叛逆者と参謀
「つまり、現状ラーダスタとフリークは戦力の大半を失っており、他国からの支援を受けて防波堤の役割を無理矢理機能させている状態と思われます」
「まぁ、妥当な対応だろうな」
魔王城、参謀執務室。
応接机を挟んでソファに腰掛けるのは、この部屋の主と人の四天王。
目下の脅威であったマーレ・カーネが土地ごと消え去った今、両勢力の均衡は大きく揺らいでいる。
魔族は躍進を、人類は打開を。次の一手で互いに大きな動きが予測される状況の中、情報収集の重要性は特に大きなものとなっており、参謀直属の情報部隊は偵察と哨戒で多忙を極めていた。
そんな中、異なる角度からアプローチをかけて情報の確度を上げるべく、参謀はより人類の情勢に詳しい者との席を設けた。今後の光の眷属の動きを人間の目線から予測し、次の動きを決定する材料とするためだ。
「これは先日マーレ・カーネに滞在していた時に耳にした話ですが、水の都が落ちてからフリークは人類連盟内での立場を急激に弱くしたようで、それを取り戻そうと聖女の回収に躍起になっていたとの事でした。此度の急な開戦もフリークの独断で行われたようです」
「認めるのは癪だが、聖女が間接的に機能しているな……」
参謀は最近妙に見る機会が多い聖女の顔を思い出して苦い顔になる。
持っているだけで敵の足並みを乱す駒。間違いなく有能ではあるのだが、度々仕事を増やす彼女の存在は痛し痒しだ。
「あんな女でもフリークにとっては自国の英雄。影響力は凄まじいものなのでしょう。私の実家でさえ聖女を信仰する者は多くいましたから」
「ほう。では、以前はお前もそうだったのか?」
「いえ、私は聖女に対して祈った事はありません。特段何か感情を抱く事すらありませんでしたが……水の都で奴の腹に剣を突き刺し込んだ瞬間は中々に愉快でしたね。気分が良かったです」
「良い経験が得られたようで何よりだ」
水の都での出来事を思い出しながら、目を細めて手を前後に動かす人の四天王。
そんな彼女の反応に満足そうに頷いた参謀は、膝に肘を置いた姿勢で指を組み、目線で話の続きを促す。
人の四天王はテーブルに広げられた中央大陸の地図――その北西を指で押さえた。
「一方で西側のラーダスタは元から立場が弱く中央の傀儡のようでしたから、他国から強力に支援されている今の状況で寧ろ潤っているようです。これは別口からの情報ですが、その増えた戦力を使い、何かと理由をつけて手付かずの密林と渓谷――国内にいる亜人と魔族の生き残りを掃討しようとしているとか」
「ふむ……ラーダスタの軍とは先日やり合ったが、あれが更に強力になっているとなると少し面倒だな」
古参の勇者――最初はハヅキと名乗ったか――との戦闘で消耗していたとはいえ、ラーダスタ軍との戦闘は容易には運ばなかった。その時の様子を思い出し、参謀は瞼を軽く閉じる。
西のラーダスタと東のフリーク。
それぞれ人類連盟内での立場は違えど、その立地から魔界との戦いでは前線の役割を担っている。
いざ魔王討伐という気運が高まっていた時代では戦争の利権から他国に妬まれる程の好立地だったが、今や滅亡が危ぶまれている有様であり、肉壁のような扱いを受けているようだ。
「どちらも近く攻め滅ぼさねばならん国だ。だが、優先順位はつける必要がある」
「はい」
「まずラーダスタには友軍が居る。そこで孤立している亜人や魔族を助け、戦力を増やすというのが一つ。生息している魔物も強力なものが多く、繁殖が本格化すれば土地が広いのもあって中央大陸での大きな拠点となるだろう」
最終目標が人類の滅亡であると考えた時、今の魔族と魔物の総数は明らかに不足している。
征服した土地で生命のサイクルを作り、自種族を繁殖させ、数が揃えば次の目標を攻める――そのプロセスをどれだけ繰り返せるか、相手に繰り返させないか。それが長期的な戦争の本質であり、堅実に事を進めるのであれば間違いない選択肢に見える。
しかし、それはあくまで個々の能力が大差ない勢力同士が争っている場合だ。
