第12話 繫がる三家

主な勢力、登場人物


龍造寺氏 …肥前佐賀郡を中心に勢力を張る弱小国衆。少弐氏に従う

龍造寺家兼いえかね …主人公。竜造寺分家、水ケ江みずがえ当主 一族の重鎮

龍造寺胤久たねひさ …家兼の甥(兄家和の子) 龍造寺本家、村中龍造寺当主


少弐氏 …龍造寺家を傘下に置く北九州の大名

     大内氏に滅ぼされたものの再興を果たす

馬場頼周よりちか …少弐家家臣 綾部城主 筑紫満門の娘を妻に迎えている

小田資光すけみつ …佐賀郡蓮池を本拠とする少弐傘下の国衆


西千葉家 …肥前東部の小城おぎ郡に勢力を持つ。東千葉家と対立中

      少弐氏に味方していたが、大内に寝返る

千葉胤勝たねかつ …西千葉家当主



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 本陣は意地のぶつかり合いになっていた。

 頼周を討ち取り本陣陥落を目論む西千葉勢と、頼周を守って瓦解を食い止めようとする馬場勢。

 その攻防は激しさを増し、どちらに勝利の女神が微笑んでもおかしくはなかった。

 しかし……



「ぐっ……!」

「あっ、殿!」


 負傷した頼周を見て、周囲の家臣達に動揺が走る。

 しかし頼周は左肩に刺さった敵の槍を左腕で抱えると、右手で持っていた槍を相手に刺し返す。それは喉元に刺さり、相手はもんどりうって落馬した。


「殿、大事ござりませぬか⁉」

「心配するでない、この程度、傷のうちに入らぬ!」


 案じて駆け寄ってきた重臣を制し、頼周は再び敵に向かおうとする。

 しかし彼が限界に近いのは誰の目にも明らかだった。顔面は蒼白、肩で息をしながら、槍を持ち上げるのが精一杯なのだ。


 無礼を承知で頼周を抱えてでもここから離脱すべきだろう。重臣はそう考えて彼に近づこうとした。



 その時だった。

 西より日足ひあし紋の旗を掲げた小勢が、突如戦場へ乱入してきたのである。


「殿、あれは龍造寺勢にござる!」

「おおっ……」


 形勢はたちまち討伐勢有利へと傾いた。

 彼らにより敵騎馬隊が一人、また一人と倒されてゆく。しばらくして周囲に敵兵はいなくなっていた。

 龍造寺に助けられるのは癪などど考える余裕はない。頼周の心中は安堵で満たされていた。

 さらに遅れて小田の援軍も到着。これで馬場勢はようやく態勢を立て直すことができのだった。


 


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 「よし反転だ、本陣へ向かえ!」

 

 頼周の号令の下、再び集結した馬場勢は勢いよく駆けだしていった。

 しかし負傷した頼周は別である。手当のため、味方将兵の奮戦と吉報を待ちながら本陣に残るしかない。


 しかし手当ての最中に、想定外の報せが舞い込んできた。


 

「申し上げます! 敵本陣の将兵が、我先にと退却を始めております!」


 「何?」と頼周は呟くと、眉を吊り上げて伝令を睨んだ。

 この時、馬場勢は勿論、龍造寺、小田勢共に敵本陣には達していない。


 そして敵中央はいまだ譜代家臣達が踏ん張っているはずなのだ。胤勝が負けを認め城へ引き返せと命じるには、あまりにも早すぎる。


 考えても分からなかった。

 なら自分の目で何が起こっているか確かめるしかない。


 頼周はそう判断し、本陣を出て小田勢、龍造寺勢と合流。

 警戒しつつ敵本陣へと攻め込んだのだが、難なくそこを占領してしまった。


 疑念を深めた頼周はさらに胤勝の本拠、晴気城へと兵を進める。

 そして道中にて、ようやく胤勝退却の理由に出くわしたのだった。



(城が……燃えている⁉)


 晴気城の西側から、風に靡くように白煙がいくつか上がっているのが見える。

 味方が攻め込んだものか、敵の寝返りか?


 頼周は速度を落とし、用心しながら城へと接近してゆく。すると火元である城西側に見えたのは日足十二紋の旗。

 その中に部隊の大将と思しき者を二人見つけ、頼周は尋問した。



「馬場頼周である。龍造寺勢は我らと共に行軍しているはず。そなた達、何故ここにおるのだ!」


「これは軍監殿、馬上より御無礼つかまつる。それがし龍造寺家兼の嫡男、家純と申しまする」

「同じく次男家門にござる。我ら小城南部鎮圧に向かっておりましたが、目途がたっったゆえ、この城を攻めていた次第」

「何ぃ⁉」


 たちまち頼周の眉は吊り上がり、眉間に何本ものしわが重なる。


「偽りを申す出ない! 龍造寺勢が小城南部に入ったのは昨日。わずか二日で南部全域を調べられるわけなかろう!」


「確かに入ったのは昨日でござります。しかし南部で西千葉に味方した者がいるという情報はなく、実際、我らの行軍に立ちはだかる者も無し。そこで誘き出すことにしたのでござる」

「誘き出す、だと?」



 家純は龍造寺家の作戦の全容を明かした。

 

