第4話 恭子の物語 恭子の章その4

ー第62回社内コンペのお知らせー

 またか。

 どうせ自分には関係ない。そう思ってろくに中身も見ず、回覧板の自分の名前のところにポンと印鑑を押し、隣の席に置く。


 この会社はしょっちゅう社内コンペと称して、社員に色んな企画を立てさせようとする。

いい企画があればたとえ新人だろうと採用するという触れ込みだけど、そして実際、数年前には入社してわずか数か月の新社員が出した企画が通った。

 その新人は、今では営業部で活躍しているらしい。


 けれど、私には関係ない。


 何度か課長には声を掛けられた。主任も誘ってくれたことがある。

「君もわが社に入って長いんだから、何か今までの経験を活かして企画を立ててくれよ」

「せっかくの機会よ。やりたいことがあるなら挑戦してみなさいよ」

 だけど、私は別にやりたいことなんてなかった。ただ毎日が平穏無事に過ぎればいい。生活に困らないだけの稼ぎが得られればそれでいい。

 どうせーどうせ、私なんて選ばれないし。


 そんな態度が出ていたせいだろうか、課長も主任も、今では声を掛けてこない。ただ決まった仕事を渡され、期日までに提出する。それの繰り返し。それでいい。


 「澁谷くん。ちょっといいかい」

 課長が何やら言いにくそうな顔をして私を呼ぶ。

 なんだろう。この間頼まれた書類に間違いでもあったのだろうか。


 はい、と言いながら席を立った私に、課長は、会議室で話そう、と移動を促した。

 会議室まで課長は黙ったままだった。

 普段は短いはずの会議室までの道のりがやけに長く感じる。何だか嫌な予感がする。


 会議室に入った課長は、先に椅子に腰掛けながら、まあ、君も座りなさい、と目をそらしながら言った。

「・・・・・・言いにくいんだがね。君、最近わが社の経営が厳しい状況にあるのは知ってるね?」

 なにそれ。知らなかった。そうなの? ルーティンの事務仕事ばかりしてる私が、知るわけないじゃない。

「それでだね。人員整理をしなきゃならなくなった」

 背中がヒヤリ、とする。課長が何を言おうとしているか、分かった。

「すまないが、君には辞めてもらいたい。本当にすまない」

 課長が私に向かって頭を下げた。

 頭を下げられても、と言いたい。冗談じゃない。私の生活はどうすればいいというのか。

 そう言いたくて、それでも、私は言いたいことが言えずにただ呆然としていた。

 課長が何か言っている。

 退職は今すぐというわけじゃない、とか、1か月後には、とか、退職金は出す、とか。

 ただ、その言葉は聞こえるが、心の中には入ってこなかった。


 唇を噛みながら、最終的には「分かりました」と答えるしかなかった。


 課長が先に会議室を出ていき、しばらくしてから私も席を立った。

 ふらふらと歩いていると、給湯室から話し声が聞こえてくる。課長と主任だ。

 私はとっさに廊下の隅に隠れるようにして、二人の話し声に耳を澄ませた。


「じゃあ、澁谷さんに話されたんですね」

「ああ。気が重かったが、仕方ない、彼女が一番やる気がないんだから」

「そうですね、社内コンペにも一度も参加しないし。普段の仕事は、まあ、それなりにやってるんですけど、残業も積極的にはしないし。誰を残すか、となると、ねえ・・・・・・」


 聞きたくない。これ以上聞きたくない。


 私は足音を立てないように気を付けながら、そっと来た道を戻り、もう一度会議室に入った。両目から涙が溢れてくる。


 どうせ選ばれないからとコンペに参加しなかった。

 「おい、誰か残って手伝ってくれないか」と課長が声を掛けたとき、とっさに手をあげなかった。そうこうしている内に他の人が「あ、私でよければ」と言い出した。

 それで何となく、まあいいか、と思っていた。


 その結果がこれか。


 やる気がなかったのは事実だ。

 誰が悪いかと言えば、自分が一番悪い。

 それは分かる。分かるけどーそれでも。


 私は「残す」方には選ばれなかった。


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