第28話 指つめ法反対総決起集会

 指つめ法反対総決起集会が予告されたその日は、朝から快晴であった。

 雨天延期、との情報を入手していた豚王は、朝の太陽に憤り、起き抜けから不機嫌だった。

 彼は朝食がまずいと言ってコックの舌を引っこ抜き、靴下の穿かせ方が悪いと怒って侍女を犯し、朝風呂が熱いと叫んで釜焚き男を火刑にした。朝風呂の温度はいつもと変わらなかった、との風呂用豚脂準備係の証言がある。

 この国始まって以来初の公然たる豚王批判が行われようとしている。その事実に王は怒り狂っており、城内は戦々恐々としていた。

 午前九時、周囲に当たり散らしてほんの少し精神の平静を取り戻した豚王は、とりあえず決起集会対策総司令部を設置して、集会の成り行きを見守ろうと決めた。

 ただちに主だった者が展望の間に集められた。空位となった関白に代わって王を輔弼する立場にある右大臣、左大臣やその他の各種国務大臣らの文官と、軍務大臣、豚王軍ブダペスト師団長らの武官は、それぞれやだなぁとか思いながら集合した。

 次に豚王はブダペスト師団二万人を招集した。午前十一時、同師団は王城内に集結し、王の謁見を受けた。これは暴動など不測の事態が発生したときの備えだが、豚王の機嫌しだいで殺戮部隊と化す危険性を孕んでいた。

 正午すぎ、王城前広場に三々五々小指のない人々が集まってきた。再犯、再々犯の人は二本、三本と指がない。人々の群れは徐々に膨らみ、「指つめ法の廃止を!」とか「おれの指を返せ!」とかいうプラカードも目立つようになってきた。

 午後二時、数千人に膨れ上がった人々の間から大歓声があがった。

 タローズ・ミヤタの登場である。

 彼は指が一本もない左手を高々と掲げ、群衆をかき分けて王城の門の前、最前列へと進んだ。

 衆人注視の中、タローズはシュプレヒコールをあげるでもなく、おもむろに歌声を朗々と響かせ始めた。声楽家・タローズ流の抗議がついに開始されたのである。

 「指つめ反対の歌」を彼は歌った。作詞・作曲タローズ・ミヤタ。

 指つめは痛い 〈痛い〉

 指つめはひどい 〈ひどい〉

 立ち小便万引き食い逃げ

 確かに悪い 〈悪い〉

 でも 〈でも〉

 指つめすることないでしょう 〈指つめ反対〉

 罰金ぐらいで許してよ 〈千円ぐらいね〉

 お願い 〈お願い〉 豚王陛下 

 〈 〉内はコーラスである。

 この歌は未発表のもので、タローズとその仲間たちしか知らなかったが、親しみやすいメロディとわかりやすい歌詞だったため、集まった人々はすぐに合わせられるようになった。タローズの独唱とその周りにいる仲間たちのコーラスは、たちまち王城を揺るがす抗議の大合唱へと高まったのである。

 そのようすをロンドンとキャベツ姫は、王城の第三尖塔から見物していた。部屋でふて寝していた彼を姫が「デートしよ。集会見物デートよ」と誘ったのだ。ひまを持て余していたロンドンは二つ返事でオーケーした。どうせ抗議集会にけりがつくまでは、豚王に野豚退治をしてもらうよう再説得するのは無理なのだ。それなら誘いに応じて、王が抗議集会をどう捌くか見物でもしていた方がいい。

 そして、二人は見晴らしのいい第三尖塔で抗議集会鑑賞デートを始めたのである。そこからは、熱狂的な歌声をあげる指なし党の大集団が一望の下に見渡せた。

 ロンドンは「指つめ反対の歌」大合唱のど迫力に圧倒的なピープルズパワーを感じた。やるなタローズ、と彼はうなった。たとえこの集会が失敗に終わっても、この歌は指つめ法反対運動のテーマ曲となって、人々の間で歌われ続けるにちがいない。

「すっごーい! あたしこんなふうに国民が反抗するの初めて見た」とキャベツ姫が感嘆した。未曽有の反豚王集会に、彼女は王族として不謹慎なほど興奮し、わくわくしていた。

 無邪気に騒ぐ彼女に対し、ロンドンは腕組みして、今後の展開がどうなるのか考えていた。

「問題は陛下がどう出るかですね。ここで陛下が国民に譲歩する度量を見せたらいいんですが」

「甘いわよ、ロンドン。そんなことありっこないでしょ」

 キャベツ姫はロンドンをジト目で見た。父親憎しの念を募らせている彼女は、おとうさんなんか吊るし上げられちゃえばいいのよ、なんて思っている。

「だめかなぁ。軽犯罪には軽い罰でいいじゃないですか。陛下が指つめ法を廃止する気になってくれたらいいんだけどなぁ」

 立ち小便は世界中の路地や空き地でしまくり、食い逃げも経験済み、おまけに豚の骨を古代生物の骨と偽って販売したことのあるロンドンは、豚王がこの法律を廃止するよう願わずにはいられない。

 二人がそんなことを話している間にも、集会はどんどん激化しつつあった。近隣からわさわさと人が集まり、数万人規模の大集会に膨れ上がっている。人々は王城前広場からあふれ、城前大通りにまで充満していた。もはや小指のない人だけではなく、豚王の独裁に不満を持つ無傷の人まで集まっているようだ。

 歌声は革命万歳人民勝利的に高まり、速成大合唱団は専制君主に反抗できるのがうれしくてたまらないといった感じである。

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