 小城南部に入った龍造寺勢は、手勢を二手に分けることにした。

 一つは家純、家門が率い、北上し晴気城に向かう。そして城西側の雑木林に向かい火矢を放った。


 当然遠方からは城が燃えているように見える。西千葉に味方する者なら晴気城の危機を救いにくるだろう。

 それを盛家、胤門の部隊が、道中を待ち伏せて撃破するというものだった。

 

 しかしその作戦に引っ掛かる者はいなかった。

 よって小城南部で討伐勢に歯向かう者はいない。いたとしても取るに足らない小勢である。

 そう判断した家純、家門達は、本格的に城攻めをすることにしたのだった。



 ところがこの話を聞いた頼周の頭の中には、一つの疑問が浮かんでいた。


「昨日作戦を決めたばかりなのに、なぜ今朝城に着いておる? そなた達、実は南部に入る前からすでに別行動を取り、夜を徹してこの城まで進軍しておったのであろう」


「それは深読みにござる」

「そして東部での戦の頃合いを見て火を放ち、胤勝を退却に追い込んだ。手柄を独り占めするためにな。そうであろう、間違いない!」


 頼周の読みは当たりである。

 しかし聞いていた家門は、挑発するかの様ににやけてみせた。


「良いではござらぬか、結果的にこうして胤勝を追い込めたのだから。何を苛立っておられる?」


「黙れ! 軍監であるわしの目を欺き、勝手に動きおって!」

「これは異なことを申される。全ては偶然の産物、たまたまでござる」

「たまたま……だと⁉」


「左様。たまたま手勢の中に南部出身の者がいて、近道を知っており申した。それに従って行軍したら、たまたま朝方に城に到着し、軍監殿の戦が始まっていた次第。そして火矢を放ち誘いだそうとしたら、南部の者ではなく、たまたま胤勝が引っ掛かった。それだけの事にござる」


「おのれ、減らず口で抜け抜けと……うぐっ」


 頼周は顔を真っ赤にしてなお家門に詰め寄ろうとしたが、叶わなかった。傷の痛みがそれを阻んだのだ。

 左肩を抑えて背を丸める彼は、馬場重臣たちに支えがあって馬上にいるのが精一杯。慌ててその場を去ろうとする。

 

 ところがそこに現れた白髪の男により、場の空気は一変した。


「家門よ、その辺にしておけ」

「父上」


 龍造寺一族、将兵一同は静まり皆頭を下げる。

 家兼はそれらの者達を労いながら、その中を悠然と進んで行くと、やがて頼周の前で歩みを止めた。

 


「頼周よ、傷は痛むか?」

「いや、何のこれしき……」

「後でよく効く膏薬を届けさせようぞ。これより後は籠城戦、胤勝が根を上げるまで包囲するだけじゃ。それを塗って本陣にて養生しておるがいい」


 そう言い残し、家兼は踵を返して去っていった。

 やがて周囲を竜造寺諸将に囲まれた彼は、次々に報告を受けて指示を出した。

 その光景は、多大な龍造寺家の軍功が誰の主導で行われたのかを、頼周にはっきりと見せつけていた。



 そして約一月後の五月十二日、胤勝はついに根負けし、密かに晴気城を脱出。城は討伐勢の手に落ちた。 


 胤勝は三年後の大永七年に城の奪還を目指し挙兵するも、今度は東千葉家と戦って敗北。筑後へと逃れ、浪人生活を余儀なくされたのだった。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 



 討伐勢は目的を果たした。

 あとは小城から撤兵するだけである。

 しかし頼周は軍監として一番最後まで現地に留まり、他の手勢を優先させた。


 その間は特にする事もない。頼周は虚ろな表情で本陣から退却する将兵を眺めていた時、不意に小田資光に声をかけられた。


「撤退する将兵を眺めていて楽しいか?」

「いや、考え事をしていただけだ。大したことではない」

「ふむ……?」


 資光は頼周の視線の先を窺った。

 見えたのは高らかに翻る日足紋の旗たち。その中で談笑する胤久、家兼、家純、家門らの姿だった。

  


「いやあ、戦の前は怪しいと思っていたが、いざ共に戦ってみると頼もしい奴らだった。龍造寺、今後は親しくなっておかねばならぬな」


 資光はそう語ると、笑みを零して頼周の顔を覗き込んだ。


「どうじゃ、図星であろう」

「ふん、どうだか……」 

「ほう、否定はせぬのか。では、今のがそなたの心の内という事で良いのだな」


 頼周は鼻息一つ鳴らすと、子供の様にほほを膨らませそっぽを向いた。

 しかしその眉は吊り上がらず、眉間にしわが寄ることも無かった。


「はっはっ、隠さぬでも良いではないか。龍造寺と繋がるのは有益だぞ。わしは先ほど、ゆくゆくは縁戚となりたいと御老公に申してきたばかりだ」

「何?」


「御老公は喜んでおったぞ。そなたも繋がっておけ。あの家は御館様にとっても、そなたにとっても頼もしい存在になるであろう」


 

 こうして西千葉討伐は終わりを告げた。

 討伐を経て龍造寺、小田、馬場の三家の繋がりは大いに深まり、後に縁戚関係の構築へと発展していくことになるのである。 


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