その表情が見たい

狼狽 騒

EVO決勝 ー チト VS レン

 熱。

 熱。

 熱。


 体を大きく動かしていないのに、僕の身体はこんなにも熱い。

 体調は悪くない。むしろ絶好調だ。

 この中からの熱さは、心の熱さだ。

 この熱さを教えてくれたのは、彼だ。

 彼がいなければ、僕は今ここにいない。


『――さあ! 長かった大乱闘スマッシュブラザーズSPの頂点――EVOチャンピオンを決める戦いもいよいよ残るはこの二人だけとなりました』


 実況の声と共に会場内のボルテージが高まってくるのを感じる。

 スマブラ大会、その決勝のステージ上。

 そこに僕は今立っている。


 グランドファイナル。


 スマブラSPの大会で今回、ダブルエリミネーションという形式を取っている。

 簡単に説明すると「1度負けてもOK」なのだ。

 通常のトーナメントに加え、「敗者側トーナメント」というのが存在している。1度負けた人物はそちら側のトーナメントに移動するのだ。区別するために通常のトーナメントを「勝者側トーナメント」とするが、そちらで高い位置で敗北すればするほど、敗者側トーナメントでも高い位置から始められる――厳密には違うが、勝者側で準決勝で負けた人物は、敗者側トーナメントの準決勝とほぼ同位置から始められる。

 そしてグランドファイナルというのは、勝者側優勝者と敗者側優勝者が戦う、最後の戦いになる。

 もし、ここで敗者側が勝利したとしよう。そうなれば「両方とも敗者側となりリセット」し、正真正銘最後の戦いになる。例えば3本先取で3-2で敗者側が勝利したとしよう。その場合は0-0でリセットとなり3本先取の戦いが再び始まる、ということになる。

 平たく言えば、勝者側は最初の3本を取れば勝ち。敗者側は最低でも6本取らないと優勝できない、ということだ。

 そしてその勝者側にいるのが――


『グランドファイナルに駒を進めた二名。まずは勝者側! 若干18にしてプレイヤーランキングは先月1位まで上り詰めた男! その実力は紛れもない本物! そいつの名は――Thitau(チト)!』


 歓声を受けながら、僕は壇上で片手をあげる。


 僕の名前は千歳兼続(ちとせ かねつぐ)。プレイヤーネームは「Thitau」。


 ここ最近負けなしで、自分で言うのもなんだがスマブラ界の注目株だ。

 この大会でも上位勢を圧倒しながら、決勝まで上がってきた。

 このまま優勝間違いなし――そう思われても仕方のないような勝ち方ばっかりだった。


 だけど。

 僕は全くそう思っていなかった。


 だって、決勝で戦うのは――あの人だから。


『そして対する敗者側――この男がやはり来た。昨年度EVOチャンピオン覇者! ルーザーズランはお手の物! 笑顔の下のその強さは間違いない。その名は――ReNN(レン)!』


 笑みを浮かべながら壇上に上がる青年。

 その顔はふてぶてしいようにも、逆に余裕がないようにも見える。

 しかしながら僕にとっては前者だ。

 何度戦ってもその表情は憎たらしくてしようがない。


 僕の目標であり、そして、最大の敵。

 

(今日こそは勝たせてもらうよ――レン兄ちゃん!) 






