第2話 落下型ヒロインは三次では大惨事よ?
生まれた時から私の運命は決められていた。
決められたカリキュラムをこなし決められた友人と上辺だけの付き合いをする。
自分の意見はほぼ全て通らない。そして悟った。
(ここに居ては私は私じゃなくなる)
そこからは早かった。
お年玉やお小遣いを極力使わず貯め込み高校を卒業する日に家を飛び出した。
電車に乗るとできるだけ遠くを目指した。
複数の県を飛び越え辿り着いたその場所でまずは髪を染めた。
初めての小さな・・・だけど私にとっては大きな反抗。
そこは都会とも田舎とも言えない中途半端な街だった。
これから何をしようか?何でも好きな事が許される。楽しみだ!
だがそんな気持ちはすぐに消え去った。
わからないのだ。今まで全て管理されていたから。
わからないのだ。自由っていったいなに?
突然降り出した雨に打たれながら独り言ちる。
「あぁ・・・やっぱり私は籠の中の鳥か」
周囲の人はそんな私をどんな目で見ていただろう。まぁ、どうでもいいか。
ずぶ濡れのまま横断歩道橋から車道を見下ろす。
「・・・どうせ鳥なら飛ばないとね」
翼をもがれても落ちることくらいは出来るだろう。
柵に足をかけようとした瞬間、私の周囲だけ雨が止んだ。
隣を見るといつの間に居たのか一人の女の人がビニール傘で雨から私を守ってくれていた。そして鈴の鳴るような声でこう続けた。
「落下型ヒロインは三次では大惨事よ?」
「ちょっと何言ってるか分からない」
本当に訳の分からない人だった。
「まずはお風呂に入ってきなさーい。着替えは私のでいっか!」
押し込まれるように脱衣場に行くと学生が着るような緑色のジャージを手渡された。
何なら足立高校と刺繍されていた。
「ごめんねー!芋っぽいジャージしかなくて!」
そんな声を背後に聞きながら熱いシャワーを浴びる。
(・・・生きてる)
そう思うと自然と涙が溢れた。
「よーし!お姉さんが髪乾かしてあげるからね!」
涼音さんはドライヤーを手に取ると有無を言わさず私の髪を乾かしにかかる。
強引で雑な乾かし方だったが不思議と嫌じゃなかった。
「んー、なんて呼べばいい?」
「名前・・・ですか?春川葵です」
「おっけー!じゃあ春ちゃんね!!私のことはお姉ちゃんって呼んでくれていいわよ!?」
「・・・何から何までありがとうございます。涼音さん」
「ガードが硬い!でも嫌いじゃない!!」
取り留めのない話をしながらも涼音さんは私については何も聞かなかった。
「お腹空かない?お姉さんがパパっと作ってあげるわね!」
そう言いながら台所に向かう涼音さんは三歩歩いた瞬間、スマホの充電コードに足を引っ掛けて派手に転んだ。
「ふ・・・ふふっ!」
どこか空回りしてるその姿に笑ってはいけないのに自然と笑みがこぼれた。
「ようやく笑ってくれたわね。うん!いい笑顔!!」
そう言いながら起き上がると今度こそ台所へ向かった。
「へいお待ち!!」
テーブルの上に置かれたのはレンジで温めたコンビニのパスタ。
「温かい手料理が出てくると思った?残念!お姉さんは料理が出来ません!!」
えへん!と胸を張っているその姿が何故かとても面白かった。
パスタを食べ終えると安心したのか眠気が訪れた。
「ん?眠い?ベッドで寝てて。お姉さんはもうすぐ仕事に行くから使わないし」
「そんな・・・そこまでしてもらう訳には」
「鳥なら飛ばないとって言ってたわよね?」
急に冷たくなった涼音さんの声に言葉が続かなくなる。
「確かにいつかは飛ばないといけないかもしれない。けどそれは今じゃない」
「・・・・・・」
「今はゆっくり羽を休めなさい。これからどうするかは元気になってから考えればいい」
「ありがとうございます。涼音お姉ちゃ・・・」
「それによく考えたら飛べない鳥って結構居るわよね!?ペンギンとかダチョウとか!!え?今なんか聞き逃しちゃいけないワードが出たような!?」
「気のせいです」
本当にこの人は何なのだろうか。
あれから数日経って私はまだ涼音さんの家でお世話になっていた。
どうやら涼音さんは個人経営のコンビニでオーナーをしているらしい。主に夜勤をしているそうで夜になると出て行って朝に帰ってくる。
まず端的に言って涼音さんは家事力が壊滅的だった。食事は全てコンビニ食品で済ませようとするし、掃除を始めると始める前よりも汚くなる。
だから涼音さんが朝帰ってくるまでに朝食を準備するのが私の役目になった。
今日は卵焼きとキノコのお味噌汁。
「うーん!!美味しい!私のために毎日味噌汁作ってくれない?」
「プロポーズならもう少し親密度を上げてからにしてください」
軽口も言い合えるようになった。
「涼音さん。私も働きたいです」
「・・・マジで?私は毎日働きたくないと思ってるよ?」
「無理なお願いとはわかってます。ただ変わりたいんです。今までの何も出来ない自分じゃ嫌なんです!」
私の心から絞り出した言葉に涼音さんは目を細めると「わかった」と頷いてくれた。
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「あれからもう三年かー。時の流れって早いわね」
「私にとっては濃密すぎる三年間でした」
「いつでもうちに来たかったら言ってね?多少は料理も出来るようになったし!」
「・・・掃除は?」
「What will be,will be♪」
「ダメみたいですね」
チラリと時計を見ると針は二十三時を少し通り越し進み続けていた。
「もうすぐあの人が来るわね!待ち遠しい!?」
「いえ別に。仕事ですので」
「もうっ!素直じゃないな!!私から伝えてあげよっか?うちの可愛い春ちゃんがあなたの事を好きで目がァァァァ!!」
デリカシーの欠片も無い涼音さんの目を軽く突くとお客様の入店音が聞こえた。
いつも通り眠そうな目を擦りながらinゼリーとサラダチキンを手に取ると「お会計お願いします」と言ってくる。
もう既に慣れたレジ打ちをこなしレシートを発券すると商品と一緒に渡す。
「ありがとうございました。それと・・・今日もお仕事お疲れ様でした」
「ありがとうございます」
胸が軽く高鳴るがこの気持ちには気付かないフリをする。
籠の中の鳥はまだ飛び立つ準備をしているのだから。
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