第11話 頼周の危機

主な勢力、登場人物


龍造寺氏 …肥前佐嘉郡を中心に勢力を張る弱小国衆。少弐氏に従う

龍造寺家兼いえかね …主人公。龍造寺分家、水ケ江みずがえ当主 一族の重鎮

龍造寺胤久たねひさ …家兼の甥(兄家和の子) 龍造寺惣領にして本家、村中龍造寺当主


少弐氏 …龍造寺家を傘下に置く北九州の大名

     大内氏に滅ぼされたものの再興を果たす

馬場頼周よりちか …少弐家家臣 綾部城主 

小田資光すけみつ …神埼郡蓮池を本拠とする少弐傘下の国衆


西千葉家 …肥前東部の小城おぎ郡に勢力を持つ。東千葉家と対立中

      少弐氏に味方していたが、大内に寝返る

千葉胤勝たねかつ …西千葉家当主



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※  



「今だ、放てーっ!」


 夜明けの白さがまだ残る卯の刻(朝六時頃)、討伐勢と西千葉勢との合戦は、矢合わせを皮切りに開始された。


「斬り込めーっ!」と号令する先陣諸将。それに「おおーっ!」と兵達が雄叫びを上げながら駆けて行く。

 場所は小城郊外にある、起伏の乏しく雑草が生えるだけの荒野。遮るものは何もない。

 そのため両軍の先陣はぶつかり合うと、たちまち大乱戦となった。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 



「申し上げます! 左翼龍造寺勢、敵先陣を突破、二陣を攻撃中。これも打ち破る勢いにござります!」

「何⁉」


 そう伝令が本陣に報告してきたのは、合戦の始まってから一時間程経った頃だった。


 頼周は思わず唸った。報告によると、敵左翼には西千葉家に家臣として取り立ててもらいたい浪人や、褒美目当ての地侍、こうした者達が少なからず混じっている。結束力に乏しい集団なのだ。


 だからといって簡単に突破できるものではないだろう。そう彼は予測していた。だが龍造寺勢の働きは、明らかに予測を上回るものだった。



 逆に自軍の旗色は冴えない。

 戦況の把握がしやすいようにと、頼周は小高い丘に本陣を置いていた。そこから眺めると、自軍の戦線がじりじりと後退しているのが分かる。崩れずにいるのが精一杯なのだ。


 西千葉勢は周辺の国衆や地侍達に、急いで参加を呼びかけて編成した、急ごしらえの軍勢である。とはいえ、やはり恩顧の者達が揃う中央の部隊は別だった。


「やむを得ん、後詰を繰り出せ」


 ここさえ凌げばいいのだ。総数で勝る討伐勢に、西千葉勢はいずれ屈するしかないのだから。

 そう頼周が判断したとおり、馬場勢の救援に入った後詰の働きによって、次第に敵の歩みは止まりかける。



 しかし、その膠着は一時に過ぎなかった。



(何だ、あれは……⁉)



 頼周の双眸に映ったのは、敵陣の後方から土埃をあげて駆ける一団だった。

 瞬く間に前線を突破すると、進攻を留めようと立ちはだかる馬場勢に襲い掛かる。

 その速さは徒歩の者達を嘲笑うかのように翻弄し、馬上から繰り出される槍は、的確に相手を仕留めていく。


 一団の乱入により、戦況は再び馬場勢不利に傾こうとしていた。


「何をしておる! 囲め、囲まぬか!」


 馬場家家臣が何度も発した怒号は、搔き消されるだけだった。

 それを上回って周囲に響くのは、討たれた者、負傷してのたうち回る者達の絶叫や、逃げ惑う者達の悲鳴。

 それらは恐怖心を掻き立て、伝染させる特効薬だった。


「逃げるな、留まれ、敵は小勢だ!」


 すでに馬場勢は混乱状態に陥っていた。

 しかし彼らが態勢を立て直そうと足掻く中で、一団の姿はすでにその場にはなかった。


 奴らは次の獲物を狙いに走り出していたのだ。

 それはつまり……



「敵騎馬隊が来るぞ! 馬廻りの者達に本陣を固めるよう触れ廻れ!」


 馬場家重臣の下知に焦りが滲む。

 それに応じて、本陣周辺にいた将兵達は、鎧の金具を早い拍子で鳴らしながら、急いで持ち場へと向かってゆく。

 やがて本陣に残った者は、頼周と重臣他数名となった。


「殿、ここはもはや危険にござる。ひとまずお立ち退きくださりませ」 

「たわけた事を申すな! あの程度の騎馬隊ごときを防げないでどうする! 軍監たる者が、本陣が落とされそうだから逃げたとあっては、家中の笑い者になるだけだ!」


「ではせめて小田、龍造寺に援軍を乞うて下さりませ!」

「援軍?」


 重臣の進言に頼周の眼は泳いた。

 援軍要請という選択肢は、当然彼の頭の中にある。しかし軍議の場で資光に対し見栄を張った上に、竜造寺に対する疑念も消えていない。


 彼は迷った挙句、その選択肢を頭の中から消した。


「皆の者よく聞け。これよりわしは、将兵を鼓舞するため撃って出る!」

「それはなりませぬ!」

「馬を引けい!」



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 一方、胤久と家兼が見守る中、龍造寺勢は左翼での勝利を確実なものとしていた。後は残党を追撃して、敵本陣へと迫ればいい。

 そう思っていた矢先、急報が舞い込んできた。


「報告! 敵勢すでに本陣へと侵入! 頼周様も負傷なされ、陥落は時間の問題にござります!」


 平伏したまま荒い息使いで使者は叫ぶ。

 しかし何故か陣中は返答がなく静まり返ったまま。使者の話が聞こえていなかった訳ではない。その場にいた皆、困惑して声を上げられなかったためだった。


 馬場勢が押されているのはすでに周知の事実だった。

 しかし頼周から援軍要請は届いていない。


 援軍に向かった方が良いのだろう。

 しかし勝手に向かって頼周の面子を潰せば、いらぬ軋轢を生む可能性がある。

 それを龍造寺諸将は危惧し、動くに動けなかったのだった。


 しかし、結果この有り様である。もはや躊躇いは不要だった。


「あやつめ、意固地になりおって」

「叔父上、いかがいたしましょう?」

「百名ほどならすぐにでも動かせるゆえ、助けに向かわせましょうぞ」

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る