第10話 西千葉討伐

主な勢力、登場人物


龍造寺氏 …肥前佐嘉郡を中心に勢力を張る弱小国衆。少弐氏に従う

龍造寺家兼いえかね …主人公。龍造寺分家、水ケ江みずがえ当主 一族の重鎮

龍造寺胤久たねひさ …家兼の甥(兄家和の子) 龍造寺惣領にして本家、村中龍造寺当主


少弐氏 …龍造寺家を傘下に置く北九州の大名

     大内氏に滅ぼされたものの再興を果たす

少弐資元 …少弐家当主

馬場頼周よりちか …少弐家重臣

小田資光すけみつ …神埼郡蓮池を本拠とする少弐傘下の国衆


西千葉家 …肥前東部の小城おぎ郡に勢力を持つ。東千葉家と対立中

      少弐氏に味方していたが、大内に寝返る

千葉胤勝たねかつ …西千葉家当主 



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「龍造寺とは合流したくない? 今更何を言い出すのだ」



 大永四年(1524)四月、西千葉家を討伐するため、馬場頼周と小田資光は軍勢を率いて合流していた。

 そこから西海道肥前路を西へ進み、佐嘉に至って龍造寺勢を加え、小城に入る事になっていたのである。

 ところがその道中、頼周の思いがけない申し出により、資光は行軍を止めざるを得なくなった。



「討伐の沙汰があった時から考えていたのだが、やはり龍造寺は疑わしい。あの家の惣領、胤久の「胤」の字は西千葉の胤勝から戴いたもの。先祖代々から今なお続く、長年の友好関係をあっさり断ち切れるとは思えぬ」

「あの家が長きに渡り尽くしてきたのは、少弐の御家に対しても同じであろう?」


「それだけではない。そなたもあの場にいたからよく知っておろう、討伐に名乗り出た時の龍造寺の爺の腹黒そうな笑顔を。奴はこの討伐を利用して、己の地位や名声を高めようと画策しておる。間違いない」


「間違いないと申されてもな…… どう画策しておるのだ?」

「合流した後に突如裏切って、我らを西千葉勢と挟み撃ちにしてくるやもしれぬ」



 資光は溜息をつきたい気分になった。

 小田家は龍造寺近隣の蓮池に領地を持つ国衆で、龍造寺家についての情報や評判を得やすい環境にあった。彼は昨今の動向から、龍造寺家がそのような行為に走る家では無いと認識していた。


 しかし頼周の綾部城は佐嘉から遠い。情報の無さが生むのは不安である。そうした地理的環境の違いもあって、両者の龍造寺に対する印象は大きく異なっていた。



「あ! そなた、今、呆れたであろう!」

「当たり前だ。今から龍造寺に出兵するなと伝えるのか? 彼らが納得する訳なかろう」

「分かっておる。それに御館様は龍造寺の爺を信頼しておられる。軍監であるそれがしが、編成から龍造寺を外したと知れば、お怒りになるであろう。そこでだ……」



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「何、手勢を二手に分けてほしい?」


「はっ、我が主頼周が申すには、西千葉が小城郡南部の制圧を狙っているとの報告有り。そこで御家の手勢を二分していただき、片方にはそれらの鎮圧に向かっていただきたい、との事でござります」



 頼周の使者が村中城にやってきたのは、龍造寺勢が今まさに進発しようとしていた頃だった。たちまち困惑した諸将の顔がその場に並ぶ。


 龍造寺家ではそのような動きを把握していない。

 勿論、西千葉の動向については予測していた。胤勝の目は、犬猿の仲の東千葉家があり、討伐軍の侵攻が予想される小城郡東部に向いている。おそらくここに出兵してくるだろう、と。

 逆に小城南部については、今すぐ手を出す余裕はないと見ていたのだ。



「ふうむ、突然申されてもな…… 叔父上、いかがでござる?」

「そのような事情ならやむを得ますまい。急いで南部にいる我ら傘下の者達を、救いに行かねばなりませぬ」


 話はすぐにまとまった。胤久は家兼の意見を受け容れて快諾。

 それを聴いて、頼周の使者は礼を述べると、足早にを去っていった。



「では叔父上、急いで諸将を集めて軍議を開かねばなりませぬな」

「その前に一言申し上げたい。この変更は下策にござる」

「え⁉」


「胤勝の本拠、晴気城は難攻不落と言うほどではござらぬ。ゆえに我らの侵攻に対し、胤勝は城外へ撃って出ねばなりませぬ。逆に我らはその手勢を打ち破り、城へ追い込めば終い。残りは烏合の衆でござる。いたずらに小城南部へ兵を裂き、胤勝に対する手勢を減らすのは、危険と言う他ありますまい」


「しかし、ではなぜ先程はあのように申されたのだ?」

「やはり我らは疑われておるようでござる。おそらく頼周は、当家の兵二千全てが合流してしまうと、裏切られた時、対応しきれない。だが半分なら何とかなる、とでも考えたのでござろう」


「ふうむ、では我らは手勢一千にて胤勝を打ち破り、頼周の疑念を晴らせばよいのでござるな」

「いえ、せっかくなのでこの状況を利用してやりましょう。それがしに考えがござる」



 胤久と家兼は手勢を二分する編成を決めた。

 一つは胤久、家兼らが率い、馬場、小田勢と合流し小城東部へ向かう。

 もう一つは、盛家(与賀家当主)、家純(家兼長男)、家門(家兼次男)、胤門(胤久弟)らが率い、小城南部へ向かう。


 そして家同士の負担を平等にするため、村中本家、与賀、水ケ江分家の将兵達を、それぞれ半分ずつに分けて編成したのだった。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 四月七日、胤久、家兼率いる龍造寺勢は馬場、小田勢と合流し、翌日小城郡へ侵入。

 すると予想通り胤勝は出撃し、小城郊外にて待ち構えていた。

 それをみて討伐軍も相対するように布陣。頼周は諸将を集め軍議を開く。


 その席上、資光が頼周に対し疑問を投げかけた。


「さて、方々の持ち場でござるが、小田勢は右翼、それがしが中央、龍造寺勢は左翼に展開していただきたい」

「そなたが中央? 良いのか、そなたの手勢が一番少数なのだぞ?」


「懸念無用だ。今回の戦は、それがしが御館様に進言して起こしたもの。ゆえに軍監を命じられた以上、本陣はそれがしが、しかと守り抜いてみせようぞ」


「しかし報告によれば、敵中央には譜代の者達が、集まっているそうではないか。中核を成す士気高い者達を、相手にするのはいささか厳しいであろう」


「ほう、そなた侮っておるな? 我ら馬場勢は御館様への忠心厚き者達ばかり。士気の高さなら、急ごしらえの西千葉勢に後れを取るものではない」

「そうか、そこまで申すのなら、異存はないが……」


 資光はなおも心の中に懸念を残していたが、口にするのをやめた。

 頼周はそれを見て次の話題に移ろうとする。ところが奥から聞こえてきた年老いた声に阻まれた。


「頼周よ」

「いかがなされた、御老公?」


 家兼は頼周を直視して呼びかけた。

 対して頼周も家兼をまっすぐ見据えている。

 爺が自分の顔を見て、何かを推し量ろうとしている。


 そう察した頼周は努めて平静を装った。疑念を抱いている者に自分の腹の中を読まれるのは、誰でも癪に障るものである。


 しかし頼周の読みに反し、家兼はすぐに肩の力を抜くと、穏やかに語り始めた。


「あのな、そなたの任はまず勝つことじゃ。そのために我らに援けてほしい時あらば、素直にそう申すがよい。一人で何とかしようとして、取り返しのつかぬ事態に陥るでないぞ」



 それは裏表を思わせない優しい声色だった。

 何故この期に及んでそのような事を言うのか?

 予期せぬ思いやりに、思わず頼周の口は半開きとなり、視線が家兼から逸れる。彼に対する疑念と言う塊は、わずかだが溶解していた。


 しかしここは軍議の場である。頼周は軽く咳払いをして再び平静を装った。


「今の御言葉、よく覚えておきましょう」



 

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