見える世界

生田 内視郎

見える世界


─「ねぇ、世界五分前説って知ってる?」

俺の幼なじみで読書好きな彼女は、

時たまこう言う小難しいことを質問してはドヤ顔で知識を披露してくる。


が、

「知ってるよ、神様によって世界が五分前に作られたという仮説に対して、誰も反証を確立できないっていう、漫画とかアニメでもよく使われるアレだろ」


流石にそれくらいの知識は頭の悪い俺でも知っている。

俺はドヤ顔でそう切り返すが、彼女は悔しがること無く、むしろ何処か怯えているような様子だった。


「どうしたんだよ?らしくないな」

俺は彼女に近づいて、いつもみたいに頭をポンポンと撫でてやろうとするが


「こないでっ!!」と激しく拒絶されてしまった。

本当にどうしたんだ、何か悪いものでも食べたのだろうか?

「あっ、ごめん…」

「いいよ、わざとじゃないんだろ?

それで、その五分前説がどうしたって?」

俺はわざとあまり興味のないふりをしながら

彼女の前を歩き、その実背中に全神経を集中させる。

「あの…ね、私がおかしくなった、とかそういう風に思わないで、真剣に聞いて欲しいんだけど…」

彼女はあまりの恐怖に声音が震えていた。

思わず心配して振り向く。

「おい、本当に大丈夫か?顔が真っ青じゃないか

付き添うから、今から病院行こう

学校にもすぐ連絡して─」

「いいの、原因は分かってる。

それより、私の話を聞いて 

誰かに聞いてもらわないと私もう頭がおかしくなりそうで…」

そう言って彼女は偶々道沿いにあったバス停のベンチにへたり込んでしまった。

「分かったって、聞くよ。それで、一体どうしたんだよ」


「手がね 見えるの」

「手?」

「そう ペンを持って、仕切りに何かを書いている手が」

「それって…手だけってこと?手だけが宙に浮いてる感じ?」

彼女は頷いて、恐る恐る前を指差した。

「あそこから、あの山の麓まで広がってる」

「…何が?」

「手だって 言ったでしょ?」

なんだか要領が掴めなくて頭をガシガシと掻く。

「…つまり、超大きい手ってこと?」

「だからそう言ってるじゃないっ!!」

「怒るなよっ、俺だって理解しようと頑張ってんだから」

「御免なさい、でも私怖くて……、」

「怖いって─だから何が?」

「もしかして、今私達がいるこの世界が神様によって作られている途中の世界なんじゃないかって」

「─は?」

理解が追いつかなくて思わず固まる。

何言ってんだ?だって俺には幼い頃の記憶がちゃんと頭に残ってる。コイツとの思い出だって─

「私の名前、覚えてる?」

「何言ってんだよ、おま…えは、……」

あれ?思い出せない?

なんでだ、お前との思い出は鮮明に思い出せるのに、肝心の名前が─出てこないっ!?

「やっぱり分からないのね、ううん、私もあなたの名前が分からないからおあいこ

それどころか、自分の名前すら思い出せない」

「嘘、だろ、……」

今自分の目の前に起きている現象がなんなんのか分からず、未知の恐怖に足がすくむ。

寒い、今は真夏の筈なのに─

俺は両肩を抱きしめ、体を震わせた。

「私達の名前が分からないのは、恐らくまだ登場人物の名前の設定まで決めてないからだと思う」

「決めてないって、誰が!?」

「だから、アレ」

今度は俺にもハッキリと見えた。

天を覆い尽くす程の大きな手が、あの物量ではあり得ないほどのスピードで動き続けている。

「ハ、ハハ、なん、だ これ…

つまり……俺達はあの大きな手の人が書いてる小説の中の生き物だってことなのか?」

「この状況で、生き物って定義が当てはまるのかどうか分からないけど……そういう、ことになるのかな」

「ハア!?何冷静になってそんな可笑しな事言ってんのっ!?え?つまり俺らはあの大きな手の人の想像上の生き物だって事?そんなわけあるかよっ!だって俺には過去の記憶だってちゃんとある!」

「それがつい五分前にこの手の人、言ってしまえば神様が五分前に考えついた設定だとしたら?」

「そんな馬鹿なこと…」

「あなたも自分で言ってたじゃない

世界五分前説に対して誰も反証を確立できない って」

いや、だって、それは…、そんなこと真面目に考えたことも無かったし…

だが、言われてみれば所々記憶が曖昧だし、コイツや学校の友達の顔は鮮明に思い起こせるのに、親の顔や思い出は一切思い出せない。

それって、まだ俺の両親についての細かい設定が作られてないってことなのか…?

そんな まさか ?

俺は、ただの薄っぺらな紙の上だけの存在…?

「でも、そんなことよりももっと重要な問題がある」

問題?今起きてること以上に重大な問題なんてあるのかよ?

「あるよっ!!

それは……私の今のこの気持ち!!

私が今心の中で思ってること…、ううん、

私が今持っている貴方へのこの溢れんばかりの愛しい想いも、もしかしたら神様が書いた五分前の物語の中の物ってことになるのっ!?」

「ええっ!?」

突然の告白に、思わず変なポーズのまま固まってしまう。

「ねぇ!?そうでしょ!?だって私はただの小説の登場人物なんだもの!!当然、この気持ちだって神様に作られたものなんだよねっ!?」

「違うっ!!」

許せなくて思わず叫んでしまった。

「いや、違わない…かも知れない……、

けど!!俺はそうは思わないっ!!思いたくない!!」

彼女の手を取り自分の胸に押し付ける。

「だってホラ、見てよ!こんなに脈打ってる!

こんなに嬉しいって感じてる!!

この…こんな、こんなにも胸を突き動かされる感動が、誰かに作られたものな筈無いじゃないか!

俺は俺だっ!俺の感情も俺のモンだっ!!

君だってそうだろうっ!?」

「ええ…ええきっとそう!!私のこの想いは私だけのもの!!ありがとう、…名前も知らないあなた!」

「お前!!」

「あなた!!」

二人は激しく抱き寄せ合い、熱い口づ












「ダーメだ、この先の展開何にも思い浮かばん」

俺は書きかけの文章をクシャクシャに丸め、ポイっとゴミ箱にボッシュートした。

















あの、ところで 気付いてます?

あなたの今いるこの世界が、俺が五分前に書いた物語の世界だってこと

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