番外 有明と珈琲
窓に寄りかかって仄白い空を見上げる。まだ沈まない月が真珠色に光っていた。
「ユウ、寒くないか?」
背後からかけられた声に振り向くと、クリスがマグカップを両手に立っている。ゆっくり口角を上げて首を振った。
「大丈夫。むしろ涼しいくらいだから」
一晩中布団の中にいた体は
鮮やかな瑠璃色の天上を眺めるわたしの肩にふわりとなにかが掛かる。
「大丈夫じゃないだろ、そんな薄着で」
ブランケットでわたしの体をくるみながら、クリスは顔を顰めた。
「シャツ一枚でベッドから出るなんて、風邪ひくぞ」
珍しい叱責の口調に、わたしは首をすくめた。ぶかぶかなシャツの襟元を寄り合わせる。裾は太腿の半ばまで隠していたが、確かに足先は冷える。おとなしく促されるままベッドへと戻った。
くしゃくしゃになった毛布へ足をつっ込み、コットンのブランケットをきっちり羽織ったわたしに、クリスが湯気の立つマグを手渡してくれる。熱々のコーヒーが入ったそれで両手を温めていると、彼がすぐ隣に腰かけた。
「砂糖、入れたほうがよかったか?」
「ううん。ブラックなら入れないほうが好き」
口をつけないから気になったのだろう。聞いてきたクリスに首を振ってみせる。こんなことは彼も知っているはずだろうに。普段はなんてことない顔で正解ばかり選んでくる彼だが、時折こうやって心配そうに確認してくる。
ほっとした様子のクリスを横目に見ながら熱いコーヒーを啜った。
「――あつっ」
予想以上に温度が高くて目をぎゅっとつむる。黒い水面にふーっと息を吹きかけた。これって本当に早く冷めるんだろうか?
「大丈夫か?」
クリスが慌てて顔を覗き込んでくる。大丈夫だよ、と笑い返すと頬に手をかけられた。顔を上向きにされて口を開けるよう促される。心配性だなぁと思いながらおとなしく口を開けると、舌の様子を窺ったクリスはすぐにひとつ頷いた。
「よかった、なんともなってないな。でも痛かっただろ? 熱すぎたな」
「大丈夫だよ、心配しすぎ」
苦笑するわたしを見た彼は眉間に小さくしわを寄せた。
「しすぎってことはないだろ。ほら、もう一回見せてくれ」
もう一回? なんともないのに? でもまあそれで彼が安心するなら、と舌を出す。クリスがぐっと顔を近づけた。
「――っ!?」
ぬるりとした感触に驚いて身を引きかけるが、いつの間にか腰に回っていた手に抑え込まれる。彫刻のような顔がますます近づいて、鼻先が触れ合った。舌だ。彼の舌が、わたしの舌に、触れている。
突然の状況についていけなくてわたしが目を白黒させている間に、唇同士が完全に合わさってしまった。やわらかくてぶ厚い舌が撫でるようにわたしのそれを舐める。
くちゅくちゅという水音が
驚きと緊張と酸素不足で頭がくらくらしだしたころ、やっと解放される。離れ際に軽く唇を吸われた。
「……もう、痛くないか?」
朝陽に照らされた、整った
猫並みの生活 一刻ショウ @SyunSyou
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます