第9話 三枚めの名刺

 風の向くまま気の向くままいいかげんなんとかなるさ男である吉田ロンドンも、今回の旅には珍しく慎重になっていた。というのも恐怖の大王の噂が痛いほど耳に入っていたからである。

 たとえば、戦慄・指つめ法によって百万人が小指を失っていることや、王政の代行者である関白がキャベツの命ほどに短い在任期間でころっころ交代していることなどだ。豚王は、それはもうきまぐれわがままな王様であるらしい。

 ロンドンはかくも取り扱い厳重注意な豚王に接近するつもりなのである。首尾よく豚王VS野豚軍団の取材に成功すれば、吉田ロンドン著作第一集として、その対決をまとめようなんてことまでもくろんでいる。題名が「英雄豚王の野豚退治」となるか、「豚王国木っ端微塵」となるかはわからないが、いずれにせよベストセラーまちがいなし、と彼は踏んでいた。

 そのためには豚王に強烈な第一印象を残す出会いの場をセッティングしなくちゃな、と考えた。

 まず、ロンドンは豚王への手みやげを用意することから着手した。

 彼は豚王国訪問の前にシベリア公国に立ち寄った。かの地の冷凍洞窟には〈最後の珍味〉と呼ばれる古代生物マンモスの冷凍肉が保存されている、という噂を聞いていたからだ。ロンドンはシベリア公国で一週間の無料ゼミナールを開講し、運よくシベリア公に気に入られて、マンモスの肉を一キログラムもらうことに成功した。

 イスラム教徒ですら豚を食わざるを得ない貧困食生活時代である。こいつはポイント高ぇみやげだぜ、と彼は確信した。

 ロンドンは巨大人骨車に氷を満載してマンモス肉を埋め、二十人の労働者を雇って運ばせた。

 さぁ、いよいよ豚王国入りだ! 景気づけに、彼は三度めの名刺をつくった。

 冒険古生物学者 吉田ロンドン

 住所 辺境に生きた化石を求む

 性格 温暖性明朗快活

 酒量 キャベツ酒一升は軽い

 酒量欄を加えたのはもちろん、豚王の酒好きを計算してのことだ。共に酒を酌み交わせるようになればおれの勝ちだ、と思った。

 二十人が引く奇怪な巨大人骨車に乗って、彼は豚王国に入った。

 予想にたがわず、そこは豊かな国だった。広大な豚牧場が地平線遥か彼方まで続き、生い繁るキャベツを赤目豚青目豚紫目豚がのーんびりと食んでいる。どこまで行ってもただひたすらその風景は続いていた。それは荘厳とさえ言っていい豚とキャベツの世界であった。

 なるほど、貧乏国のシベリア公国とはえらいちがいだ。これだけ豊かだから王様が滅茶苦茶でも悠々ともっているんだな、とロンドンは思った。

 彼は随所で新しくつくった名刺を配り、ときには宿泊地で講演をしたりして、ブダペストをめざしていった。そのかいもあって、ロンドンと彼の巨大人骨車はたちまち豚王国の噂になった。世界から多様性が失われているので、基本的にはどこの国でも人々は娯楽に飢えている。ゴシップがあれば誰もが飛びつく。そこへ常識はずれの大きさの人骨車に乗り、怪しげな名刺を配る人物が登場したとなれば、これはもう何をやらかしてくれるかワクワクして当然なのだ。

 ロンドンはブダペストに近づくにつれて、ばらまく名刺の数を増やしていった。その効果はたちどころに表れ、巨大人骨車をひとめ見ようと沿道につめかける人々が激増した。彼らの反応にロンドンは満足した。

 噂はもちろん、豚王の耳にも届いているだろう。おれの到着を首長竜になって待っているにちがいない。おれが豚王と会える環境はすでに整った、と彼はほくそ笑んだ。

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