 ReNN。

 本名、風見山 蓮。

 実は彼は僕の従兄だ。

 年は8歳ほど上だが、家が近所だったこともあり仲はとてもよかった。

 いや、仲が良いというレベルではない。

 僕が大乱闘スマッシュブラザーズというゲームにはまったのは、彼がきっかけだ。


 10年前。

 僕がまだ小学生だったころ。

 普段、僕は不思議な感覚に包まれていた。

 まず、クラスの子たちの会話に違和感を感じていた。

 何を言っているのか解らない。

 めまぐるしく変化していて、自分の中を通り過ぎて行く。

 その言葉は自分に向けられていない――そんな疎外感のような、感覚があった。


 そんなちぐはぐな毎日の中で、僕は出会った。

 レン兄ちゃん。

 親の居ない間の子守りとして家に遊びに来た、高校生のお兄ちゃん。

 ただ、最初の印象は怖かった。

 何よりレン兄ちゃんは無口だったのだ。

 柔らかい穏やかな笑顔を浮かべているものの、ひたすらに喋らなかった。

 ニコニコとしているだけ。どう接していいか分からない。

 これじゃあクラスのみんなと同じじゃないか。


 ――そう思いかけていた時だった。


「……やるか?」


 そう言って兄ちゃんが差し出してきたのがゲーム――大乱闘スマッシュブラザーズDXだった。

 今までゲームはそこまでやったことはなかったが、流石に有名なゲームなので知ってはいた。


「……やる」


 あまりの空気の重さに耐えきれなかったのか、あるいはなんとなく感じたのか。

 その時の僕は何を思ったのだろうか、その提案を受け取った。

 最初は何も考えずにマリオを使った。一方でレン兄ちゃんはマルスを使ってきた。ファイアーエムブレムの主人公キャラだ。


「……お気に入りなんだ」

 

 ぼそっと、レン兄ちゃんは呟いた。

 その言葉が、何故か印象に残っている。


 当然、負けた。

 レン兄ちゃんは手を全く抜かなかった。


 でも、それが嬉しかった。

 何故だか分からないけど、嬉しかったんだ。


 口数は多くないレン兄ちゃんの言葉が。

 ゲームを通して伝わってくる彼の感情が、とても心地良かった。

 手を抜かないってことは、きちんと僕のことを見て、対等に語りかけてくれるってことだ。

 そんな風に感じられたのはレン兄ちゃんが初めてだった。


 そこからだ。

 僕は好きになったのだ。


 レン兄ちゃんと遊ぶことも。

 大乱闘スマッシュブラザーズも。 


 ハマり続けて月日は経って。

 中学校に上がるくらいでは、僕は間違いなく学校で一番強いくらいにはなっていた。そのくらいからようやく、レン兄ちゃんに何回か黒星をつけることが出来るようになってきていた。

 だけどまだ、勝ち越すことは出来なかった。


 その頃に見たレン兄ちゃんの仕草を、僕はよく覚えている。

 普段は笑顔のレン兄ちゃんが、集中している時は一転、表情が変化する。

 口元の笑みを隠し、目を細めて画面を睨んでいるその横顔。

 それは、間違いなく「真剣」という言葉がよく似合うものであり、実際に本気の時にしか出ない表情だった。

 それを見れるのが嬉しくて、気付いてからはずっとそれを目標に対戦していた。

 でも、それを見られるのは目も指もキリキリに疲れた頃、その上でいくらかの幸運が重なってほんとうに上手くいった時だけだった。

 だからこそ、充足感も半端なかった。

 自分のご褒美のように感じたそれが、僕がこのゲームを続ける原動力になっていた。



(それを――この場所でも見たい!)


 僕は目の前のレン兄ちゃんをじっと見る。

 レン兄ちゃんは飄々と笑みを深くする。

 それを余裕の証であると、僕は受け取った。

 だが、そんな表情なんかすぐに消させてやる。

 昔の僕じゃないんだ。

 レン兄ちゃん対策は、人一倍 取っている。

 大舞台で僕も笑い返して見せる。


「よろしくお願いいたします」

「よろしく」


 お互いに握手をし、じゃんけんをして勝った僕がステージを選ぶ。

 そして選んだのはジョーカー。ペルソナ5から参戦した、強キャラと呼ばれているキャラだ。

 対してレン兄ちゃんが選んだのはポケモントレーナー。ゼニガメ、フシギソウ、リザードンの三体を交代しながら使えるキャラクターだ。兄ちゃんの今の使い手でもある。

 だけど――研究通りだ。


『それではグランドファイナルが始まります! 3! 2! 1! GO!』


 レン兄ちゃんは最初はゼニガメ。素早くコンボでパーセンテージを稼ぐキャラ。

 対して僕は間合いを取りながらガンと横B攻撃で牽制する。

 お互いに攻めあぐねる展開。

 だが、こちらのキャラは今の状態で時間が立っても大丈夫。

 お互いがそこそこダメージを与える展開になった時――


『おっと! ここでアルセーヌが登場!』


 僕のキャラ、ジョーカーのペルソナ「アルセーヌ」が登場。攻撃が一定時間強化される。

 そこから一機果敢に攻める。


『チト選手攻める攻める! おっと崖外そこまで行くのか!? 撃墜!!』


 ゼニガメから復帰用にフシギソウに変化させたレン兄ちゃんの隙をついて一気に画面外へ追いやって1ストック先行する。

 残り2ストック。

 レン兄ちゃんは冷静にさばいてくる。

 だけど僕もそこは対応する。


『あっと! ここでアルセーヌ帰宅……だがチト選手変わらず攻める!? リザードンが追い詰められて一気にダメージが……あーっとここでまさかの上スマッシュ撃墜!』


 アルセーヌがいないと攻めない――そう思わせておいての攻勢。

 あっという間にストックを奪い去った。


『追い詰められたレン選手! あっとそこで横スマッシュを放った! これは当たって撃墜!』


 やはりただでは転ばない。予想外の攻撃で1ストック落としてしまった。

 だけどまだ僕の方が有利。

 落ち着いていけばいける!

 順調にダメージを蓄積し、ある程度コンボにならない範囲でダメージを受けながら――


『再び登場アルセーヌ! ここでチト選手の攻撃が加速する! レン選手はここは厳しいか!? 崖外に追いつめられて……そこまで追う!?』


 ストックに余裕があるからとジョーカーで復帰できないところまで追い、レン兄ちゃんからまずは一本先取した。

 優勝まではあと2本。

 だがまだ油断はならない。


 だって、レン兄ちゃんの表情から――笑みが消えていないから。


(次を取れば流石に見られるだろう。ある意味、その表情が見たいから頑張ってきたところはあるからね)


 僕は再びジョーカーを出す。

 一方で――


『おっと! ここでレン選手が選択したのは――マルス!?』


 マルス。

 大乱闘スマッシュブラザーズDXでのレン兄ちゃんのお気に入りキャラ。

 だけど、レン兄ちゃんは大会で出したことのないキャラ。


(……なめているの? あのころと変わらない、って)


 一瞬、頭に血が上りかける。

 だが、すぐに納まる。


 レン兄ちゃんはそんなことだけに大会に出していないマルスを出すような、そんなプレイヤーじゃない。

 首を一度振り、試合に向かう。


『さあでは2本目! 3! 2! 1! GO!』


 同じように距離を取ってまずは慎重に進める。

 マルスはコンボがあまりない代わりに、剣の先端に当たるとダメージが増大するキャラだ。間合いが最初の試合以上に求められる。

 だが、やはり有利なのはこちらだ。徐々にダメージを与える。

 あとは撃墜のみ――


『あーっと! チト選手の攻撃をうまくいなすレン選手! 圧倒的に撃墜拒否がうまい!』


 こっちが有利に進めているのに、あと一手が入らない。

 その内に、


『一瞬のスキをついてここでレン選手の上強攻撃で撃墜! ストック先行はレン選手!』


 本当に一つのミスも許されない。そこに付け込んでくる。


(……やり辛い!)


 こちらの攻撃は当たる。

 当たるけど、撃墜出来ない。

 こっちが圧倒的に支配している――はず、なのに!


