第12話 繫がる三家
主な勢力、登場人物
龍造寺氏 …肥前佐賀郡を中心に勢力を張る弱小国衆。少弐氏に従う
龍造寺
龍造寺
少弐氏 …龍造寺家を傘下に置く北九州の大名
大内氏に滅ぼされたものの再興を果たす
馬場
小田
西千葉家 …肥前東部の
少弐氏に味方していたが、大内に寝返る
千葉
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本陣は意地のぶつかり合いになっていた。
頼周を討ち取り本陣陥落を目論む西千葉勢と、頼周を守って瓦解を食い止めようとする馬場勢。
その攻防は激しさを増し、どちらに勝利の女神が微笑んでもおかしくはなかった。
しかし……
「ぐっ……!」
「あっ、殿!」
負傷した頼周を見て、周囲の家臣達に動揺が走る。
しかし頼周は左肩に刺さった敵の槍を左腕で抱えると、右手で持っていた槍を相手に刺し返す。それは喉元に刺さり、相手はもんどりうって落馬した。
「殿、大事ござりませぬか⁉」
「心配するでない、この程度、傷のうちに入らぬ!」
案じて駆け寄ってきた重臣を制し、頼周は再び敵に向かおうとする。
しかし彼が限界に近いのは誰の目にも明らかだった。顔面は蒼白、肩で息をしながら、槍を持ち上げるのが精一杯なのだ。
無礼を承知で頼周を抱えてでもここから離脱すべきだろう。重臣はそう考えて彼に近づこうとした。
その時だった。
西より
「殿、あれは龍造寺勢にござる!」
「おおっ……」
形勢はたちまち討伐勢有利へと傾いた。
彼らにより敵騎馬隊が一人、また一人と倒されてゆく。しばらくして周囲に敵兵はいなくなっていた。
龍造寺に助けられるのは癪などど考える余裕はない。頼周の心中は安堵で満たされていた。
さらに遅れて小田の援軍も到着。これで馬場勢はようやく態勢を立て直すことができのだった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「よし反転だ、本陣へ向かえ!」
頼周の号令の下、再び集結した馬場勢は勢いよく駆けだしていった。
しかし負傷した頼周は別である。手当のため、味方将兵の奮戦と吉報を待ちながら本陣に残るしかない。
しかし手当ての最中に、想定外の報せが舞い込んできた。
「申し上げます! 敵本陣の将兵が、我先にと退却を始めております!」
「何?」と頼周は呟くと、眉を吊り上げて伝令を睨んだ。
この時、馬場勢は勿論、龍造寺、小田勢共に敵本陣には達していない。
そして敵中央はいまだ譜代家臣達が踏ん張っているはずなのだ。胤勝が負けを認め城へ引き返せと命じるには、あまりにも早すぎる。
考えても分からなかった。
なら自分の目で何が起こっているか確かめるしかない。
頼周はそう判断し、本陣を出て小田勢、龍造寺勢と合流。
警戒しつつ敵本陣へと攻め込んだのだが、難なくそこを占領してしまった。
疑念を深めた頼周はさらに胤勝の本拠、晴気城へと兵を進める。
そして道中にて、ようやく胤勝退却の理由に出くわしたのだった。
(城が……燃えている⁉)
晴気城の西側から、風に靡くように白煙がいくつか上がっているのが見える。
味方が攻め込んだものか、敵の寝返りか?
頼周は速度を落とし、用心しながら城へと接近してゆく。すると火元である城西側に見えたのは日足十二紋の旗。
その中に部隊の大将と思しき者を二人見つけ、頼周は尋問した。
「馬場頼周である。龍造寺勢は我らと共に行軍しているはず。そなた達、何故ここにおるのだ!」
「これは軍監殿、馬上より御無礼つかまつる。それがし龍造寺家兼の嫡男、家純と申しまする」
「同じく次男家門にござる。我ら小城南部鎮圧に向かっておりましたが、目途がたっったゆえ、この城を攻めていた次第」
「何ぃ⁉」
たちまち頼周の眉は吊り上がり、眉間に何本ものしわが重なる。
「偽りを申す出ない! 龍造寺勢が小城南部に入ったのは昨日。わずか二日で南部全域を調べられるわけなかろう!」
「確かに入ったのは昨日でござります。しかし南部で西千葉に味方した者がいるという情報はなく、実際、我らの行軍に立ちはだかる者も無し。そこで誘き出すことにしたのでござる」
「誘き出す、だと?」
家純は龍造寺家の作戦の全容を明かした。
小城南部に入った龍造寺勢は、手勢を二手に分けることにした。
一つは家純、家門が率い、北上し晴気城に向かう。そして城西側の雑木林に向かい火矢を放った。
当然遠方からは城が燃えているように見える。西千葉に味方する者なら晴気城の危機を救いにくるだろう。
それを盛家、胤門の部隊が、道中を待ち伏せて撃破するというものだった。
