第27話 声楽家タローズ・ミヤタ
さて、ここらで〈指なし党〉について説明しておかねばなるまい。
指なし党とは、残虐な悪法として名高い軽犯罪指つめ法によって小指を失い、同法の廃止を求めて団結した人民の地下組織のことである。
いや、それは組織とは言えないかもしれない。
指なし党とは、指つめ法に反対する不特定多数の人々である、と捉えた方がより正確であろう。なにしろその活動はこれまで同法に対する陰口に終始する、というレベルであったのだから。
それが、一気に王城前広場に集結して抗議しよう、という段階に飛躍したのは、指なし党の創始者である声楽家タローズ・ミヤタの呼びかけによる。彼は陰口運動の広まりに気をよくして、秘かに抗議集会の決行を企図したのだった。
タローズ・ミヤタは一年前、立ち小便の罪で左手の小指を失った。彼は、こんなのないよな、ひどすぎるよ、と友人にこぼした。これは非常に勇気を要することであった。神聖なる絶対君主、豚王への批判は何であれ、この国ではタブーとされていたからである。しかし、これをきっかけに陰口運動は全国に広まった。なくなった小指をぼそっと嘆く人々が激増し、彼らは指なし党と呼ばれるようになった。
このような指なし党であるから、正式な党員はタローズとその友人数人という程度のものである。とはいえ、その運動には全国で百万にもおよぶと言われる小指をなくした人々が参加しており、潜在的には一億の国民全員が指なし党を支持していたのだ。
タローズは運動の指導者として何度が検挙され、今では左手の指をすべて失っていた。しかし彼はここまできたらあとには引けぬと凝り固まり、地下から秘かに指令を出したのである。
「王城前広場で抗議集会をやるぞ」と。
もちろん豚王はこの情報を看過していたわけではない。全国を転々と逃げ回っていたタローズは秘かにブダペストに潜入している筈であり、秘密警察は彼を発見すべく懸命に捜索を続けていた。しかし彼の所在は杳としてつかめず、また集会を事前に中止させようとしても対象が不特定多数の人々であるため、さすがの豚王でも取り締まりは困難であったのだ。
果たして、タローズは逮捕覚悟で現れるのか、集会はいつどのくらいの規模で行われるのか、直前まで、それはまったく不明であった。タローズ本人ですら、人々がどのくらい集まるのかわからなかったにちがいない。集会の規模は、指つめ法への国民の不満の大きさにかかっていた。
そして、ついにビラがまかれ、決行日が明らかになったのである。
〈指つめ法反対総決起集会明日敢行 於王城前広場 国民よ立ち上がれ!〉
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