第10話 超大国の首都

 ロンドンは豚王国の首都ブダペストに到着した。さすがに超大国の首都だけあってバザールはごった返し、各国の交易商人も集まって活況を呈していた。豚・キャベツ料理の屋台をはじめとして、豚革鞄店、豚毛布屋、人骨楽器店、体重量り屋、怪しげな遺物売り、マッサージ、雀荘、占い、散髪、その他考えうる限りの商店が軒を連ね、客引きの声がやかましい。広場では大道芸人が技を競い、観光名所〈漁夫の砦〉ではツアー客たちがきゃあきゃあ言って騒いでいる。

「うーん、いいぞいいぞこの活気!」と旅人ロンドンは陽気に言った。地上で唯一の一千万都市ブダペストを、ひとめで気に入った。

 巨大人骨車は人波を圧倒しつつ進んだ。氷は今やほとんどなくなりかけていたので、引っ張る労働者たちの足取りも軽かった。

 さぁて、豚王に会うのは明日以降にして、とりあえず市内のホテルにチェックインしよう、とロンドンが考えていたときだった。いくつもあるバザールのひとつの中で、一行はなにやら不穏な集団に遭遇した。

 官憲が気弱そうな青年にナイフを突きつけ、それを野次馬の一団がぐるりと取り囲んでいる。

「なんだい、ありゃあ?」

 ロンドンは野次馬のひとりに訊いた。

「指つめだよ。あの男が豚汁屋台で食い逃げをしたのさ。よほど金がなくて腹をすかしていたみたいだが、ブダペストのバザールではやっちゃあいけねぇことをやっちまった」

 悪名高い軽犯罪指つめ法の逮捕現場に出くわした、ということらしい。食い逃げ青年は三人の警察官に囲まれている。背の高い官憲が容赦なく青年にナイフを握らせ、「小指をつめろ。右でも左でも好きな方でいい」と強いていた。

「おっかねぇ国……」

 軽犯罪しまくり男のロンドンは、ブダペスト到着の興奮が一気に醒めてしまった。

 刑が執行された。裁判もなく、青年は自らの小指を切らされた。野次馬が去った。

「やっぱあれ、外国人にも適用されるんだろうな」

 気をつけよう、とロンドンは思った。

 どっと疲れを感じて、彼はすぐホテルにチェックインし、労働者たちにも部屋をあてがった。すべては旅の垢を落としてからだ。

 彼はカウンターで多めに金を渡して巨大人骨車とマンモス肉の管理を頼み、部屋に荷物を置いてから、ブダペスト名物の温泉に浸かった。この街はあちこちで温泉が湧き出しているちょっと素敵な首都なのである。リューマチ、運動機能障害、関節炎、神経痛などに効用あり。別にロンドンにはそんな持病はないが、野宿の多い旅人にとってこれ以上の極楽はない。

 温泉から上がり、疲れが取れ、ほかほかした気分になって、さてキャベツ酒でもやるかな、と思ったときだった。ホテルに王の使いと称する物々しい一団がやってきた。

「吉田ロンドン殿を王城までお連れするために参った。ロンドン殿はおられるか」

 なんて慌ただしい。こっちはやっとひと息ついたところだぞ。

 ロンドンはいささか唖然とした。豚王は本当に首長竜プレシオサウルスになっているらしい。

 仕方ねぇ、行ってやろうじゃねぇか。

 彼はホテルの浴衣を一張羅の豚革スーツに着替え、部屋で爆睡し始めていた労働者たちを叩き起こした。

 ホテルの駐車場から巨大人骨車を出し、王の使いに案内されて王城へ向かう。噂の豚王との会見を前に、さすがのロンドンも緊張した。

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