かいぞく姫と魔法のティアラ

それぞれの旅立ち

「ねえ！　それからどうなったの？」

「そうね、まずは――」

　まずはあの子（こ）ども達（たち）。

　実（じつ）は家出（いえで）をしていただけだったの。見（み）つかりたくなくて遺跡（いせき）に隠（かく）れるように住（す）み、自分達（じぶんたち）の力（ちから）を試（ため）すために宝探（たからさが）しをしていたのね。

　だけど一緒（いっしょ）に冒険（ぼうけん）する内（うち）に、どんどん自信（じしん）を取（と）り戻（もど）し、逆（ぎゃく）にお家（うち）に帰（かえ）りたくなったみたい。

「おいさん！」

　両親（りょうしん）に怒（おこ）られながらも抱（だ）きしめられた後（のち）、三人（さんにん）は海賊団（かいぞくだん）の元（もと）に走（はし）り寄（よ）り、彼（かれ）らの足（あし）に抱（だ）き着（つ）いた。

「僕（ぼく）、これから頑張（がんば）るから！　それで大人（おとな）になったらまた海賊団（かいぞくだん）に入（い）れて！」

「モチロンだ！　だがな――」

　首（くび）をかしげる三人（さんにん）にジャックは小声（こごえ）でささやく。

「お前達（まえたち）はこれから海賊団（かいぞくだん）のスパイだから。自分（じぶん）の特殊能力（とくしゅのうりょく）はあまり出（だ）さずに、ふつうの人（ひと）にまぎれこむんだ」

「それって、どうするの」

「勉強（べんきょう）とか運動（うんどう）とかは海賊（かいぞく）の訓練（くんれん）になる。だからそれは一生懸命（いっしょうけんめい）やる。でも自分（じぶん）の特殊能力（とくしゅのうりょく）の訓練（くんれん）も忘（わす）れるな」

「うん」

「だがそれが海賊（かいぞく）のための訓練（くんれん）だってことがばれないように、皆（みんな）の前（まえ）では勉強（べんきょう）と運動（うんどう）ばっかり頑張（がんば）らないといけない。それで大人（おとな）になったら皆（みんな）の度肝（どぎも）を抜（ぬ）かしてやるんだ！　そしたら迎（むか）えに行（い）く。楽（たの）しみにしてるからな」

　その言葉（ことば）に子（こ）ども達（たち）は目（め）を輝（かがや）かせて大（おお）きくうなずいた。

　彼（かれ）らは船（ふね）が見（み）えなくなるまで手（て）を振（ふ）り続（つづ）けた。今（いま）も訓練（くんれん）を頑張（がんば）っているはずね。

　次（つぎ）にレイレイ。

　彼（かれ）は突然（とつぜん）自分（じぶん）の国（くに）に帰（かえ）らなければならなくなった。以前（いぜん）も何度（なんど）か帰（かえ）ることはあったけれど今度（こんど）はしばらく帰（かえ）ってこれないみたい。何（なん）か「ライアー」とか「ハライモノ」とか言（い）ってるけどその正体（しょうたい）は分（わ）からない。でも、あちらでもワクワクする冒険（ぼうけん）をするのでしょう。

「そしたら俺（おれ）らはどこから情報（じょうほう）を買（か）えば良（い）いんだよ！」

「ばっかだなぁ、あんなの弱小（じゃくしょう）海賊団（かいぞくだん）向（む）けのプランだからもうお前（まえ）らは対象外（たいしょうがい）だよ。お疲（つか）れさんでした！」

「そ、それって……」

　突然（とつぜん）言（い）われた内容（ないよう）にぽかんとしているジャンの顔（かお）を見（み）てレイレイはふっと笑（え）み、握手（あくしゅ）を求（もと）めた。

　そっと握（にぎ）ると彼（かれ）は

「大（おお）きくなったな、ジャッキー」

とだけ言（い）い、背（せ）を向（む）けた。

「ありがとう。レイ」

　そう言（い）ったジャンの瞳（ひとみ）は熱（あつ）く揺（ゆ）れていた。

　――あ、そうそう。彼（かれ）は去（さ）り際（ぎわ）に私（わたし）のおでこにキスを残（のこ）していった。

　当然（とうぜん）ジャンにぼっこぼこにされていた。

　ふふふ、最後（さいご）までおかしな人達（ひとたち）。

　そうそう、フィリップのことも。

　彼（かれ）は――実（じつ）はどこに行（い）ったのか、何（なん）のために去（さ）ったのか、もう誰（だれ）も分（わ）からない。聞（き）いた話（はなし）によるとどうやらクライシス王国（おうこく）からもレーヴ王国（おうこく）からも追（お）われているらしい。いや、それは私（わたし）も同（おな）じなんだけど……だから逃（に）げたのよね。