『200%超えてもまだ撃墜まで至らず! すごすぎるレン選手! あーだがここで下投げで撃墜される!』


 もう寿命だ。それなのにこちらはダメージを蓄積されすぎた。

 あっという間に空後攻撃を決められ、残り1ストック。

 この試合はいつの間にか支配された。


『これは流石に厳しい……空前、空前、空下でメテオ攻撃! 一気に攻め取った! レン選手が1本取り返した!』


 何が起こったのか、一瞬理解できなかった。

 あきらめたわけではない。

 だけど、一気に展開を奪われた。


「……っ!」


 歯を食いしばりながら、僕はキャラクターを変更する。

 選んだのはワリオ。

 不利でも下B攻撃であるおならで逆転できるファイターだ。

 対してレン兄ちゃんは引き続きマルス。

 あの表情は、まだ、見られない。


『果たして3試合目はどちらが取るのか! 3! 2! 1! GO!』


 ――まただ。


 序盤からもう空気で分かった。

 ワリオは先行出来るキャラではない。どちらかというと待ちのキャラクターだ。そういう相手には攻め込みたくなるのが人間心理だ。

 だけど――レン兄ちゃんはじっと見て来る。

 見て、的確に対処してくる。

 キャラクターの選択はミスをしていないはず。

 今度はミスも何もしていないはず。

 逆転できるファイターを使っているはず。


 だけど――


『最後のおならを撃たせる前に空上で撃墜! おならが怖くないのか!? 勝ったのはレン選手! セットリセットにリーチを掛けた!』


 お互い残り1ストックまで持ち込んで、こちらは逆転必殺技が溜まっている状態なのに、全てを見透かしたようにレン兄ちゃんは技を通してきた。結果、逆転必殺技を放つ前に撃墜されてしまった。

 ……だけど、手ごたえはあった。

 手ごたえはあった、けど。


 何で勝てていないんだ……?


 何がミスをしている?

 いや、ミスをしていない。

 たまたま噛み合っただけだ。

 次は行ける!


 僕はそう前を向いて再びワリオを選択。レン兄ちゃんのマルスと対峙する。


『さあ、ここでレン選手がセットリセットするのか!? はたまたチト選手が取り返すのか!? 注目の4試合目! 3! 2! 1! GO!』


 打って変わって慎重に進める。

 レン兄ちゃんの正確無比な攻撃に当たり、1ストック先行される。

 だけどワリオのスマッシュ攻撃を不意に放って割と低パーセントで撃墜する。

 2ストック目。

 今度はレン兄ちゃんの一瞬のスキをついてコンボから、下B必殺技のおならを決めて早々に1ストック有利になる。

 しかしレン兄ちゃんも流石で、堅実にこちらのストックを落としてくる。

 迎えた3ストック目。

 徐々にダメージが蓄積し、見た目上は5分の状態。

 だが、再び逆転の下B必殺技がたまっている状態の僕の方が圧倒的有利だった。

 レン兄ちゃんも間合いを取って確定コンボを食らわせてくれない。


(だったら――)


 僕はジャンプして攻撃を放つ振りをして、レン兄ちゃんのガードを誘う。

 ここで必殺技を放てば当たらずともシールドブレイク状態――操作不能状態になって僕の勝ちだ!

 僕は迷わずに必殺技を入力する。


 ――勝った!


 だが。

 レン兄ちゃんがそこで放った行動は――カウンターだった!


「あ……」


 すっかりと忘れていた。

 ――いや、忘れていたわけではない。

 意識から外されていたのだ。


 城跡の範囲外だったのに読んでいたかのように、最適解を瞬時に選択してきた。

 結果、僕のワリオは、レン兄ちゃんのマルスのカウンターを食らって撃墜されてしまった。


『ここでまさかのカウンター!? 誰も想像つかない選択でレン選手がセットリセットを決めた! ここから先に三本取った方が真の優勝者だ!』


 実況も会場も盛り上がる。

 だが、僕の心はすっかりと真逆だった。


 思ってしまったのだ。

 あの一撃は、どう考えても予想は出来ないはずだ。見てからは反応は絶対に無理。

 なら、どうしてレン兄ちゃんは出来た?

 噛み合った?


 ……噛み合った?


(そんなわけ……あるか……)


 噛み合うことなんてそうそうない。

 つまりは、噛み合わせたのだ。

 まるで獅子のごとく、僕の喉笛を的確に噛み砕いたのだ。


 レン兄ちゃんは――予想していた。

 僕の選択肢をすべて。

 手に取るように。

 分かっているのだ。


『――さあリセットされてから1回戦目! 3! 2! 1! GO!』


 辿り着いた答えにあらがおうと、僕はロボットを出した。

 だけど、ことごとく自分が放つ択がいなされ、的確に最適解を放ってくる。

 ロボットなど、今日初めて出したのに。


 そして、対峙しているうちに気が付いた。

 レン兄ちゃんの思考が――言葉が――見え始めた。


(そこはこう来るよな)


