第4章 暗転する世界

第34話 木原の戦い

この回の主な勢力、登場人物 (初登場を除く)


龍造寺氏 …肥前佐嘉郡を中心に勢力を張る一大国衆。少弐氏に従う

龍造寺家兼いえかね …主人公。龍造寺分家、水ヶ江みずがえ家の当主 一族の重鎮

龍造寺胤久たねひさ …家兼の甥(兄家和の子) 龍造寺惣領にして本家、村中家の当主

龍造寺家純いえずみ …家兼長男

龍造寺家門いえかど …家兼次男

龍造寺盛家もりいえ …龍造寺分家、与賀よか家の当主



少弐氏 …東肥前の大名。大内氏に滅ぼされ、小田氏の庇護下にある

少弐冬尚ふゆひさ …前名興経 少弐家当主 家兼を嫌悪している

小田覚派かくは … 俗名資元 神埼郡蓮池を本拠とする少弐傘下の国衆


大内氏 …本拠は山口 中国、北九州地方に勢力を張る西国屈指の大名 


大友氏 …本拠は豊後府内、北九州に勢力を持つ有力大名 少弐氏と友好関係にある



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 



 小田家からの決戦の申し出。

 それは龍造寺一門や家臣達を憤慨させた。


 何故、和睦の一件だけで逆賊扱いされないといけないのか。

 小田家は冬尚の口車に何故乗ってしまったのか。


 彼らにとっては青天の霹靂だろう。

 だが小田家からの使者に対し、返事は後日と伝え退席させた後、家兼はじっと腕組みをしたまま動かない。


 彼の中では一つの読みがあった。

 冬尚はともかく、覚派が闇雲に兵を挙げるとは考えにくい。必ず勝算があってのこと。そのために大友に使者を派遣したはずだ。


 そして家門は、「大友が本家胤久に少弐再興の話を持ち掛けた」と言っていた。

 だがそれは具体的ではないだろう。


 覚派がわざわざ大友に使者を派遣したのは、その権威を以て、「少弐・小田が水ヶ江討伐に赴く時は静観しろ」と胤久に釘を刺してもらったのだ。


 そして冬尚を擁立したと分かれば、生き残りの少弐旧臣達は小田勢に加わる。

 逆に水ヶ江と親しい国衆や地侍達は、少弐の権威を恐れ、水ヶ江に加わろうとしないだろう。


 これなら小田・少弐勢だけで水ケ江勢を凌駕出来る。

 おそらく冬尚と覚派はそう踏んだのだ。



 間違いなく窮地。

 しかし残された選択肢は決戦に応じる以外無かった。

 

 冬尚との和睦の道を模索しても、彼は家兼の首を必ず要求してくる。一家の柱をこんな形で失う訳にはいかない。

 あとは戦術次第。勝機が全く無い訳ではないのだ。


 居並ぶ者達に家兼は事情を説明すると、後日小田家に使者を遣わし、決戦の日取りを決めた。


 そしてよしみを通じていた国衆や地侍達に、味方するよう書状を遣わす。

 一人でも多くの者が馳せ参じる事を願って──



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 



 ところが決戦の日の早朝、水ヶ江城外。

 そこでは予想外の事態が起こっていた。味方の将兵達でごった返していたのである。


 鍋島、石井、野田、他次々と龍造寺傘下の地侍達がやって来る。

 培ってきた恩顧を彼らは忘れていなかった。


 さらに与賀家からも、当主盛家の甥にあたる常家が駆けつけていた。

 盛家自身が表立って援軍に来るのは憚られたのだろうが、培ってきた一族の絆を彼らは忘れていなかったのだ。

 

