第49話 女王の活躍

 女王は戸別訪問を開始した。

 彼女が最初に訪問したのは、王城前通り商店街の惣菜屋さんだった。豚・キャベツ料理の各種レパートリーを持ち、普段は大繁盛のこの店も、今は営業をストップし、家族で避難の準備をしている最中であった。

「ごめんくださぁーい。今度女王になったキャベツ姫ですけど、お願いがあって来ましたぁ」  

 彼女は店先で大声を出した。

 奥から十五、六歳ぐらいの少年が出てきた。彼は店の前にちょこんと立っている絶世の美少女に目を見張った。

「はじめまして、女王です」

 すらっとそう言う女の子に、彼はどう対応していいのかわからなかった。

 女王って、この人が? 共の人も連れずに? すごくきれいな人なのに、頭がおかしいのだろうか?

「お忙しいところをすみませんが、実は一緒にブダペストを守ってほしいと思ってお願いに来ました。野豚をやっつけたいのですが、力が足りないんです。もしご協力してくださる気持ちがありましたら、王城まで来てください。いちおう、訓練みたいなこともさせてもらいますから」

 女王は少年のとまどいなど気にもかけず、用意しておいた口上を述べた。

「あ、あの……」

 わけがわからなくて少年は口をぱくぱくさせた。王冠をかぶっている美少女が、平民に丁寧な口調でお願いをしている。異様だった。

「この大変なときにいったい何事だ?」

 少年の父親が出てきた。

 彼は女王と目が合った瞬間、体に電流が走ったように、びーんと硬直した。そして、彼女が口上をくり返すのを、直立不動で聞いていた。

「よろしくお願いしまーす!」

 女王がぴょこんと頭を下げ、立ち去るのを父親は震えながら見送った。

「めのう様とそっくり……! 本当に女王様だ」

 彼はその場にへなへなとへたり込んだ。

 女王は靴屋や骨細工屋や肉屋など、その商店街を一軒一軒訪問して回った。反応はどこも似たようなものだった。

 なんなんだこの変な娘は、と相手にしてもらえないのが一番多い反応。かつてのめのうファンがいて、女王だと信じてもらえても、なんと言っていいのかわからなくて絶句する人も多かった。戸別訪問はけっこう大変だった。

 ま、最初はこんなものよね、と思って女王はめげなかった。

 彼女は根気強く戸別訪問を続けた。町工場をのぞき、アパートを訪ね、豪邸で説得し、スラム街までうろついた。

 パニックを起こしたのは、かつてのめのうファンのおやじたちである。彼らは最初のショックから立ち直ると、このニュースを方々にばらまいた。

 女王様がやってくる!

 すっげー美少女で、めのう様とそっくりなんだよ!

 この一大ニュースは爆発的に伝播した。戸別訪問二日めには、早くもブダペスト中にこの噂は広まっていた。女王の来訪をわくわくと心待ちにする人々が増えてきた。

 ある家では、「ごめんくださぁーい」と彼女が明るく告げると、家族が玄関に総出してきた。彼らは女王の言葉にうっとりと耳を傾け、「私たちもブダペストを守ります!」と言った。女王はにっこりと笑って、「よろしくね」と答えた。

 彼女が軒先に現れただけで、「やります、やりますとも。おれだってこの街には愛着がある。黙って野豚にやられるのを見ているわけにはいかねえや。前の王様は迷惑な人だったが、あんたのためなら、命を投げ出したっていい」などと言う人もいた。あんた呼ばわりされて女王は少し驚いたが、それでも「ありがとう」と言って微笑んだ。

 確かな手応えに、彼女は自信を深めた。なんだかだんだんと街全体がやる気になってくれているようで、ものすごく嬉しくなってきた。

 彼女は裏通りで不良少年たちに囲まれたこともあった。

「女王様さぁ、あんたの父親はつい先日、おれたちの家族を虐殺したんだぜ。今さらおれたちの力を頼るなんて、ずるいんじゃねえの?」

「ごめんなさい! 返す言葉もないわ。でも、あたしをあのくそおやじと一緒にしないで!」と女王は言った。

「あたしはああいう高圧的で人の気持ちを無視したやり方が嫌だから、こうしてお願いして回っているの。贖罪の意味も込めて、一人でね」

「怖くねえのか? そんなに無防備だと、指なし党に襲われるぜ」

 不良少年たちがナイフをちらつかせた。彼らの中には小指がない者もいた。

「そのときは、あなたたちが守ってね!」

 女王は笑顔で強気に切り返した。その言葉で、彼らはナイフをおさめ、苦笑いして囲みを解いた。

 三日めには、女王の追っかけが何十人もぞろぞろと彼女のあとをついて歩くという様相になっていた。ブダペストからの住民の脱出は止まり、志願兵が王城に殺到するようになっていた。〈ブダペストを守れ〉とか〈女王の願いに応えよう〉とかいうプラカードを掲げたデモ隊がお祭り騒ぎのように大通りを行進した。女王がウインクしている絵が描かれたシャツやバッジが飛ぶように売れ、とても滅亡に瀕している都市とは思えないほどブダペストは盛り上がってきた。

 女王にも信じられないような現象だった。勇気が湧いてくるって、こういうことなのね、と彼女は思った。

 彼女はおやじ連中のリクエストに応えて、速攻でめのうの曲を覚え、即席コンサートを開いたりもした。歌い終わると彼女は「お願い、ブダペストを守って!」と叫び、聴衆は熱烈な女王コールで応えた。

 城には続々と志願兵たちが押し寄せ、軍はその受付や部隊編成や訓練などで大忙しとなった。彼らに剣や斧を与えて、武器庫はたちまち空となり、ブダペスト中の鍛冶屋は不眠不休で武器を作った。

 人々は新女王に熱狂し、〈ブダペストを守れ!〉というイデオロギーの虜になった。一種の群衆心理が働いて、ブダペスト中がそのパニックに飲み込まれたようだった。

 いよいよ明日は野豚到来、という情報がもたらされたとき、女王は二百万の軍勢を手にしていた。

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