(うん。そう考えるなら引こうか)


(前もそこは一度躊躇していたよな。つかせてもらおう)


 見て、ではない。

 脳で、ではない。

 肌で、分かった。


 対策の深さ。

 研究の量。

 そして、そこから流れ込んでくるレン兄ちゃんの思考。


 分かっているのに、それを受け止めきれない。


 結果、その試合はストックを落とせずにレン兄ちゃんにとられた。


 レン兄ちゃんに視線を向ける。

 笑みは、張り付いたままだ。


(……嫌だ)


 コントローラがキシ、と音を立てる。


(嫌だ嫌だ嫌だ! あの表情が見たいんだ! 僕は……僕は負けたくない!!)


 会場の声も、実況の声も、全く聞こえない。

 目の前に集中する。

 変わらず、ロボットでレン兄ちゃんと対戦――いや、対話する。


(そう来るよな。だったらこうだ)


(そんなの崩してやる!)


 普段の自分なら絶対にしない不意の上スマッシュ攻撃。

 だが、当たらない。

 そこまで見られている。

 そこに、最大反撃の横スマッシュをもらい、1ストック落とす。


(っつ、だああああああああああ!!!)


 声には出さず、歯を食いしばって攻撃を通す。

 相変わらず手は読まれている。

 だけど――負けたくない!


 その一心で、さっきと同じ場面が来た。

 さっきは上スマッシュを撃って、最大反撃をもらった場面。

 同じ過ちは犯さない。


 ……いや。


(同じ結果にさせない!)


 僕は先ほど同じように上スマッシュ攻撃を放った。



 ――当たった。



 一瞬、躊躇していたら絶対に当たらなかっただろう。

 もはや、魂で撃った上スマッシュだった。


 撃墜し、1本取り返した。


『――ここでチト選手が意地の一本! 試合は1-1! まだ分からないぞ!』


 疲れた。

 倒れそうだ。

 頭がはちきれそうだ。

 だが――どうだ。


 僕はレン兄ちゃんに視線を向ける。



「……っ」


 だが。

 レン兄ちゃんの表情は変わっていなかった。


(まだか……まだ、足りないのか……っ!?)


 見たい。

 レン兄ちゃんが真剣になる――その表情が見たい。


 もう、その一心だった。


 続いたその試合。

 流れを掴むために、不意を衝くつもりが綺麗に返される。

 必死な思いで勝ち筋を探す。

 無茶な読みを通しに行く。

 だけど、そのことごとくに回答が用意されていた。

 1ストック残して、レン兄ちゃんに取られた。


 ふとその時だった。

 気付くと、こちらを見るレン兄ちゃんと目が合った。

 こちらを見ているその笑みから、こんな言葉が聞こえた。


「もう少し続けたいから終わってくれるな?」


 そんな余裕すら読み取れた。

 その笑顔は10年以上たっても、何も変わっていなかった。


(望むところだ!!!)


