第4話 恭子の物語 間章その1

 恭子は不思議な気持ちになって、目の前の本を眺めた。

 これは一体なんだい?

 どうやら自分のことが書いてあるようだけれど・・・・・・確かに昔こんなことがあったような気がする。

 けれど、もう何十年も前の、子供の頃のことだ。記憶はあやふやで、もう一緒に遊んだ子たちや先生の顔もぼんやりとしか思い出せない。


「ねえ、あんた。この本はなんだい? 私のことが書いてあるようだけどさ。誰からか聞いたのかい?」

 恭子は、ずっと自分の目の前に立っていた、奇妙な格好の男ーおそらくこの本屋の店主だろうーに問い掛けた。

 すると店主は両手を広げ、再びくるりくるりと回り始めた。

 

 この人はなんなんだろうね、いちいち回らなきゃいけないのかね?


 恭子は呆れながらそっとため息をついたが、それと同時に店主はぴたり、と回るのを止めて恭子の前にもう一度立った。何やら複雑そうな表情をしている。

 コホン、と咳払いをしながら、店主はうやうやしくお辞儀をした。

「その本は、あなた様の本、あなた様の物語です」

「いや、そう言われてもね、よく分からないんだけど。誰かが私の昔話を本にしたってことかい? 何のために?」

「本はーあなた様の物語は、あなた様だけのために紡がれたもの。なぜ? どうして? そんな強い想いを抱かれた方のみが、ここにたどり着き、そしてご自身の物語を読むのです」


 恭子には相変わらず店主の言う意味が分からなかった。

 なぜ? どうして? ・・・・・・そんなの、人生の中でたくさんあった。ありすぎて、どれがどうだったかなんて思い出せないくらいだ。いちいち気にしてたら、生きていけない。

 

「そうですか? 本当に?」

 まるで恭子の心の声が聞こえたかのように、店主が恭子に問い掛けた。

 恭子はぎょっとして、店主を見返した。その緑色の瞳には、恭子の顔が写っていた。戸惑った、老いた女の顔が。

 ー何か、あるんだろうか。自分でも思い出せないだけで、何か、「なぜ?」「どうして?」そう強く思ったことが。

「それをお知りになりたければ」

 店主は促すかのように恭子に右手を差し出した。

「どうぞ続きを。続きをお読みください」


 やれやれ。今一つ気は進まないが、どうやらこの本を読まない限り、自分はここから出られないらしい。

 はっきりとした理由はないが、恭子はなんとなくそう感じていた。

 仕方ない。読むとするかね。

 恭子は一度閉じた本を開いた。

「恭子の章」

 確か、この章のこのページからが続きだったはずだ。恭子は再び本に目を通し始めた。




 

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