第8話 血が舞う戦い

ツカサは真面目に本を読み込んでいた。


本を初めて開いた時知らない文字が読めたのはすごく驚いたツカサだが、小説ではよくあることだったのを思い出しこういうものだととりあえずは深く考えないことにした。


ところどころ意味がわからないところもあったもののなぜか読める本を読み進めることで様々なことがわかり、ツカサは夢中になって本を読み漁った。


魔法の使い方、どんな魔法があるのか、魔物の倒し方、<継承者>とは、etc…


特に魔法の使い方は複雑で、ツカサはテスト勉強以上に熱心に暗記することとなった。


――――――――――――――――――――


〜魔法の使い方〜


・まず体内に流れる魔素の存在を認識する。

普通なら5歳くらいの時に認識できるよ。


・体内の魔素を放出し、<操作領域>を作る

操作領域がないと魔法を発動することができないよ。

また相手に魔素量で圧倒的に勝っていれば、高密度の操作領域で相手の操作領域を打ち消すことができるよ。


・自分の<操作領域>内で魔法陣を構築し、魔法を発動する

大規模の魔法を発動させるためには、その分だけ構築する魔法陣も大きくなり、その魔法陣を構築させるためには大きな操作領域が必要となるよ。


・<操作領域>内で魔法を操る

自分の操作領域内に限り、発動した魔法を任意の方向に放ったり留めたりすることができるよ。

操作領域を出た魔法は操作領域内で与えられた指向性に従い動くよ


*相手に直接影響を及ぼす魔法は自分の操作領域内に対象がいることに限る

精神に直接影響を及ぼす精神魔法や肉体を強化する強化魔法などが存在するよ。


――――――――――――――――――――


しかし相変わらず手錠は付いているので、ツカサは魔法を実践することはできず、ひたすら知識を蓄えているだけの生活だったが、ロボットがご飯を持って来てくれるし、椅子もあるのでここな生活が割と気に入っていた。


ツカサが座っていた椅子の周りが通り道を残した読み終わった本の壁が出来上がった頃、Dr.ワクテが以前よりやつれた様子で部屋の扉を開け、ズカズカと入って来た。


ツカサは本に夢中であることと陽の光が全く入ってこないことから気づかなかったが、既に15日経過していた。


「仕組みは理解したか?早速実践練習をしてもらうぞ」

Dr.ワクテはやや早口になりながら、ツカサを連れて通路を進んでいく。


ツカサは振り返って名残惜しそうにさっきまでいた椅子を見たが、立ち止まるわけにもいかないので、おとなしくついて行く。


「くそ、時間が無い…。なんであんな強力な個体が出てくるんだ?まさかあいつが死んだのか…?いやそんなはずはない…」

Dr.ワクテがブツブツと呟いていた独り言は、後ろに歩いていたツカサに聞こえることはなかった。





数分ほど歩いたところにあったのは、だいぶ大きめの部屋で感覚としては体育館のような感じで、何人もの人が魔法らしきものを一生懸命放っている。


奥には焦げたり欠けたりした的のようなものが、ずらりと横に並んでいた。


ツカサはキョロキョロと周りを見ていると、懐かしい顔を見つけた。


久しぶり、とツカサは久々に見た、クラスメイト3人遭難組に声をかけようとした。


ちなみに今のツカサは最近の生活のこともあって上機嫌である。しかし顔にその情報は全く出ていない。


そんな上機嫌なツカサの第一声目を聞いた瞬間、遭難組は睨むような目でツカサの方を振り向いた。

遭難組は一瞬何か言いたげな顔をするが、ツカサの後ろに立っているDr.ワクテを見るとすぐに再び的と向かい合った。


ツカサは思わず後ろを振り返ると、ウンウンと頷いて満足げな顔をしたDr.ワクテがいた。


ツカサは遭難組の3人に何が行われ、従順になったのか考えないことにした。


その後ツカサも他の人たちと混ざって練習をしたが、ほとんど成果はなかった。

遭難組は的まで届くことはないもののちゃんと火やら風やらを出していたので、小説のように集中すればできるものだと思っていたツカサは、異世界なのに現実を思い知らされることとなる。