しかしその作戦に引っ掛かる者はいなかった。
よって小城南部で討伐勢に歯向かう者はいない。いたとしても取るに足らない小勢である。
そう判断した家純、家門達は、本格的に城攻めをすることにしたのだった。
ところがこの話を聞いた頼周の頭の中には、一つの疑問が浮かんでいた。
「昨日作戦を決めたばかりなのに、なぜ今朝城に着いておる? そなた達、実は南部に入る前からすでに別行動を取り、夜を徹してこの城まで進軍しておったのであろう」
「それは深読みにござる」
「そして東部での戦の頃合いを見て火を放ち、胤勝を退却に追い込んだ。手柄を独り占めするためにな。そうであろう、間違いない!」
頼周の読みは当たりである。
しかし聞いていた家門は、挑発するかの様ににやけてみせた。
「良いではござらぬか、結果的にこうして胤勝を追い込めたのだから。何を苛立っておられる?」
「黙れ! 軍監であるわしの目を欺き、勝手に動きおって!」
「これは異なことを申される。全ては偶然の産物、たまたまでござる」
「たまたま……だと⁉」
「左様。たまたま手勢の中に南部出身の者がいて、近道を知っており申した。それに従って行軍したら、たまたま朝方に城に到着し、軍監殿の戦が始まっていた次第。そして火矢を放ち誘いだそうとしたら、南部の者ではなく、たまたま胤勝が引っ掛かった。それだけの事にござる」
「おのれ、減らず口で抜け抜けと……うぐっ」
頼周は顔を真っ赤にしてなお家門に詰め寄ろうとしたが、叶わなかった。傷の痛みがそれを阻んだのだ。
左肩を抑えて背を丸める彼は、馬場重臣たちに支えがあって馬上にいるのが精一杯。慌ててその場を去ろうとする。
ところがそこに現れた白髪の男により、場の空気は一変した。
「家門よ、その辺にしておけ」
「父上」
龍造寺一族、将兵一同は静まり皆頭を下げる。
家兼はそれらの者達を労いながら、その中を悠然と進んで行くと、やがて頼周の前で歩みを止めた。
「頼周よ、傷は痛むか?」
「いや、何のこれしき……」
「後でよく効く膏薬を届けさせようぞ。これより後は籠城戦、胤勝が根を上げるまで包囲するだけじゃ。それを塗って本陣にて養生しておるがいい」
そう言い残し、家兼は踵を返して去っていった。
やがて周囲を竜造寺諸将に囲まれた彼は、次々に報告を受けて指示を出した。
その光景は、多大な龍造寺家の軍功が誰の主導で行われたのかを、頼周にはっきりと見せつけていた。
そして約一月後の五月十二日、胤勝はついに根負けし、密かに晴気城を脱出。城は討伐勢の手に落ちた。
胤勝は三年後の大永七年に城の奪還を目指し挙兵するも、今度は東千葉家と戦って敗北。筑後へと逃れ、浪人生活を余儀なくされたのだった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
討伐勢は目的を果たした。
あとは小城から撤兵するだけである。
しかし頼周は軍監として一番最後まで現地に留まり、他の手勢を優先させた。
その間は特にする事もない。頼周は虚ろな表情で本陣から退却する将兵を眺めていた時、不意に小田資光に声をかけられた。
「撤退する将兵を眺めていて楽しいか?」
「いや、考え事をしていただけだ。大したことではない」
「ふむ……?」
資光は頼周の視線の先を窺った。
見えたのは高らかに翻る日足紋の旗たち。その中で談笑する胤久、家兼、家純、家門らの姿だった。
「いやあ、戦の前は怪しいと思っていたが、いざ共に戦ってみると頼もしい奴らだった。龍造寺、今後は親しくなっておかねばならぬな」
資光はそう語ると、笑みを零して頼周の顔を覗き込んだ。
「どうじゃ、図星であろう」
「ふん、どうだか……」
「ほう、否定はせぬのか。では、今のがそなたの心の内という事で良いのだな」
頼周は鼻息一つ鳴らすと、子供の様にほほを膨らませそっぽを向いた。
しかしその眉は吊り上がらず、眉間にしわが寄ることも無かった。
「はっはっ、隠さぬでも良いではないか。龍造寺と繋がるのは有益だぞ。わしは先ほど、ゆくゆくは縁戚となりたいと御老公に申してきたばかりだ」
「何?」
「御老公は喜んでおったぞ。そなたも繋がっておけ。あの家は御館様にとっても、そなたにとっても頼もしい存在になるであろう」
こうして西千葉討伐は終わりを告げた。
討伐を経て龍造寺、小田、馬場の三家の繋がりは大いに深まり、後に縁戚関係の構築へと発展していくことになるのである。
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