終末case10 サヨナラの時間

 火鼠かそたちが見守る中、ザラザラと収穫した向日葵の種を掻き集める。

 葉が枯れ、花首が垂れ、黒っぽくなる種を今か今かと見守ってきた。先日刈り取った花茎を天日干しにし、ようやく新しい一年分の種の蓄えができた。


 今宵は豊穣を祝い感謝する節目だ。つまり、月見の宴の夜。


 縁側に飾るための七草、尾花ススキ葛花クズ瞿麦ナデシコ姫部志オミナエシ藤袴フジバカマ桔梗キキョウハギ巫儀フギが採ってくるだろう。もちろんこの向日葵の種も供えるつもりだし、あとは月見団子の準備と、今日は忙しくなりそうだ。


 早めに今終末の原稿を仕上げてしまいたいところだが、【ハーフ&ハーフ】はこの十番目のお題で最後だ。なかなか感慨深いものがある。

 それに、この企画はおよそ二ヶ月間の毎週末に実施されていたらしいと最近知って驚いた。俺たちの認識では、季節は幾度も巡り、はじめのお題からすでに数百年経っているからだ。

 これは一体どういうことだろう。


 『銀河』の果てにあるフタヒロ星系とこちらのが違うのか、が違うのか……



 それに、これまで幾度も考えてきたことだが、俺たちのように書こうとする者が居るからハーフ&ハーフのような『場』が生まれるのか、『場』あるから俺たちは書くのか、一体どちらなのだろう。


 これは『鶏が先か、卵が先か』という有名な因果のジレンマの問題に似ている。ひいては『俺たちや、この世界はどのように始まったのか』という疑問にも紐付いてゆく話だ。俺たちが存在するから居場所としての『場』が生じるのか、はじめに容れ物としての『場』、つまり世界が形作られたところに俺たちが発生したのか。


 麗樹と樹理がはじめてここに来た時のこと、はじめて羅土と並んで立つ璃杜リヒトを見た時のことは鮮明に覚えている。だが自分は……

 いつの間にか羅土の屋敷に居たような、生まれ落ちた瞬間の眩しさが解消すると共にこの世界が現われたような、至極曖昧な記憶だ。起源ゼロは辿れるようでいて、容易には辿り着くことが出来ない場所らしい。


 そんな風に、今はわからないことが明らかになる日も、いつか来るのだろうか。


 不思議な感覚から未だ抜け出せないまま、向日葵の種をほじくりつつ、ニュースアプリ『銀河』でフタヒロ天使の最期のお告げを確認する。



【演題10 サヨナラの時間】(お題提供主:関川二尋さん)

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 とうとうこの時が来てしまったわけだ。ボクはどこかでこの時を覚悟していたような気がする。

「わたしにはわたしの幸せがある。なにが幸せなのか? それを決めるのは関川君じゃなくてわたしなの」

 思えば彼女はいつも僕に二択を迫ってきた。

 たぶん、たぶんだけど……僕はそのたびに彼女の望む答えを返していたのだと思う。だから僕たちは別れることなく同じ道を歩いてこれた。

 ボクはずっとそう思っていた。彼女も同じ気持ちでいると思っていた。

 だが人生はそんな単純なものじゃないらしい。

「勘違いしないで欲しいんだけど、嫌いになったわけじゃないの。だから今しかないの……サヨナラするのは」

 彼女はそっと右手を差し出した。

「今までありがとう関川君、とっても楽しかった」

 そう言って、彼女は穏やかに微笑んだ。もう彼女の答えは出ているようだった。最後の最後まで理由も言わないままに。

 ボクは差し出された彼女の手を見つめる。その手を掴めばサヨナラだ。掴まなければ……それが彼女の問いかけた最後の二択だった。

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 次の向日葵を手に取ると、種の大半が抜け落ちていた。


「なんだ……この絶望的な終末感は……」


 やられた。十中八九、ヤクザな鳥に食べられてしまったのだろう。火鼠たちも至極残念そうな面持ちで、朽ちたしがない向日葵を眺めている。

 