　でも実（じつ）は。ここだけの話（はなし）、最後（さいご）に私（わたし）に会（あ）いに来（き）た。

「姫（ひめ）――いえ、ソフィア」

　いつかの黒（くろ）いマントをはおった彼（かれ）はそう言（い）いながら、私（わたし）の腕（うで）を引（ひ）き、強（つよ）く抱（だ）きしめてきた。

「ふぃ、ふぃ！？」

「……最後（さいご）まで信（しん）じてくださってありがとうございました」

「え？」

「私（わたし）を『大切（たいせつ）な人（ひと）』と思（おも）ってくれた、だからあの魔法（まほう）は私（わたし）にも効（き）いた。それによって本当（ほんとう）の人生（じんせい）をやっと手（て）に入（い）れることができたんです」

　そう言（い）いながら私（わたし）にあの左腕（ひだりうで）を見（み）せてくれた。そこにあの紋章（もんしょう）はなく、その結果（けっか）、彼（かれ）の表情（ひょうじょう）もいきいきしているように見（み）えた。

「逆（さか）らえば傷（きず）つけられ、従（したが）わざるを得（え）なかった私（わたし）をあなたは助（たす）けてくれた。あんなにひどいことをしたのに。本当（ほんとう）に、感謝（かんしゃ）してもしきれない」

「……」

「だから少（すこ）しずつ返（かえ）していきたい。あわよくばあなたの心（こころ）も奪（うば）ってみたくなった」

「……！？　ちょ、何（なん）てこと言（い）うのよフィリップ！」

　顔（かお）を赤（あか）くしてぽかぽかたたくと、ふふふと笑（わら）う。

　何（なん）だか馬鹿（ばか）にされているような気（き）もしたけど、不思議（ふしぎ）と嫌（いや）じゃなかった。

「ソフィア」

　手（て）を取（と）り瞳（ひとみ）をのぞきこむ。

「いつか兄（にい）さんを超（こ）えるほどの良（い）い男（おとこ）になって帰（かえ）ってきます。そしてあなたをときめかせてみせよう……それが今度（こんど）の私（わたし）の人生（じんせい）。あなたからもらった人生（じんせい）」

「フィリップ……」

「ふふ、見（み）たいんです。久（ひさ）しぶりの兄（にい）さんの悔（くや）しがる顔（かお）」

「そのいたずらは笑（わら）えないわよ」

「大丈夫（だいじょうぶ）です、私達（わたしたち）はいつだって本気（ほんき）なのだから」

　握（にぎ）っていた手（て）が離（はな）れる時（とき）、彼（かれ）は去（さ）り際（ぎわ）にこう言（い）った。

「伝（つた）えておいてください。うかうかしているな、と」

　彼（かれ）が見（み）せた最後（さいご）の笑顔（えがお）は今（いま）までに見（み）せた中（なか）では一番（いちばん）素敵（すてき）に見（み）えた。

　そうして海賊団（かいぞくだん）が去（さ）ったレーヴ王国（おうこく）。

　クライシス王国（おうこく）の陰謀（いんぼう）を知（し）ってからというものの、ヴェレーノ王子（おうじ）に対（たい）する態度（たいど）は変（か）わった。すぐに追（お）い出（だ）され、クライシス王国（おうこく）に逃（に）げ帰（かえ）ったヴェレーノ王子。このことをお父様（とうさま）に言（い）いつけ、なんとレーヴ王国（おうこく）に戦争（せんそう）をしかけてきた。

　でも結果（けっか）はレーヴ王国（おうこく）の勝利（しょうり）。サルト・デ・アグワと同盟（どうめい）を組（く）み、ドラゴンや魔法（まほう）、騎士達（きしたち）の力（ちから）で勝（か）ったんですって！　これからも止（と）まらないクライシス王国（おうこく）の侵略（しんりゃく）に対抗（たいこう）するために二（ふた）つの国（くに）はもっと団結（だんけつ）を強（つよ）めるみたい。そしてやんちゃで帰（かえ）ってこない子（こ）ども達（たち）を探（さが）しながら新（あたら）しい道（みち）を模索（もさく）し始（はじ）めた。

