第4章 暗転する世界
第34話 木原の戦い
この回の主な勢力、登場人物 (初登場を除く)
龍造寺氏 …肥前佐嘉郡を中心に勢力を張る一大国衆。少弐氏に従う
龍造寺
龍造寺
龍造寺
龍造寺
龍造寺
少弐氏 …東肥前の大名。大内氏に滅ぼされ、小田氏の庇護下にある
少弐
小田
大内氏 …本拠は山口 中国、北九州地方に勢力を張る西国屈指の大名
大友氏 …本拠は豊後府内、北九州に勢力を持つ有力大名 少弐氏と友好関係にある
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小田家からの決戦の申し出。
それは龍造寺一門や家臣達を憤慨させた。
何故、和睦の一件だけで逆賊扱いされないといけないのか。
小田家は冬尚の口車に何故乗ってしまったのか。
彼らにとっては青天の霹靂だろう。
だが小田家からの使者に対し、返事は後日と伝え退席させた後、家兼はじっと腕組みをしたまま動かない。
彼の中では一つの読みがあった。
冬尚はともかく、覚派が闇雲に兵を挙げるとは考えにくい。必ず勝算があってのこと。そのために大友に使者を派遣したはずだ。
そして家門は、「大友が本家胤久に少弐再興の話を持ち掛けた」と言っていた。
だがそれは具体的ではないだろう。
覚派がわざわざ大友に使者を派遣したのは、その権威を以て、「少弐・小田が水ヶ江討伐に赴く時は静観しろ」と胤久に釘を刺してもらったのだ。
そして冬尚を擁立したと分かれば、生き残りの少弐旧臣達は小田勢に加わる。
逆に水ヶ江と親しい国衆や地侍達は、少弐の権威を恐れ、水ヶ江に加わろうとしないだろう。
これなら小田・少弐勢だけで水ケ江勢を凌駕出来る。
おそらく冬尚と覚派はそう踏んだのだ。
間違いなく窮地。
しかし残された選択肢は決戦に応じる以外無かった。
冬尚との和睦の道を模索しても、彼は家兼の首を必ず要求してくる。一家の柱をこんな形で失う訳にはいかない。
あとは戦術次第。勝機が全く無い訳ではないのだ。
居並ぶ者達に家兼は事情を説明すると、後日小田家に使者を遣わし、決戦の日取りを決めた。
そして
一人でも多くの者が馳せ参じる事を願って──
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ところが決戦の日の早朝、水ヶ江城外。
そこでは予想外の事態が起こっていた。味方の将兵達でごった返していたのである。
鍋島、石井、野田、他次々と龍造寺傘下の地侍達がやって来る。
培ってきた恩顧を彼らは忘れていなかった。
さらに与賀家からも、当主盛家の甥にあたる常家が駆けつけていた。
盛家自身が表立って援軍に来るのは憚られたのだろうが、培ってきた一族の絆を彼らは忘れていなかったのだ。
我らをここまで導いてくれたのは少弐ではなく、水ヶ江龍造寺である。
今こそその恩に報いる時だ。
そう意気込む彼らを、家兼は感慨深げに城内から眺めていた。
勝たねばならない。
己のためにも、不利を承知で集まってくれた皆のためにも。
そこに二人の子達がやってくる。
「さあ父上、御下知下さりませ」と、晴れやかに促すのは家純。
「皆待ちくたびれておりますぞ」と、笑顔でせかすのは家門。
もう不安はどこかへ消え去っていた。
鎧姿の家兼は皆の前に姿を現し、高らかに小田討伐を宣言すると、境目目指して兵を進めさせたのであった。
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戦闘は互いの領地の中間にある
「ええい、退くな、退くでない!」
龍造寺重臣で先陣の福地
が、戦は小田勢の優勢で始まった。
勢いに押された福地勢は打ち負けて敗走を余儀なくされてしまう。
それを救ったのは家純の子
龍造寺勢を追い立てる小田勢の前に立ちはだかり、勢いを止めようとする。
両勢はたちまち入り乱れて激戦となった。
だが均衡は長くは続かなかった。
「
鍋島清久とその子清正、清房達が率いる赤熊武者二百余りが、乱戦の中に斬り込んできたのである。
田手畷で龍造寺と共に戦った小田の将兵達。彼らが赤熊武者の勇名を知らないはずがない。
先陣に起きた動揺は、次第に小田全軍に広がっていった。
危機を知り慌てて覚派は後詰を送り出す。
だがそれは焼け石に水。赤熊武者の猛攻は止まらない。
そして──
「小田先陣の将、この鍋島孫四郎清房が討ち取った!」
乱戦の中で響き渡る
勝負が決した瞬間だった。
周家と清房は勝ちに乗って突出すると、小田勢を遮二無二追い立て始めた。
算を乱して敗走する兵は脆いもの。次々にその槍の餌食となっていく。
まさに向かうところ敵なし。
あっという間に二人は小田の拠城、蓮池城にまで到達し、城に向かって威嚇する。
もはや小田勢に残された手立ては籠城しかなかった。
だが城まで攻め落とすつもりは当初から無かった。
なので二人は遅れてやってきた清久に促されて退却していく。
こうして覚派を討ち取れなかったものの、小田勢を散々に打ち破り、水ヶ江勢は大勝利を収めたのだった。
一方、蓮池城で敗北を直に見ていた冬尚。彼の顔は青ざめていた。
今回の敗北により、大内に加えて、家中の有力者である家兼が、敵として残ってしまったのだ。
家兼を粛清した上て決起し、東肥前に君臨する大名となる。
彼の再興計画は、ここに練り直しを迫られるのだった。
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やがて龍造寺勢が水ヶ江城へと戻って来た。
誇らし気な表情で談笑を交わす将兵達。それを見て率いた家純や家門も笑顔になっている。
そして軍を解散した後、二人は戦果を報告するため家兼の元を訪れた。
「ようやった。真にようやってくれた……」
二人の目は丸くなった。
家兼が書斎の入り口まで出向いて、二人の手を取って安堵の声を漏らしている。
そして目じりを下げ、感慨深げに何度か頷いていたのだ。
明らかにいつもの父じゃない。
戦国乱世を生き抜いてきた気丈さがない。
そこにいたのはただの家族の身を案じる
すでに家兼は八十三歳になっている。
年を重ねると涙脆くなるもの。もしかしてそうした心境に父もなってきたのだろうか。
上座へと戻りゆっくりと腰を下ろす家兼を、二人は不安気な眼差しを送る。
さらに家兼の口から飛び出した言葉が、家純を硬直させた。
「家純、わしは来年の始めに隠居し、家督をそなたに譲るつもりじゃ。心得ておけ」
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