10話.[言ってましたよ]

「ああもう……」


 帰ってきたらすぐに服などを適当に脱いで寝てしまうところが困っていた。

 せめてお風呂に入るか、ご飯を食べてから休んでほしい。

 疲れるのは分かっている、バイトをしている身としては本当に。

 だけど寝て起きてご飯などを食べるよりは食事や入浴を済ませてからの方が気持ちよく寝ることができると思うから。


「陽一さん」

「……後で食べる」

「後だと体によくないです――きゃっ」


 違う、こういうことをしてほしかったわけではない。

 まあ、陽一さん的には口うるさい人間を黙らせたいだけだったのだろうけれど。


「……悪い、食べるよ」

「はい、そうしてください、お風呂にもすぐに入れますから」

「というか、いちいち食べるの待たなくていいぞ、静も腹が減るだろ」

「気にしなくていいんですよ」


 それに陽一さんには毎日聞きたいことがあるのだ。

 高校での歩の様子だ、上手くやれているのか心配になるから。


「静と違ってすぐに友達がたくさんできたみたいだな」

「やっぱり私と違いますよね」

「ただ、少し落ち着きがないな、そこは静を見習ってほしいかもしれない」

「切り替えが上手な子ですから大丈夫ですよ」

「ああ、担任の先生に聞いてもそんな感じのことが答えとして返ってくるからな」


 他人に迷惑をかけなければ自由に楽しく過ごしてほしい。

 私はほぼひとりぼっちだったから同じようにはなってほしくない。

 友達の有無で行事を楽しめるかどうか変わってくるわけだし余計にそう思う。


「あと声が大きいんだよな」

「それは歩も陽一さんに対して言ってましたよ?」

「うっ、たまにちくりと指摘されるんだけどさあ……」


 いつだって同じボリュームというわけではないのだから気にしすぎる必要はない。

 聞き取りやすくていいし、困っている子を見かけたら動けるところが好きだ。

 ――って、いまは別にその話をしていないかと内で片付ける。


「ごちそうさま、美味しかったぜ」

「はい、お粗末さまでした」

「静がいてくれて助かるよ」

「じゃあ……」

「これでいいか? 意外と甘えん坊だよな」


 私がここにいる理由を思い出してほしい。

 甘えん坊というわけではなくて好きな人に触れていたいのだ。

 でも、私が成人していないからなのかしてくれるのは頭を撫でることだけ。

 先程のように寝ぼけていないと抱きしめたりなんかはしてくれないのが不満なところで。


「……してくれないんですか?」

「それはほら、静が二十歳にならないと」

「抱きしめるのも駄目ですかっ?」

「それは……さっきしただろ?」

「普通に起きてるときにしてほしいですっ」


 いや、これで満足しておくべきだ。

 多くを求めすぎると一緒にいることすらできなくなる。

 もう会えないという状況を陽一さんが変えてくれたのだから文句を言うな。


「すみません、忘れてください」


 駄目だ、ついついその先を求めてしまう。

 私はわがままだ、なんでこんな人間になってしまったのか。


「私はあなたといられているだけで十分幸せですか――いいんですか?」

「……我慢しているということを分かってほしい」

「はい……」


 陽一さんは「風呂に入ってくるっ」と残して行ってしまった。

 私は私でぼうっとしているわけにもいかないから洗い物を始めたのだった。

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