　もしかしたらジャンが言（い）ったような「王様（おうさま）の交換（こうかん）」とかが実現（じつげん）してしまうのかもしれない。そしたらちょっと寂（さび）しいけれど……それも一（ひと）つの道（みち）なのよね。

「お姫様（ひめさま）は？　お姫様（ひめさま）はどうなった？」

「ソフィア姫（ひめ）？　ふふ、それは――」

「ソフィー！！」

　言（い）いかけた時（とき）、用事（ようじ）から戻（もど）ったジャンに呼（よ）ばれた。そろそろ時間（じかん）だ。

「ごめんね、お話（はなし）はここでおしまい」

「えー！」

「最後（さいご）にお姫様（ひめさま）がどうなったかだけ教（おし）えて！」

「教（おし）えて！」

　子ども達（たち）にせがまれ、私（わたし）は彼（かれ）らの口（くち）にそっと人差（ひとさ）し指（ゆび）を置（お）いた。

　そして身（み）を翻（ひるがえ）しながら答（こた）える。

「もちろん！　大切（たいせつ）な人（ひと）と幸（しあわ）せに暮（く）らしているわ！！」

　港（みなと）に泊（と）めてある船（ふね）に元気（げんき）よく飛（と）び込（こ）み、ドンクとディーディーと一緒（いっしょ）に荷物（にもつ）を積（つ）み込（こ）む。今日（きょう）も重（おも）たくって、腕（うで）だけムキムキになっちゃう。困（こま）るわそんなの！　ドレスが似合（にあ）わなくなっちゃう。

　でも。

　それでもそんな生活（せいかつ）が楽（たの）しくて仕方（しかた）ないのも事実（じじつ）。

「これからどこに行（い）くの？　ジャン！」

「ふふ、聞（き）きたい？」

「聞（き）きたい！」

「ふっふっふー」

「……もう、もったいぶってないで早（はや）く教（おし）えてよ！」

「はいはい。さて、行（い）き先（さき）はここだ」

　そうして指（ゆび）さしたのはドラコニア。

「どんな所（ところ）？」

「ドラゴンと人（ひと）が共生（きょうせい）する国（くに）。サルト・デ・アグワとはまた違（ちが）った伝説（でんせつ）が眠（ねむ）る場所（ばしょ）でさ、何（なん）と――！」

「オヤブーン！！」

　言（い）いかけた所（ところ）で後（うし）ろからジャマが入（はい）る。

「何（なん）だよ、今（いま）良（い）い所（ところ）だろうが！」

「や、ラブラブしてるとこ申（もう）し訳（わけ）ないんスが」

「ラブラブは余計（よけい）だ」

「今、ちょうど良（い）い風（かぜ）が吹（ふ）いてきたッスよ」

「出航（しゅっこう）するなら今（いま）」

「――そうだな。よし、お前達（まえたち）、いかりを上（あ）げろ、帆（ほ）を下（お）ろせ！　ドンク、方角（ほうがく）は南方向（みなみほうこう）！　これより我々（われわれ）は竜（りゅう）の王国（おうこく）、ドラコニアへ向（む）かう」

　船（ふね）の先端（せんたん）へと歩（あゆ）み寄（よ）り、それからこちらを振（ふ）り返（かえ）り、日（ひ）を背（せ）に受（う）けた。

「竜王（りゅうおう）が代々（だいだい）守（まも）るという宝玉（ほうぎょく）がある。七色（なないろ）に輝（かがや）くそれは、何度（なんど）も狙（ねら）われたが全（すべ）て返（かえ）り討（う）ちにあっているそうだ。――だが俺達（おれたち）は違（ちが）うよな」

　最後（さいご）の言葉（ことば）に胸（むね）の奥（おく）がゾクゾクしてきた。

　いよいよ冒険（ぼうけん）が始（はじ）まる。

「よーしお前（まえ）ら面舵（おもかじ）一杯（いっぱい）！！」

「「「イエッサー！！」」」

「出航（しゅっこう）だ！！」

（おわり）