何日か経った頃、ツカサは初めて魔物と対峙していた。

一見犬っぽいが、体毛の色とか目の数とかおかしな点がいくつかあるという見た目だ。


助走をつけて襲いかかってくるイヌモドキ。

しかしツカサが焦ることはない、なぜなら既に魔法を使えるし、魔法の鍛錬とともに行われる木剣での模擬戦のおかげで多少剣も使えるようになったからだ。


ツカサは素早くイヌモドキに向けて手のひらを突き出すと、「火球」と呟く。


するとイヌモドキの顔面に火の玉がぶつかり、その場で悶えた。

ツカサはその隙を見逃さず魔物の命の源である<魔臓>を貫いた。

見事ツカサの勝利である。


「これが森の中とかだったら、達成感に浸ってるとこなんだけどなあ」

ツカサはそんな愚痴をこぼしながら、改めて周りを見渡す。


部屋はしっかりと角が存在する四角い部屋で、しかもDr.ワクテが監視するための小部屋がツカサの後ろの壁にあるのだ。

監視されているのに加えて、初めて倒した魔物もツカサが余裕で倒せる個体をわざわざ選んでいるという徹底ぶり。

達成感もクソもないと言ったところであった。





ツカサは毎日この部屋で実戦をするか、体育館(仮)で魔法を練習する日々が続いた。


しかし、ツカサはこのやや平和な日々の終わりが近づいていることを薄々感じていた。


初めて人体実験を受けた日、正確には最後に黒髭くんを見た日のDr.ワクテの焦り。

あの時こそあからさまに焦っていたが、今も取り繕っているだけで焦りがなくなっているわけではなかった。むしろ酷くなっていると言っても過言ではない状態だったりする。


そしてツカサの予想はその後見事的中してしまうこととなる。


――――――――――――――――――――


それはいつものように朝になったら牢屋の前にやってくる自立式ロボットが、進んだことない通路を進み出し、入ったことのない部屋に連れてこられたところから始まった。



自立式ロボットに連れてこられた部屋には、遭難組の3人とDr.ワクテがいた。

なんとも懐かしい面々である。


戸惑うツカサたちを尻目にDr.ワクテは話し始めた。

「これから君たちには今まで戦ってきた魔物の中でも飛び抜けて強い個体と戦ってもらう。なんでここには自分達だけしかいないのかという疑問に対しては、度々あることなので他の者たちは既にこれから何をするのか分かっているので説明していないだけで、4人で戦えと言っているわけではない。」


