サラリーマンとコンビニ店員

希空

第1話 アナコンダってお好きですか?

深夜、日付けが変わる直前のコンビニ・・・地元民に愛されるスマイリーマートには二人の男女がいた。

一人はボサボサの黒髪で疲れきった体をスーツで包み込んだ二十代半ばの男。目が死んでいる。

もう一人は色が落ちてきているのか少し黒みがかった茶髪の十代後半、もしくは二十代前半の女性。スマイリーマートの制服を着ているので店員で間違いないだろう。


二人はカウンターを挟みお互いの顔を見ると

「あ・・・あの!」

「あっ、あの・・・」


見事にハモった。


先に切り出したのは店員の女性。

「すみません。お先にどうぞ」

男は軽く一礼して緊張を飲み込むように一息吸うと。

(今日こそ言うんだ!好きですって。)

「す・・・スイーツでオススメってありますか?」

(ああぁぁぁぁ!!!!)

この男、死んだ魚のような目をしているのに心はチキンだった。

「スイーツですか?新作のプリンパフェが私のおすすめです」

「そう・・・ですか。ありがとうございます。あっ、さっき何か言いかけてませんでしたか?」

「あぁ、はい。それは・・・」

(今日はもう逃げない。この想いを伝えてみせる。あなたのことが好きですって)

「あな・・・アナコンダってお好きですか?」

(・・・・・・死にたい)

「アナコンダってあの蛇の?爬虫類は好きですよ。」

「そうでしたか。ではお会計しますね」

「はぁ?お願いします」


こうして今日も二人は「後は未来の自分に任せた」と心の中で呟くのであった。


────────────────────


「ふっ・・・今日も仕事が終わらねぇ」

パソコンの前でそう愚痴る男。

首に吊り下げた社員証には須藤 和樹スドウ カズキと書かれていた。

時計の針は二十三時を刻もうと動いていた。

「やめだ。これ以上は効率が悪すぎるし明日朝一で出社して続きをやろう」

荷物を纏めると既に切られた自分のタイムカードを見て独り言ちる。

「ブラックすぎんだろ」と。


会社から家までは歩いて15分程の距離であり帰路の途中にあるスマイリーマートに立ち寄るのが和樹の日々のルーティーンだった。

自炊する時間と体力が残っていないのでinゼリーとサラダチキンを手に取りレジへ向かう。

「お預かりします」

「お願いします」

小銭を払って軽いレジ袋を持ち退店しようとすると小さな声が聞こえた。

「お仕事お疲れ様でした」

「え?あ、あぁ。ありがとうございます?」

ぎこちない会話だが和樹の胸に久しぶりの感覚が湧き出した。

(嬉しいな。営業トークとはいえ人に優しくしてもらえるのは)

少し上がった口角を隠すように自動ドアをくぐると家路につく。



(そろそろ染め直さないと)

スマイリーマートのロッカールームではロッカーに備え付けられた小さな鏡で己の髪を確認する女性がいた。

制服の胸付近に付けた名札には春川と書かれていた。

春川 葵ハルカワ アオイ。このスマイリーマートで夜勤を担当するバイト店員。

「今日もあの人来るかな?」

鏡に映る自分に小さな声で呟く。

昔から仏頂面で周りからはいつも不機嫌そう、ちょっと怖いと言われ避けられてきた顔。ただ今その瞬間は満開の花が咲くように笑顔だった。


(今日も来てくれた。やっぱり疲れてそうだけど大丈夫かな?)

葵の目に映るのはいつも日付けが変わるような時間帯に来る一人のサラリーマン。

数日前に自分を助けてくれた人だった。

「お預かりします」

「お願いします」

事務的な会話だが普段よりも声のトーンが少し高かった。

小銭を預かりレシートと商品を渡すと、うるさく鳴る心臓を押さえつけるイメージで小さな声で一言。

「お仕事お疲れ様でした」

「え?あ、あぁ。ありがとうございます?」

(言えた!ふふっ・・・嬉しいな)