 それにしても今回のお題、これは二択なのか。俺ならこんな面倒そうな奴はさっさとサヨナラだ。だが、関川君はきっと真面目に悩むのだろう。

 さて、どう書こうか……


 僅かに残された種をほぐし取り、それらを火鼠たちに差し出した。

 そう言えば、煙火えんかが燃え尽きたのは、肌を刺すような寒さの日だった。あの時思い知ったのは、ということだ。「これが最後の向日葵の種だぞ」なんてやり取りをする間はなかった。


 勿体ぶるように、関川君にをチラつかせるコイツは、一体何なんだ。


 フツフツと込み上げる怒りめいたものに任せて、ETのノートアプリ『手帳』を立ち上げた。



 -----------【続き】-----------

 ボクは彼女の手を取った。

「サヨナラだ」

 これまでのボクにとって、彼女の居るここが楽園だった。二人で作り上げてきたこの舞台は、かけがえのないものだ。二択を提示してその物語の続きを募集し、集まった脚本を元に、ボク達二人が中心となって演じてきた。結果は大盛況。

 そんな風にして続けてきた芝居も、今回の十番目のお題が一応のフィナーレ。でも、ボクの中ではアンコールに応えたり、第二幕の心づもりも……。

 つまりこの時間がずっと続けば良いのにって思ってた。

「やっぱり引き際が大事だと思うのよね。桜は一番美しい時に散るものでしょ」

 花を咲かせるために準備してきた時間の長さを思えば、ボク達がステージで舞っていたのはほんの一時。瞬く間だった。彼女はその栄光に縋りたくないと言いたいのだ。でもボクは、その言葉の根底にあるずっと温めてきた想いに気付いていた。

「ボクも降りるよ。役者人生はこれで終いだ」

「でも! 関川くんは人気俳優だし、まだまだ……」

 最後までは言わせない。

 重ねた唇と引き寄せた腰をようやく解放し、まっすぐに彼女を見据えた。

「これからは演技ではなく、ボク自身としてキミと一緒に居たいんだ」

「それって……」

 これ以上の言葉は必要ない。

 ボク達は手を取り合ったまま、清水の舞台から飛び降りた。勿論、最期の最後まで、世阿弥の『風姿花伝』に記された<離見の見>を意識して。

 その先にあるのが本当の楽園なのだと信じて、ボク達はどこまでも堕ち、二人だけの時間を溶け合った。深い深い海の藻屑となるまで。



タイトル『堕天使・関川君の失楽園』

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「こんなところか」


 堕天使ルシフェルといえば元々は<明けの明星>、つまり<金星>を意味する、特に神々しい光の天使だ。天界から墜落する姿も、美しい姿で絵画に描かれる。

 このルシフェルの名は、蛍の発光物質ルシフェリンの語源にもなっている。

 紫陽花の咲く頃に魅せる、あの不思議な光。

 全十回のハーフ&ハーフのお題が出る度に、関川君の世界を滅ぼしてきた俺が言うのもなんだが、初夏の夜、ほんの僅かな時間だけ蛍が舞い流す光は、関川君の短い命の灯火を象徴しているのかもしれない。

 

 今回は最終回ということもあって、青空劇場フリーメイソンの主にして、ハーフ&ハーフの企画主である『フタヒロ天使』をイメージして、芝居に絡めた話に仕上げてみたから、そんな風に感じるだけかもしれないけれど。

 ただ、ずっと気になっている『書いたことが現実になる』という万年筆が秘めた可能性も、こうして書いてみると、やはりフィクションがノンフィクションになってもおかしくはない気がするから不思議だ。


