瀬見さんは泣かない
夏木
瀬見さんの秘密
僕――三橋はじめには、気になる人がいる。
それは小学校の頃から、同じ学校に通っている瀬見さん。
大人びた彼女に、僕は興味があった。
だって彼女、何があっても泣かないから。
みんなが泣いている卒業式。
大会で優勝したとき。
授業でドキュメンタリー映画を見たとき。
どんな時でも、彼女は泣かない。
周りの女子は、みんな目を真っ赤にしていたのに、彼女だけは違った。
そんな彼女のことを、影で「氷の女」なんて言う人もいたぐらいだ。
次第に彼女は孤立していって、今も一人でご飯を食べている。
寂しくないのかな?
僕はますます気になった。
----
「ねぇ、瀬見さん」
他に誰もいなくなった教室。
僕は勇気を出して、瀬見さんに声をかけた。
もう帰ろうと教科書を閉まっていた瀬見さんは、その手を止めて僕の顔を見る。
「なに?」
優しい声で反応してくれた。
「聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」
「? 別にいいけど?」
不思議そうな瀬見さん。
頭のいい彼女は、きっと僕が勉強でわからないところを聞こうとしていると思っているんだろうな。
でも僕は、それとは違うことを聞く。
「瀬見さんはさ、どうして泣かないの?」
僕の質問に、瀬見さんは動かなくなった。
でもそれは一瞬。すぐに、いつもの瀬見さんの声で答えてくれる。
「どうしてそんなこと聞くの?」
瀬見さんの言うことはもっともだ。
いきなり僕に変な質問をされて、気味悪く思ったかもしれないな。
「ちょっと気になってて。卒業式も泣いてなかったし」
みんなが泣いていた出来事を思い出す。でもどれも瀬見さんが泣いていることはない。
「そっか」
そう言ってまた、帰り支度を始めた。
僕の質問は答えてくれないのかもしれない。
でもそうじゃなかった。
「私も、泣くときは泣くよ。だって人間だもん」
そうだよね。
瀬見さんはロボットなんかじゃない、普通の人。
だったら、泣くよね。
「でも、泣きたくないの」
恥ずかしいからかな。
人前で泣くのは恥ずかしいよね。
でも、みんなが泣いてたら恥ずかしくないんじゃない?
そう言おうと思ったけど、空気を悪くする気がしてやめた。
「泣いたらみっともないでしょ?」
そう言って苦笑いする彼女。
何がみっともないのか、僕にはわからない。
「そんなことないよ」
それしか僕には言えなかった。
「ううん。泣いちゃダメなの。私は。だって――」
瀬見さんは、グッと唇を噛んだ。
そして大きく深呼吸をして、話を続けた。
「私は瀬見だから」
最初は瀬見さんの言葉の意味がわからなかった。
必死に頭を働かせて、やっとわかること。それは――
「瀬見さんは、瀬見さんでしょ。ミーンっていうセミじゃないよ」
「……そう、だね」
納得がいかないみたい。
でもね、僕は虫に詳しいんだ。
「セミはね、子孫を残すために鳴くんだよ。しかも鳴くのはオスだけ。自分がここにいるよっていうのを知らせるために鳴くんだ」
「そうなの?」
「うん。自分をアピールするために鳴くんだ。オスだけね」
瀬見さんはビックリしているみたい。
そうだよね、夏にセミが鳴いていても、何で鳴くのかなんて気にしないもんね。
「瀬見さんは瀬見さんだよ」
瀬見さん、さっきより笑顔になってる気がする。
女の子の気持ちはわからないけど、ちょっと楽になったのかな。
----
10年後。
瀬見さんはいなくなった。
ううん。ちょっと言い方が違うかな。
瀬見さんは瀬見さんじゃなくなった。
ジメジメとした夏。近くの木で、セミが鳴いている。
そんな日に、真っ白のドレスを着て、僕の横に立つのは、僕と同じ名前になった瀬見さん。
僕はあの日から、瀬見さんと仲良くなったんだ。
以来ずっと、話したり遊びに行ったり、楽しかった。
そして僕は彼女にプロポーズをした。
顔を真っ赤にして、喜ぶ彼女は可愛かった。
今も可愛いけどね。
式が終わる直前。
彼女が僕を見て小さな声を出した。
「私を変えてくれてありがとう」
そう言って瀬見さんは泣いた。
瀬見さんは泣かない 夏木 @0_AR
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます