叔父さん、かく語りき

RAY

叔父さん、かく語りき


 俺の名前は神座かんざ 澄孝すみたか。東京で一人暮らしをする大学生だ。と言いながら、ここ半年は実家で暮らしている。新型コロナの影響で外出制限が発令され、大学の講義がインターネットを使った遠隔授業になったからだ。

 俺の実家はかなり田舎だが、そこそこ感染者が出ており決して安全とは言えない。外出時、警察官から身分証明書の提示を求められたり外出理由を聞かれるのはいつものこと。最近は外に出る気にもならず、引きこもり状態が続く。正直なところ、かなり気が滅入っている。


 そんなコロナ禍の中、俺は叔父おじさんに出会った。


 親父の弟で年は四十代半ば。先月祖父じいちゃんが亡くなったとき、通夜が始まる前にひょっこり姿を現した。叔父さんがいることは聞いていたが、顔を見たのも初めてなら話をしたのも初めて。何でも高校を卒業してすぐアメリカへ行ったきり音信不通が続いていたらしい。

 百八十センチ以上ある、大柄な体格に分厚い胸板。ほりの深い顔立ちにギョロリとした大きな目。口角を上げて笑うと白い歯がキラリと光る。叔父さんに対する、俺の第一印象は「ナイスガイ」だった。


 ただ、三分も経たないうちに、俺の印象は「驚愕」へと変わる。


 重そうな革のトランクを開けた叔父さんは、中から帯封おびふうで束ねられた、一万円札の束をいくつか取り出して「香典だよ」と言って親父の目の前に積み上げた。見た感じ、束は二十以上あった。

 俺が呆気に取られていると、叔父さんがつかつかとやって来て「澄孝くんだね? 大きくなったね。僕のこと、憶えてるかい?」などと感慨深げな表情で話し掛ける。俺が緊張した面持ちで曖昧な受け答えをしていると「小遣いだよ。これまでの分も込みでね」と一万円札の束を一つ手渡す。戸惑いながら即座に断る俺に、叔父さんは笑顔を浮かべて札束を俺の手のひらにグッと押し付けた。「気にしなくていい。こんなのだよ」。有無を言わせない態度に、俺はその金を受け取った。


 通夜の焼香が終わり、坊さんと参列者がいなくなった頃、再び叔父さんが俺のところへやって来た。今度はトランクではなくノートパソコンを手にしている。「澄孝くん、僕は君のことが気に入った。だから、僕のことを知ってもらいたい」。周りを見回して誰もいないのを確認すると、叔父さんはおもむろにパソコンを立ち上げる。そして、画像や動画を見せながら説明を始めた。


 その瞬間、俺の両目はパソコンの画面に釘付けになった。


 最初に見たのは、あたり一面に広がるトウモロコシ畑の映像。セスナ機が薬剤を散布する場面に続き、収穫、加工、販売といった、それぞれの工程が映し出される。最後に現れたのは、綿のシャツにジーパンという、ラフな格好の叔父さんが自分ソックリの案山子かかしと肩を組んで笑っている映像。案山子はトウモロコシ畑の至るところに立っていて、農園のデザイン商標としても使われている。広大な農園の経営者が叔父さんであることは明らかだった。


 次に見たのは、オークションの映像。社交場のような場所に正装した男女が集まる中、舞台の上では、高価な品が次々に落札されていく。百万ドルの品がスーパーに陳列された特売品のように即売される様は圧巻の一言だった。叔父さんはマニアックなものが好みらしく、映像は、十九世紀に有名なデザイナーが遊び半分で作った、ブリキの人形を落札したときのものだった。五万ドルの開始価格に対し、叔父さんは何の躊躇ためらいもなく「百万ドル」を提示する。会場が水を打ったように静まり返る。競ってくる者は誰もいなかった。「欲しいと思ったものは金に糸目をつけることなく必ず手に入れる」。それが叔父さんのやり方だそうだ。


 次の映像では、叔父さんはアフリカの草原地帯サバンナにいた。狩猟用の柄の長い鉄砲をたずさえたハンターが数人同行している。辺りには、日本で言えば、犬や猫が道を歩いているのと同じように草食動物の群れやそれを狙う肉食動物の姿が見受けられる。不意にハンターが一頭のライオンに発砲する。ライオンはよろよろと数歩進んで倒れ込む。身体はそれほど大きくなく、まだ子供のようだった。映像が切り替わり、豪華な内装が施された、天井の高いリビングルームが映し出される。ソファに座る叔父さんの隣にいるのは、なんとオスのライオンだった。体長は二、三メートルあり頭から首にかけて雄大なたてがみが生えそろっている。叔父さんが頭を撫でるとライオンはうれしそうに顔をこすり付ける。自らライオンを調達して、今もペットとして飼っているとのことだった。