「まさか、な」

 未知に満ちた広い『銀河』の彼方では、何が起こってもおかしくはない。けれど……

「ま、関川君がどうなろうと、俺の知ったことじゃない」



 さて、今日は戻り鰹のタタキだ。藁焼きにして、玉ねぎとにんにくのスライスに大葉、茗荷、そして柚子ポンをかけて食べると思うだろう。だが、塩でいただくのが通というものだ。

 今朝捕れたばかりの鰹が、そろそろ届くはず……。

「シギのやつ、遅いな」

 いつも同じ奴が来るので、今となってはすっかり馴染みの関係になった。あいつも鳥だから、俺たちと同じく天使の一種だ。

 まだ見ぬフタヒロ天使は、一体どんな鳥なんだろう。『銀河』の彼方でも『天使』の意味合いが同じなら、という前提だけど。


「煙火」

 呼びかけると、いつものように器用に二足で身体を持ち上げて背筋を伸ばし、へい、とでも言っているかのように、黒々としたつぶらな瞳をこちらへ向けた。

 コイツは竈長おさとして『煙火』を襲名したのだ。先代同様、愛嬌のある表情かおをする奴で、他の火鼠からも慕われている。当時は仲間内で二番目に身体が大きかったが、最近、縮小が始まったらしい。


『火鼠は走りながら命を燃やしているのではないか』


 この推測は恐らく的を得ているのだろう。命の灯火は、その長短に関わらず儚いものだ。だからこそ尊いのだと頭では解っていても、切なさを拭うことは到底できそうもない。

 温もりを感じられるうちに……



 俺たちの世界では、『石には意思が宿っている』と言われている。そんな事は到底信じてはいなかったけれど、煙火たち火鼠がここにいる事実が、結果的にその話に真実味をもたせることになった。


 元々、火鼠なんて生き物は、この世界には居なかった。


 学習能力が高く、人の言葉に宿る言霊コードを嗅ぎ分け、意思疎通する小さな鼠。彼らは璃杜リヒトがあらゆる物質の可能性を秘めた『色界』から持ち帰った石より生まれたのだ。

 どういう経緯かは知らないけれど、羅土ラドの工房の登り窯の中に、無数の赤い石礫を内包した拳大のその岩石を放り込んだらしい。そして炎の中で生じた鼠たち。向日葵の種を体内で瞬時に異化して発火する不思議な生き物。それを『火鼠』と呼ぶことにした。

 この世界の『火鼠』の起源ゼロは羅土の窯にある。でも『色界』や他の世界にも『火鼠』に相当する生き物がいるなら、根本的な起源ゼロは一体どこにあるのだろう。



 不意に目の前を灰褐色の影がよぎり、カッという音を立た。見ると一羽の旅鳥シギが突き刺さり、己の嘴を引っこ抜こうと藻掻いている。


「なんだ……この絶望的な終末感は……」


 この光景をはじめて見た時は心底そう思ったものだ。ようやく現われた鳥来運送トリクルの運び屋を呆れながら眺めた。全くこの天使は……。

 毎度こうやって届くから、おかげで柱は穴だらけだ。今ではその穴を利用して、泥蜂たちが泥を詰めて巣を作るようになった。軒先で雨風も凌げて丁度良いらしい。


『お待たせ〜』


 柱から嘴を引っこ抜くと、シギは電子音声を発し、あしゆびに掴んでいた巻物をポイッと寄越した。スルスルと紐解くと「ご注文のお品が『鮮度抜群! 朝どれ一本釣り戻り鰹 2キロ』でお間違いなければ、こちらを二つ折りにして言霊コードを入力して下さい」と記載されている。


「『二つの道を尋ねて』」


 いつものように事前に通知されていた言霊コードを口にすると、二つ折りにした元巻物の伝票が跳ね上がり、立体切り絵のポップアップカードさながらに、中から重量感のある小包が現われた。


 

 ―― 完 ――





-------鳥の知らせ-------


 あとがき、幕引きをもって完結とします。

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