第3話 透明な流れ星
「儂も怒りたくて怒ってるんじゃないんだ。それは理解してるよな?須藤」
「はい」
多胡部長との外回り営業の後喫煙所に呼び出されて俺は説教されていた。
どうやら取引相手の横柄な態度に苛立ちそのストレスを俺にぶつけているみたいだ。
(アホらし)
「まぁ次からは気を付けろよ?今日はもうこのまま直帰していい」
「わかりました」
多胡部長の後ろ姿が見えなくなるのを確認してから腕時計を見る。
十七時半。いつもに比べれば格段に早い。
(明日は休みだし久しぶりにあそこに行くか)
二階建ての小さなビルに入ると券売機でチケットを一枚買う。
そのままエレベーターで二階に行くと丁度目当ての物が着いたみたいだった。
決められた通りの電子音声が「本日はご乗車ありがとうございます。本ロープウェイは五分程で
俺を含めて四人が乗り込むとロープウェイはガタッと揺れながらも山頂へ進む。
段々と小さくなる景色を見ながらうちの会社はどの辺かななどと探してみる。
そうこうしている内に山頂に着いたので展望台に移動する。
「やっぱりここから見るこの街が一番綺麗だな」
昔から嫌な事があればよくここに来ていた。
今まで自分を責めるようにそびえ立っていたビルも小さく見える。
二月のまだ冷える風が心地良い。
(この街で生まれて今まで育ってきた。きっと死ぬのもこの街だな)
「へくちっ!」
可愛らしいくしゃみの声が聞こえて隣を見るとそこには見知った顔の女性が居た。
「あれ?コンビニの店員さん?」
「え?常連さん?」
二人の視線がぶつかると店員さんの顔が少し赤くなった。
厚手とはいえカーディガンとロングスカートの服装では山頂の気温に耐えられなかったみたいだ。
「今日は冷えますね。もし良ければお使いください」
着ていたコートを脱いで渡すと店員さんは小さく頷きカーディガンの上にコートを羽織った。
「あ、ありがとうございます」
「いえ、お気になさらず」
店員さんは自分にとっては大きいコートの襟元に顔を埋めると何故か急に目を細めてじとっと軽く睨まれた。
「どうかしましたか?」
「いえ・・・別に」
思い当たる節は・・・あった。
「すみません!タバコ臭かったですよね!今日一緒に行動してた上司がヘビースモーカーで・・・申し訳ないです」
「上司さんが?お兄さんはタバコ吸わないんですか?」
「え?えぇ、吸いませんよ」
実際に吸わないので否定するとそれまでジト目で睨んでいた顔が優しい目になり少し笑っているのがわかった。
「全然臭くありませんよ。寧ろいい匂いがします」
「そうですか?なら良かったです」
そこからは何も言わず二人で山頂からの夜景を見ていた。
「・・・流れ星」
「え!?完全に見逃してました・・・」
「あ、あぁ!また次がありますよ!」
下りのロープウェイに乗ると店員さんがコートを返そうとしてたのでやんわりと断る。
「今日はまだ冷えますし着て行ってください。またコンビニに行く時にでも返して貰えればいいので」
「本当に・・・いつもありがとうございます」
(いつも?あぁ、買い物してるからか)
お互いに「それでは」と言い残すと帰路に着く。
実を言うと流れ星なんて見ていない。
街を見下ろす店員さんの目から一筋の透明な流れ星が見えただけだった。
時は二日前に遡る。
今日もスマイリーマートで涼音オーナーと働いていると涼音さんから一枚のチケットを渡された。
「これは?」
「この街最大の名物!天成山ロープウェイのチケットよ!!まだ行ったことないでしょ?」
「はい。でもどうしてこれを私に?」
「春ちゃんにはこの街をもっと好きになってもらいたいのよ」
「そうですか。ありがたくいただきます」
「どうやら街を好きになる前に好きな人ができたみたいだけ目がァァァァ!!」
馬鹿なことを口走る涼音さんの目を突いていると今日もあの人が来店する。
「お預かりします」
「お願いします」
変わらずinゼリーとサラダチキン。
きちんとご飯を食べているのか心配になる。
「お仕事・・・お疲れ様でした」
「ありがとうございます」
商品をレジ袋に詰めて渡し、ニヤニヤしてる涼音さんの足を踵で軽く踏む。
「またのご来店お待ちしております」
実家から逃げ出した時に着ていたカーディガンと涼音さんのお下がりのロングスカートを併せると少しだけ薄化粧をして天成山ロープウェイ会館に向かう。
商店街を通るとシャッターが降りたままのお店が多く寂しくなる。
「おっ!春ちゃん!!今日はいい鶏肉が入ってるんだけどどうだい!?」
「春ちゃん!肉なんかよりもうちの野菜食べなさい!いい人参が入ってるのよ!!」
「肉なんかってなんだこの大根足八百屋が!!」
「あぁん!?豚顔肉屋が何よ!!」
肉屋の
色々な方面に顔が広い涼音さんのおかげで商店街のおじ様やおば様にも優しくしてもらえる。
こんな暖かい街が好きだった。
ロープウェイに乗ると小さくなっていく街を見下ろす。
さっきまで自分が歩いていた商店街が見えなくなった頃に山頂に到着した。
自販機でホットミルクティーを買うと展望台からを街を見る。
よそ者の自分を暖かく受け入れてくれた街。
あの冷たく閉じ込められていただけの家とは違う。
「へくちっ!」
薄着すぎたのか自分でもあざとすぎないかと思うくしゃみが出た。
「あれ?コンビニの店員さん?」
聞き慣れた声のする方を向くとそこにはいつもの常連さんが居た。
「え?常連さん?」
くしゃみを聞かれた恥ずかしさと思わぬ場所で会えた嬉しさで顔が熱くなる。
「今日は冷えますね。もし良ければお使いください」
その言葉と共に差し出されたコートに袖を通すと赤くなった顔を隠そうと襟元に顔を埋めた。
すると微かに漂う独特なタバコの匂い。
(ん?この人いつもうちのお店でタバコなんて買わないのに何で?)
思わず恩を仇で返すようにジト目で睨んでしまう。
「どうかしましたか?」
「いえ・・・別に」
(別に常連さんがどこで買い物しようと私には関係ない。ただなんだろう?胸の奥がモヤっとする)
「すみません!タバコ臭かったですよね!今日一緒に行動してた上司がヘビースモーカーで・・・申し訳ないです」
常連さんが何かに気付いた瞬間ペコペコと謝ってくる。
「上司さんが?お兄さんはタバコ吸わないんですか?」
「え?えぇ、吸いませんよ」
(そっか・・・この人は嘘をつけない人なんだ)
モヤっと感が消えて代わりにじわーっと温かい感情が湧き出す。
それからは少し話をしながら夜景を見ていた。
ロープウェイから降りてコートを返そうとすると今日はまだ冷えるので着ていくように言われた。
「本当に・・・いつもありがとうございます」
「えぇ、それでは」
常連さんと別れると商店街に踵を返す。
「源さん、鶏肉を二人前ください。多喜さんは人参を二本お願いします」
「お、おう!任しときな!!」
「う、うん!大きめの用意してあげるからね!!」
精算を済ませてレジ袋を持つとアパートに帰る。不思議といい気持ちだった。
「なぁ・・・見たか?大根足」
「見たよ・・・豚顔」
「「俺(私)達の天使が男物のコート着てスキップしながら帰ってた!?しかも材料も二人前!?」」
その日、商店街の面々は店を早終いして『緊急会議』と称し居酒屋に集まるのであった。
サラリーマンとコンビニ店員 希空 @Noa4616
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