葉に買い言葉をしていたのです。以来せがれが毎年祭りの日に、何かを持ってくることになっとります」
実に楽しそうに話すのである。
「気に入られなかったら」
すると年寄りはいっそう嬉しそうに笑って、
「なあに、またここで過ごしますさ。
……おや、」
明るい天井が、暗くかげった。
「そろそろお戻りのようですな」
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