 僕は気合を入れ直し、水を飲んで自分の膝を叩いた。


『さあ、レン選手が優勝にリーチを掛けた! この勢いでいくのか!? はたまたチト選手がここから意地の逆転を見せるのか!?』


 追いつめられた僕は、再びジョーカーにキャラを戻した。

 理由は明白だ。

 守備に重点を置いて、レン兄ちゃんの隙をつく。

 戦法を変えて、勝ちを狙いに行く。


『――これが最後の試合になるのか!? はたまた続くのか!? 3! 2! 1! GO!』


 ジョーカーで慎重に立ち回る。ガードを多めにして、相手の隙を的確につく。

 拮抗した展開が続く。

 加えてジョーカーには下B必殺技でダメージを受けるとペルソナ召喚までの時間が短くなることも利用し、有利な攻撃の展開に持っていく。

 また攻めるだけではなく発生の速いカウンター技もペルソナ召喚時には備えるので、防御したいの立ち回りでは非常に役に立ち、レン兄ちゃんも撃墜に苦労している。

 そして、時間もたっぷり使って3ストック目。

 お互いダメージも中盤くらいで、撃墜までにはまだ攻撃を当てていきたいところ。

 そんなところで――


『ここでアルセーヌ出社! 一気にチト選手が有利になったぞ!』


 ペルソナを召喚し、一機果敢に攻める。


 ――のは先ほどまでの展開だ。

 ここは攻めるふりをし、相手の反撃をかわして攻撃を当てる。

 そのためにまずは牽制してガードをして相手の攻撃を耐える。

 投げではまだ撃墜出来ないので行ける――


 はず、だった。


『ああああああああ!! なんとここでまさかの!!!』


 しかし。

 ここでレン兄ちゃんが取った行動は意外な攻撃だった。

 ここまでの試合で、一度も降らなかった技。

 また、意識の範囲外に持ってかれた技。

 発生が遅い代わりに、シールドガードを大幅に削る技を、マルスは持っていた。


 その名の通り、シールドブレイカー。


 ガードを多めにして削れていたのもあり、かつ、アルセーヌ状態でそれを放っても発生が遅いのでカウンターで返される。だからこそ、一度も振らなかった――いや、振れなかった技のはずだったのだ。

 それをレン兄ちゃんは通してきたのだ。

 ここ一番で出されたその技により、僕のジョーカーは操作不能状態になった。

 そこからは、シールドブレイカー最大溜め攻撃で、勝負は決する。



 僕の、負けだ。



『最後はきっちりと決め切って決着! EVOチャンピオンは――レン選手です!!!!』



 がむしゃらだった。

 自分にできるものを全部出したつもりだった。


 だけど

 技量も。

 研究も。

 読みも。

 このイベントに挑む姿勢も。

 何もかも負けていると感じさせられた。


 悔しさと恥ずかしさが募った。

 何も出来なかった自分が。

 相手に何かできると思っていた自分が。

 自分と相手の実力も測れないくせに、自分の感情だけを押し付けようとしていた自分が。


 一気に何もかもが恥ずかしくなった。


 この感情をなんといえばいいか。


 ……そんなのは分かり切っている。






「……悔しい……」


 こみあげてくる気持ちと涙は、抑えきれなかった。





『最後はきっちりと決め切って決着! EVOチャンピオンは――レン選手です!!!!』



 その言葉を聞いた瞬間、ホッとしたような、現実に引き戻されたかのような、不思議な感覚に陥っていた。

 勝った。

 チトに勝った。

 あいつは本当に強い。

 小学生の時に教え込んでから薄々は気が付いていた。


 俺は、チトの、悔しがってる顔見るのが、好きだった。

 それは被虐心とか、屈折した感情ではない。


 あいつは教えた分だけ上達していった。

 それを面白く感じていた。


 そして中学くらいになってからだ。

 負けが込んだとき、無意識に対戦相手を睨む癖。

 顔は前に向けたまま目だけちらっと、こっちを向く。

 そんな表情が出始めていた。

 圧倒的に負けていた、そんな状況にでも、だ。

 あれだけ素直に負けを認められませんって顔をしてくれるのは、何よりも嬉しかった。

 それは負けてしようがない、とあきらめていないってことだから。

 他より大乱闘スマッシュブラザーズがうまかった俺は、その感情を向けられることが昔から少なかった。最近でも、そういう顔を向けてくれる相手もなかなかいない。


 だけどあいつは、悔しそうな顔をしてくれる。

 そして負けた時のあの悔しそうな顔で昔を思い出すのだ。

 あいつの前では、まだまだ強いままの自分でいたいと願う。


 いつか、あいつは俺を超すかもしれない。

 だが、簡単には越させないし、越させるつもりもない。


 だから自分に気合を入れるためにも。

 俺が好きなあいつの悔しそうな――その表情が見たいから。

 俺も頑張るんだ。


 そういって俺は口元を手で隠し、目を細めながらあいつの姿をジッと見つめるのだった。






 その表情が見たい。完


※大乱闘スマッシュブラザーズは任天堂株式会社の著作権物です。

※この物語はフィクションです。実際の登場人物には一切関係しません



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