5-2 宿屋に泊まりたい!
私たちが立ち寄った村は『アルト』という名の小さな村だった。
食事が出来るお店はたった1軒だけで、2階は宿屋になっている。そして一部屋は最大2名まで宿泊できる部屋が10室あった。
「うむ・・・このようなど田舎の村の割には中々食事はうまいな・・・。」
『木こりの妻の愛情シチュー』を食べながらアレックス皇子は言った。ちなみに私の食べている料理は『森の仲間のワクワクパスタ』である。
「アレックス様・・・ど田舎は言い過ぎですよ。ど田舎は・・せめて田舎にしておきましょう。うん・・このパスタ、とっても美味しいですよ。」
「そうか、俺の食べているシチューもとてもうまいぞ。ど田舎で出される料理の割にはよく頑張っている。」
アレックス皇子は上品に胸にナフキンを付けて食べている。
「え?本当ですか?なら一口下さいよ、ほら、私のパスタも食べさせてあげますから。」
私はくるくるとフォークに巻き付けたパスタをアレックス皇子に突き出した。
「おわぁっ!お、お前・・人の眼前にフォークを突き出すな!刺さったらどうする!それに俺は誰かと食事を分け合う趣味は無いのだっ!」
アレックス皇子はシッシッと私の突き出したフォークを追い払うように言う。
「ええ~・・そんな事言わずに・・2人でシェアして食べましょうよ~・・・私はよくミラージュと2人で分け合って食べていましたよ?」
「うるさい!お前の侍女と一緒にするな・・!食事くらいおとなしく食べられないのか?お前は・・!」
そんな私たちのやり取りを、何故か離れた席で見守っている護衛の兵士達・・いや、よく見てみると彼らは何とアレックス皇子からコソコソ隠れるようにお酒を飲んでいる。おまけに数人はすでに出来上がっているように見えた。
「ふわああ・・・・それにしても・・解せぬ・・・。」
アレックス皇子が欠伸を噛み殺しながらシチューを食べている。
「何が解せぬのですか?」
私は最後のパスタを食べ終えると尋ねた。
「ああ・・あれ程たっぷり寝たはずなのに・・・何故か今非常に眠くてたまらん・・目を閉じれば・・すぐに深い眠りに・・つきそうだ・・。」
言いながらアレックス皇子はすでにこっくりこっくり船を漕ぎだしそうになっている。あ~あれだ・・・私がアレックス皇子の体内時計を10時間進めたから・・突然眠気が襲って来たんだ。それに向こうのテーブルでは既にお酒で出来上がった護衛兵市たちがいるし・・・。
「アレックス様、どうせ私達は滞在日数を速めて出国したのですから今夜はここの宿屋で一泊していきましょうよ。」
「う・・うむ・・そうだな・・・。」
するとそれを耳にしたお店のおかみがダッシュで駆け寄って来ると鼻息を荒くしながら私達に話しかけてきた。
「ほんとうですかっ?!お客様!こちらの宿屋をご利用になるのですね?!まいどありがとうございますっ!向こうのテーブルの方々もお泊りになるのですよね?!」
「はい!全部で10名宿泊させて下さいっ!」
私は元気よく返事をする。
「おい、待て・・俺はまだ宿泊するとは・・・。」
眠気と戦っているアレックス皇子は何故か泊まりたくない様子だ。
「アレックス様、眠いんですよね?だったら今夜は宿泊しましょうよ!ほら、外をみてください。もう日が落ちてすっかり真っ暗なんですよ?絶対宿泊した方がいいですってば!」
旅行なんてした事が今までの人生一度も経験したことが無かった私は何としても宿泊して旅行気分を味わいたかったので、必死になってアレックス皇子を説得する。
「ええ、そうですよ。お客様・・・実はつい最近、この先の森で山賊が現れ始めたんですよ。今まで山賊なんかいなかったのに・・。夜に山道を進むと危険ですから、是非我が宿をご利用下さい!」
うん?山賊・・山賊・・何だかこの間の山賊が頭をよぎったが・・まさかね・・。
しかし、山賊という話を聞かされたアレックス皇子はこの宿に宿泊する事を承諾し・・私達は2階の客室を全部借り切って今夜はこの宿に宿泊する事に決めた。
「いいか?お前・・・俺はこの部屋で寝るが・・絶対に夜這いなんかしかけてくるなよ?分ったか?!」
2階の宿部屋にあがって来たアレックス皇子はジロリと後からついて来た私を睨み付けながらとんでもない事を言って来た。全く・・・仮にも乙女に向かって、相変わらず何て事を言ってくる皇子なのだろう。
「そんな事するはずないじゃないですか・・、何故私がわざわざアレックス様を夜這いしなくちゃいけないんですか・・。」
こっちだって疲れてるのだから、そんな事するはずないのに。と言うか、そんな気も起こらない。
「よし、それを聞いて安心して今夜は眠れる。それじゃあな!」
アレックス皇子はドアを開けて室内へ入ると思い切りバタンと扉を閉めてしまった。
そして廊下に残されたのは私と、背後に立つ8人の兵士達。
「あの・・我々も休ませて貰います。」
リーダー格の兵士が遠慮がちに私に声を掛けてきた。
「ええ、そうですね。皆さんご苦労様でした。それではおやすみなさい。」
そしてがちゃりとドアを開け、私は室内に足を踏み入れ・・その夜、騙されたことを知る―。
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