Dr.ワクテはまるでツカサたちの心を読むかのように一気に説明をした。

実は心を読んでいるわけではなく単純に今まで同じような質問を毎回されたので、聞かれる前に答えたというだけの話だったが、それを知るすべはツカサたちにない。


「分かったかね?」

というDr.ワクテの問いかけに、既に従順な模範囚となっている遭難組は、「分かりました!」と元気よく返事をし、ツカサもコクリと頷いた。


再び案内ロボットについていくと、また入ったことのない部屋に案内された。



その部屋には恐らくこれから共に戦うであろう者たちが、武器を選んでいた。

人数は6人、誰も会話をしている者はいなかった。


ツカサはこういう時自己紹介をするものだと思ったが、自分以外の人たちが全くそんなそぶりを見せなかったため長いものに巻かれるスタイルでいくことにした。


今まではほとんど武器を選べなかったが、今回は特別なのか部屋のいたるところに武器が置かれていた。


武器を自由に選べるという好待遇だというのに、誰1人嬉しそうではなかった。


ツカサたちも同様に、これから行われる未知数の戦いに不安は膨れ上がるばかりだった。


しかしそんな中真っ先に行動し始めたのは、細川だった。特に慌てて喚き立てることもなく、黙々と武器を選んでいく姿を見て、ツカサは内心びっくりだった。

こんな状況だとすぐに文句を言うか泣き出しそうだと思っていたからだ。



細川に続いて他の2人も武器を選んでいく。

ツカサはその様子にわずかに違和感を覚えた。

冷静になっているというよりも、感・情・が・薄・く・な・っ・て・い・る・だ・け・に見えたからだ。

しかし今のツカサにそんな確証もないことを考えている暇はなかった。

「まずは目の前の問題からだな」

ツカサは自分に言い聞かせるように声に出し、武器を選び始めた。



ほとんどの者はいつも使っている武器と同じ形状のものを選んだため、時間をかけて武器を選んでいる者はいなかった。

ツカサも同じで、いつも使っている細めの剣を選び心を落ち着けていた。


すると入ってきた扉とは反対方向にあった重量感あふれる扉がギギギと開き始めた。


先に扉をくぐり抜けていく6人に続いて、ツカサたちも扉の先へ進んだ。



その先には


森が広がっていた。

正確には鉄の部屋に森が作られていた。


地面はちゃんと土で木や植物は生えている。

しかし見上げても空はなく天井があり、森には明確な壁という終わりがある。


ツカサは少し周りを見渡したあと、他の者たちがじっと見ている獅子の魔物に目を向けた。


武装した人間が10人いるというのに岩の一番高いところから降りようともせず、様子を見ていた。

そんな獅子に対してツカサたちは油断なくそれぞれの武器を構えた。その瞬間獅子が体内から魔素を放出し、10人すべてを操作領域に包み込んだ。


「やばいっ、急いであの魔物の操作領域を打ち消せ!」

大きな大剣を担いだ男、ザグが焦った声でそう叫ぶ。

その声に合わせてツカサたちはそれぞれ個人差はあるものの操作領域を展開する。


獅子は続けて風の魔法を発動しながらツカサたちに襲いかかった。

獅子は鋭い爪をザグに向け、ツカサたちには魔法により生み出された風の刃が迫る。


ザグはしっかりと爪を大剣で受け止めたが、その反動で後ろに吹き飛び勢いよく木に打ちつけられ、あっさり絶命した。

しかし他の者たちは吹き飛んだザグのことを気にすることなく、各々魔法を放ったり切りかかったりした。

それはクラスメイトである3人も同じだった。

ツカサはまさか優しい人と言えばという質問で大体出てくる北山が、見向きもしないとは思わず感情が薄くなっているのは気のせいではないことを確信した。


「全方向から一気に畳み掛けよう!」

死んだザグに変わり、細身だが軽い身のこなしで攻撃を避けている男が指揮を始め、他の人たちも男の指揮に従い囲むように攻撃を始めた。

ツカサも合わせて、獅子の右側から前足を剣で切りつける。

しかし深く刺さることはなく、かすり傷程度しかダメージを与えることはできなかった。

「硬っ」

ツカサが思わずそう言葉をこぼした瞬間、獅子は体を捻り獅子の左から攻撃していた北山の体を爪で貫いた。

体を貫かれた北山は脱力したまま地面に倒れなどと動くことはなかった。


ツカサを含めた4人の中では特に北山と仲の良かった岩田は泣き叫ぶことはなかったものの、動かなくなった北山を見て目を見開いたと思えば

「くそがぁぁぁああ!!」

と先ほどとは違い連携をすることなくただ剣を振り回し始めた。

ツカサは岩田ほどではないものの知っている人間が目の前で死んだ光景を目にし、強烈な吐き気と頭痛を感じた。


全員で攻撃しても、僅かな傷しか合わせることができなかった相手に岩田の攻撃が通用するはずもなく獅子が再び放った風の魔法により体を両断され死んだ。


2つに分かれた岩田の体は宙を舞いながら、呆然としていた細川の前にドチャ、と落ちた。

「うわぁぁああ!!おおうぇぇ…」

細川はどこか焦点の合わない目で岩田の死体を見ると、こっちの世界に来てすぐの時のように泣き喚き、挙句嘔吐した。


獅子はそんな様子の細川に狙いを定めた。

今まで北山と岩田が死んでいく様子を黙って見ていた人たちは獅子が細川に向かって駆け出した瞬間に再び攻撃を始める。



ツカサと男女2人が放った魔法は相殺され、左右から切りかかった男2人は上手く剣筋を逸らされた。

しかし残る1人の男が獅子の死角から首に剣を突き立てる。

「ぐがぁぁぁあああ!」

ズブリと剣の半分ほどが獅子の首に刺さると獅子は雄叫びをあげ、体を捻ることで首に剣を突き立てていた男を地面に叩き落とした。


叩き落とされた男は打ち所が悪かったのか、右腕と右足がおかしな方向に向いていたのだが目を虚ろにしたまま痛がる様子はなかった。

ツカサはそんな男の虚ろな目を見て、何か頭に引っかかるような錯覚をした。

「なんだこれ?なんでこんな狂人の目がこんなにも引っかかる?」


混乱したツカサを再び現実に戻したのは細川の悲鳴だった。

ツカサは反射的に悲鳴のした方を向くと、さっきまでともに戦っていた4人も倒れ、細川が獅子に喰われている瞬間だった。


辺りは血で鮮やかな赤に染まりツカサは抗うことを放棄しようとした時、頭の中で自分に似た声が響いた。


「まだ死ぬことは許されない、抗え。」


その声とともにツカサの五感は一気に研ぎ澄まされた。

細川を平らげ、ツカサに向かってくる獅子。

しかし今のツカサには先程までの恐怖を獅子に対して抱くことはなかった。


今、ツカサにあるのはただ生きたいという願いと獅子に対する殺意のみ。

ツカサは目の前に迫ってくる獅子の爪をくぐり抜けるように避け、獅子の首に刺さっている剣を力一杯押し込んだ。


「ぐがぁぁぁあああ!」

再び獅子は叫ぶが、すぐに立つ力も叫ぶ力も失い絶命した。

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