 我らをここまで導いてくれたのは少弐ではなく、水ヶ江龍造寺である。

 今こそその恩に報いる時だ。


 そう意気込む彼らを、家兼は感慨深げに城内から眺めていた。

 勝たねばならない。

 己のためにも、不利を承知で集まってくれた皆のためにも。


 そこに二人の子達がやってくる。

「さあ父上、御下知下さりませ」と、晴れやかに促すのは家純。

「皆待ちくたびれておりますぞ」と、笑顔でせかすのは家門。


 もう不安はどこかへ消え去っていた。

 鎧姿の家兼は皆の前に姿を現し、高らかに小田討伐を宣言すると、境目目指して兵を進めさせたのであった。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 



  戦闘は互いの領地の中間にある木原きわら村にて始まった。


「ええい、退くな、退くでない!」


 龍造寺重臣で先陣の福地家盈いえみちは兵達を𠮟咤して戦う。

 が、戦は小田勢の優勢で始まった。

 勢いに押された福地勢は打ち負けて敗走を余儀なくされてしまう。


 それを救ったのは家純の子周家ちかいえだった。

 龍造寺勢を追い立てる小田勢の前に立ちはだかり、勢いを止めようとする。

 両勢はたちまち入り乱れて激戦となった。


 だが均衡は長くは続かなかった。


赤熊しゃぐまじゃ! 赤熊の者達が現れたぞ!」


 鍋島清久とその子清正、清房達が率いる赤熊武者二百余りが、乱戦の中に斬り込んできたのである。

 田手畷で龍造寺と共に戦った小田の将兵達。彼らが赤熊武者の勇名を知らないはずがない。

 先陣に起きた動揺は、次第に小田全軍に広がっていった。


 危機を知り慌てて覚派は後詰を送り出す。

 だがそれは焼け石に水。赤熊武者の猛攻は止まらない。

 そして──


「小田先陣の将、この鍋島孫四郎清房が討ち取った!」


 乱戦の中で響き渡る大音声だいおんじょう。応える大歓声。

 勝負が決した瞬間だった。


 周家と清房は勝ちに乗って突出すると、小田勢を遮二無二追い立て始めた。

 算を乱して敗走する兵は脆いもの。次々にその槍の餌食となっていく。

 

 まさに向かうところ敵なし。

 あっという間に二人は小田の拠城、蓮池城にまで到達し、城に向かって威嚇する。

 もはや小田勢に残された手立ては籠城しかなかった。


 だが城まで攻め落とすつもりは当初から無かった。

 なので二人は遅れてやってきた清久に促されて退却していく。


 こうして覚派を討ち取れなかったものの、小田勢を散々に打ち破り、水ヶ江勢は大勝利を収めたのだった。



 一方、蓮池城で敗北を直に見ていた冬尚。彼の顔は青ざめていた。

 今回の敗北により、大内に加えて、家中の有力者である家兼が、敵として残ってしまったのだ。


 家兼を粛清した上て決起し、東肥前に君臨する大名となる。

 彼の再興計画は、ここに練り直しを迫られるのだった。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 



 やがて龍造寺勢が水ヶ江城へと戻って来た。

 誇らし気な表情で談笑を交わす将兵達。それを見て率いた家純や家門も笑顔になっている。


 そして軍を解散した後、二人は戦果を報告するため家兼の元を訪れた。


「ようやった。真にようやってくれた……」


 二人の目は丸くなった。

 家兼が書斎の入り口まで出向いて、二人の手を取って安堵の声を漏らしている。

 そして目じりを下げ、感慨深げに何度か頷いていたのだ。


 明らかにいつもの父じゃない。

 戦国乱世を生き抜いてきた気丈さがない。

 そこにいたのはただの家族の身を案じる好々爺こうこうやだった。


 すでに家兼は八十三歳になっている。

 年を重ねると涙脆くなるもの。もしかしてそうした心境に父もなってきたのだろうか。

 上座へと戻りゆっくりと腰を下ろす家兼を、二人は不安気な眼差しを送る。


 さらに家兼の口から飛び出した言葉が、家純を硬直させた。


「家純、わしは来年の始めに隠居し、家督をそなたに譲るつもりじゃ。心得ておけ」

 


  


 


 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る