「フリークは……研究所関係になるが、聖女の試験運用に都合が良い。奴の力のルーツを調査できるし、聖女信仰が根強い国であれば動揺も誘えるだろう。平地が多く中央に切り込み易いのも好都合だ。勇者の調査を優先するならこっちになる」
この世界には群を遥かに超越する強力な個体が存在する。その中の一人が使えるか使えないか、敵の英雄が生きているのか死んでいるのか。それはラーダスタを放置し、同族を切り捨ててでも十二分に元が取れる程の価値がある情報だ。
(気は進まないが)幹部級の戦力を持つ聖女が実戦で使えるのであれば大きいし、勇者の生死調査は本当に急務だ。こちらも有力な選択肢であるのは間違いない。
「私は参謀様のご意向に従います。何なりとご命令下さい」
「ああ。最終的には魔王様とも相談して決定する。どちらに舵を切ってもお前には苦労をかけるが……ここ百年が正念場だ。力を貸して欲しい」
「は……はっ! 私には勿体ないお言葉……っ! 粉骨砕身の覚悟で任務に当たります!」
「砕けられると困るのだが……」
頬を染めて興奮する部下の勢いだけの発言に、男は冷静に突っ込みつつ脚を組んだ。
今後の指針に変更は無いが、敵内部の情報が得られた有意義な会合だった。後日戻ってくるであろう情報部隊からの報せも合わせれば、より効果的な作戦を立てる事ができるだろう。
参謀はテーブルに広げていた地図を執務机へと移し、使用人に茶を淹れさせて部下と共に一服した。
今日の仕事は終わりだ。与えられた休暇の半分を医務室で過ごした分、こまめに力を抜いていかないと休んだ気にならない。
談笑の所々で手渡される土産物をテーブルの端に並べつつ、参謀はふと浮かんだ疑問を口にした。
「そういえば……お前はフリークの出身だと言っていたが、家族はまだ生きているのか?」
「死んでいますね。私がこちら側に付いたのは誰しもが知る所ですから、当然一族は皆殺しにされています」
「そうか、なら良い。攻め入った所で剣が鈍るといけないからな」
「ご安心下さい。ご命令頂ければ、あのような親の首など幾らでも取って参ります。……あぁ、しかし一人だけ、仮に戦場で対面しましたなら、斬るよりも先に交渉をしてみたい者がおります」
「……交渉?」
参謀が話を促すために聞き返すと、エリゼフィーナは穏やかに微笑み、昔を懐かしむような口調で答えた。
「はい。私の幼馴染で、同じ町に住んでいた同世代の貴族です。頭も良く、剣の腕も立つ奴だったのですが、国の過度な聖女信仰に疑問をもっている一人でもありました。妙に偏屈な女でしたから変な思想を持っていてもおかしくはありませんし、劣勢の国にしがみつくほど忠誠心があるようにも思えません。情報も大量に持っているでしょうから、一度こちら側に付くか尋ねてみても損はないかと。無論、断れば斬るだけです」
「ふむ……」
諜報の可能性と、味方魔族の士気の低下。
戦力が増えるのは単純に喜ばしいが、人間一人を味方に引き入れるためだけに背負うリスクが大きすぎるように思える。
エリゼフィーナと同様に血の契約を交わせば生きたまま裏切られる事はなくなるが、裏を返せば名も知らぬ相手にその安い命をかけられて、一度だけ自由な行動を取られてしまうという事に他ならない。
逆に、洗脳や隷属であればその自爆は防げるものの、本来通りの能力が発揮できなくなってしまう。足手纏いの雑魚に食わせる飯は無いのだ。
「……まぁ、それも良いだろう。好きにしろ」
「はっ」
とはいえ、何千何万の兵が入り乱れる戦場で知り合いと鉢合わせする事などまず有り得ない。ここで許可を出した所で実行に移される確率など微々たるものだろう。
そろそろ腹が減ってきた男は、話を切り上げるために適当に相槌を打ちつつ何を食べようか考えていた。
【闇の眷属集合】安価で部下酷使して世界滅ぼす だぶすと @kirisame_24
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