微かに下がった目尻に気付かれないように軽く一礼すると「またのご来店お待ちしております」と付け加える。


こうして二人の今日はこうして終わっていく。


────────────────────


「なぜ俺はモテないのか?その謎を解明するべく俺達は資料室の奥地へと向かった!」

「アホな事言ってないで仕事しろー」

同僚の田沼タヌマと軽口を叩き合いながら上司に言われた資料を探す。

「そもそもこの資料だって俺達の仕事じゃねぇだろ!あのタコ部長め・・・!!」

「どこで多胡タゴさんが聞いてるかわからないのに言うんじゃないよ」

多胡部長。禿げた頭と怒った時に顔が真っ赤になるその姿からタコ部長と陰口を叩かれてる存在。

「本題に戻るぜ!どうして俺はモテないの?はい!須藤くん答えは!?」

「毎日深夜まで残業してるから、だろ?」

「Exactly!正解だよ!もう俺辞めたい・・・」

「はいはい。資料見つけたし行くぞ」

バインダーファイルで軽く頭を小突くと部署に帰る。

「それよりお前さ?頬は大丈夫か?」

「あぁ、大丈夫。飲み会で酔い過ぎて何処かでぶつけたと思うんだけどな」

「ほんと気を付けろよ?俺の最後の同期なんだからさ」

「みんな辞めちまったもんな・・・」

まだ少しだけ痛む頬をさすって遠い目をする。

(あの日は接待で飲みすぎて記憶が殆どないんだよな)

多胡部長には「資料探すのにいつまで時間をかけてるんだ!!」と怒鳴られた。ぴえん。



規則的に鳴り響くアラーム音に辟易しながら瞼を擦る。

画面の割れが目立ってきたスマホを見ると時刻は十七時。バイトが二十二時から始まるのでそれまでに夕飯を食べ身なりを整えないといけない。

「眠っ・・・」

小さな六畳間。必要最低限以外の家具が置かれていない部屋を睥睨すると目を細める。

高校卒業と同時に飛び出した実家に戻る気は無い。

「まぁどうにかなるか」

冷蔵庫を開けるとハンバーグと作り置きしていたポテトサラダを取り出し調理にかかる。

ハンバーグを蒸し焼きにしている間に思い出すのは数日前のバイト中に酔っ払いに絡まれたこと。


「いらっしゃいませ」

いつもと変わらない営業トーク。ただその時は相手が悪かった。

明らかに酔って顔を赤くした中年男は「なんだその顔はァ!?俺に文句あんのか!?」と怒鳴りつけてきた。

目つきの悪さは自覚している。この顔で得した事なんて一度もない。

「いえ・・・そんなことは・・・」

「上等だっ!店長を出しやがれ!訴えてやる!!」

逆上した男の手が私に伸びてくる。

(怖い・・・!誰か、誰か助けて!!)

オーナーがバックヤードから駆けつけて来てくれてる足音が聞こえる。

ただそれよりも男の手が私の胸ぐらを掴む方が早いだろう。思わず目をきゅっと瞑る。

だがいつまで経っても衝撃は訪れなかった。

そっと目を開けると中年男の伸ばした手を掴むもう一人の男がいた。

「やめろ」

眠そうな目、ボサボサの髪。

よく来てくれる常連のサラリーマンだった。

「なんだクソガキ?てめぇも文句あんのか!?」

「文句しかねェよ。年考えろよおっさん。店員さんが怖がってるだろうが」

その瞬間、中年男が掴まれていた右手をそのままに左手でサラリーマンの顔を殴り付けた。

「はっ!!ガキがいきがるんじゃねぇよ!」

中年男が更にもう一発殴ろうと拳を固めるとオーナーが飛び出してきた。

「何やってるんですか!警察呼びますよ!!」

「ちっ・・・!離せクソガキ!!」

中年男は腕を振りほどくと小走りで店内から出て行った。

「お客様大丈夫ですか!?」

オーナーが慌ててサラリーマンに駆け寄ると男はぺこりと一礼してこう続けた。

「ご迷惑をおかけしてすみません。あなたに怪我が無くてよかった」

私の顔を見て軽く微笑み「それでは」と言い残し退店した。

その後ろ姿を見送るまで一言も声が出なかったが心臓はうるさく鼓動を続けていたし、この感情はさっきの恐怖だけでは無いのは確かだった。


「~~♪」

思い出しただけで顔がにやけてしまうのを抑えられない。

焼きあがったハンバーグをお皿に載せポテトサラダを盛り付ける。

即席のわかめスープを作り少し早めの夕食を始める。

「いただきます」

実家に居た時にはマナーが悪いと許されなかったが大口を開けてハンバーグに齧り付く。

ガリッ・・・!!嫌な音が聞こえた。

どうやら食欲が先走りすぎて口内を噛んでしまったようだ。

「いひゃい(痛い)」


ちょっと涙が出た。

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