 はっきり言って、叔父さんは人生の成功者と呼ぶに相応しい。まさにアメリカンドリームを体現している。ただ、何かきっかけのようなものがあったに違いない。ぜひとも聞いておきたい。俺の中で好奇心がむくむくと大きくなっていく。俺は思い切って叔父さんに尋ねてみた。「そうだなぁ……」。叔父さんは腕を組んで少し考える素振りを見せる。ちょうどそのとき、親父が叔父さんを呼ぶ声が聞こえた。遺産相続の関係で親戚で話をするとのことだった。「その話はまた今度」。叔父さんは俺に目配せをしてその場を後にした。


 叔父さんがいなくなってからもしばらく興奮が冷めなかった。はっきり言って、すごい人だと思った。経営の才があり億万長者でありながら、肝心なところでは惜しげもなく大金を使う。その切符の良さが実にカッコいい。どこぞの政治家や成金のように、金のこととなると目の色が変わる守銭奴とはまるで違う。輪をかけて素晴らしいと思ったのは、子供のような遊び心を忘れないところ。ブリキの玩具に目を輝かせ、ライオンをペットにしているところに壮大な浪漫を感じる。

 叔父さんと話をしたのは一時間ぐらいだったが、それだけで俺は熱狂的なファンになった。叔父さんに電話番号とメルアドを教えてもらった俺は、定期的に連絡をとらせてもらうことにした。


 次の日、祖父ちゃんの告別式が終わると、叔父さんは綿のシャツとジーパンに着替えて帰り支度を始めていた。飛行機の時間を確認したところ、奇妙な返事が返って来た。「そんなの気にしなくていいよ。僕は特別なルートを使っているから。考えてもみなよ。このご時世、簡単に入国なんかできないだろう?」。前半の言葉の意味はよくわからなかったが、後半はまさにその通りだと思った。いくら身内が死んだからと言って、そう簡単に入国が許されるはずがない。仮に入国できたとしても二週間は隔離されるはずだ。きっと叔父さんは政府関係者に顔が利くことで、特別扱いをしてもらえるのだろう。俺はうんうんと首を縦に振った。


 それから一週間が経った頃、俺は叔父さんにメールを送った。


 内容は二つ。一つは、引きこもり状態で気が滅入っている自分に対してアドバイスをして欲しかったこと。もう一つは、通夜の席で尻切れ蜻蛉とんぼに終わった話――叔父さんの成功のきっかけを教えて欲しかったこと。叔父さんは多忙なだけにウザイと思われるのはわかっていた、ただ、衝動が抑えきれなかった。


 一時間後、叔父さんから返信メールが送られてきた。


『メールありがとう。いろいろと悩んでいるようだね。でも、若いときはそういう経験が必要だよ。思い返してみると、無駄なことなんか一つもなかったって思えるよ。だから、今の辛い状況も前向きに捉えることが大切だ。そうは言いながら、病気になったら元も子もないね。じゃあ、直接会って話をしようか? 今時間はあるかい?』


 俺は眉間に皺を寄せた。叔父さんの言葉の意味がわからなかったから。「直接会う」と言うのはどういうことだろう。俺に会うためにわざわざ日本に来るというのは考えづらい。それに「今時間はあるか」と聞いてきたところを見ると、将来の話ではなさそうだ。きっとお互いの顔を見ながら話ができる、インターネットのアプリでもあるのだろう。俺は叔父さんにOKメールを返信した。


 三分が経った頃、突然、薄暗い部屋が眩い光に包まれた。


 光の方へ右手を掲げながら目を凝らすと微かに人影が見えた。光が弱まっていくにつれ細部が明らかになっていく。思わず声が出た。影の正体は、誰でもなく叔父さん本人だったから。


「久しぶりだね。メールで説明するより、直接見てもらった方がわかりやすいかと思ってね。君は信頼できそうだし」


 瞬間移動でもしたかのように俺の前に現れた叔父さんは、悪戯を成功させた子供のように無邪気な笑顔を見せる。


「僕の成功のきっかけだけど……実は、僕はいろいろな術が使えるんだ。瞬間移動だとか、未来予知だとか、動物との会話とかね。詳しいことは言えないけれど、アメリカへ渡ってとある魔法使いに弟子入りしたのがきっかけなんだ」


 叔父さんが右手の人差し指をくるくる回すと、指先から発せられた、小さな金色の星が部屋中を飛び回る。

 普通の人であれば、信じることなどできないだろう。夢や幻の類いで済ませてしまうだろう。ただ、俺はそれが現実であることを疑わなかった。案山子かかし、ブリキの人形、ライオン――その三つが叔父さんの魔法の産物だとしたら、疑う余地などないと思ったから。


 第一印象で「ナイスガイ」だと思った。小一時間話をして「熱狂的なファン」になった。俺の目に狂いはなかった。俺にとって「不可欠な存在」だと確信した。だから俺・カンザスミタカは、これからもずっとついていきたい――オジの魔法使いに。



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