第9話 若輩惣領

 主な勢力、登場人物


龍造寺氏 …肥前佐嘉郡を中心に勢力を張る弱小国衆。少弐氏に従う

龍造寺家兼いえかね …主人公。龍造寺分家、水ケ江みずがえ当主 一族の重鎮

龍造寺胤久たねひさ …家兼の甥(兄家和の子) 龍造寺惣領にして本家、村中龍造寺当主


少弐氏 …龍造寺家を傘下に置く北九州の大名

     大内氏に滅ぼされたものの再興を果たす

少弐資元すけもと …少弐家当主

馬場頼周よりちか …少弐家家臣 綾部城主 筑紫満門の娘を妻に迎えている


西千葉家 …肥前東部の小城おぎ郡に勢力を持つ。東千葉家と対立中

      少弐氏に味方していたが、大内に寝返る

千葉胤勝たねかつ …西千葉家当主 


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「ではその御役目、この龍造寺がお引き受けいたそう」



 その一言で家兼は、広間にいた諸将の視線を一身に集めていた。

 当然だろう。七十になる家中の長老が、不敵に笑いながら応諾しているのである。

 彼の思惑が読めるはずもない諸将からすれば、その様子は不気味さしか感じなかった。


「おお、御老公、龍造寺勢が加わってくれれば心強い。しかしここで即答せずとも、村中本家や与賀の家に相談してから、返事しても良いのじゃぞ」

「いえ、放っておけば侮られるだけ。早急に鎮圧すべきでござる。両家にはそれがしが帰路にて赴き、必ずや説得してご覧にいれましょう」


 それを聞いて、資元が「宜しく頼む」と笑顔を見せると、諸将に安堵の空気が広がった。

 ただし一名、頼周を除いてである。彼は眉間にしわを何列にも寄せ、じっと家兼を見据えてまま。


 しかし家兼がその気配に気づいて視線を送ると、たちまち彼は顔を強張らせてそっぽを向いてしまう。

 その思春期の子供のような分かりやすい挙動に、家兼は内心で苦笑するしかなかった。



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 さてその帰路、家兼は村中城へと足を運んだ。

 龍造寺三家の長、惣領である胤久を説得するためである。



 村中本家は家和が引退した後、嫡男である胤和が当主となったが、若くして亡くなってしまう。そのため弟の胤久が後を継いでいたのだった。


 村中城は慣れ親しんだ実家である。家兼は入城すると、出くわした家中の者達と挨拶を交わしながら悠然と広間へと向かう。


 対して慌てたのは胤久だった。

 なにせ夜になってから、一族の重鎮の不意の来訪である。家兼が広間に着座してから数分後、額に汗を浮かばせながら、足早に上座へと姿を現した。



「いやいや、叔父上お待たせして申し訳ござらん。突然の御来訪、いかなる用向きでござりましょう?」


「本日、御館様よりお召しがあって勢福寺城に赴いて参った。ご存知やもしれぬが、西千葉の胤勝が大内に寝返り申した。それについて意見を求められた次第」

「え、勢福寺城にお召し……?」


  胤久は二の句が継げなかった。

 今日の集まりは正式な評定ではなく、資元が頼みとする者を集めて意見を聞いただけにすぎない。


 しかし少弐家中の長老とはいえ、分家当主にすぎない家兼が招集されたのに、龍造寺惣領である自分は、呼ばれていないのである。彼はプライドを傷付けられて、たちまち苦虫を噛み潰した様な顔に変わった。


「そこで討伐するにあたり、馬場、小田両家から二千五百の兵を出す事となり申した」

「左様でござったか。馬場殿もわざわざ遠方から御足労な事じゃ、はは……」


 と、そこで二人の会話は途切れた。

 胤久は家兼からの言葉を待っていたが、場は静まり返ったまま。替わりに真っ直ぐな視線を向けられていた。


 自分が何故その様な事をしているのか、胤久は分かっていない。そう察した家兼は、静かに口を開いた。



「他に何か思うところはござらぬか、惣領?」

「え……」

「討伐に赴くのは、当家よりも遠方の者達なのですぞ。小城に隣接する佐嘉の我らが、この出兵を傍観してて良いのでござるか?」


「ああ、そうでござるな。ではとりあえずその是非を家臣達に諮ってから……」

「無用でござる」

「え?」


「惣領の御名の「胤」の字は、胤勝より授かったもの。そのような当家と胤勝の間柄を、少弐家中の者達は怪しんでおりましょう。我らが今後とも少弐傘下の立場を貫くのならば、ここは断固として出兵せねばなりませぬ」 


「う、うむ、では龍造寺三家合わせて、一千ほど兵を出すよう下知致す。これでいかがかな?」


「一千⁉ 何故出し惜しみをなさる?」

「いや、小田と馬場で二千五百。ならば一千程送っておけば、充分面目が立つと思いまするが……」



 家兼は思わず口をあんぐり開けてしまった。


 事の重大さが理解できていない。

 この時、龍造寺家の勢力基盤は主に佐嘉郡だが、小城郡にも僅かに領地があり、よしみを通じる者を抱えていた。家兼の娘は、小城郡芦刈村の国衆、徳島盛秀に嫁いでいる。


 こうした龍造寺勢力内の者達に、西千葉家からの襲撃や調略の手が伸びる恐れが出てきたのである。


 そして西千葉家が軍を起こせばどうなったかについては、すでに川副の戦いという前例がある。龍造寺領に戦火が及ぶ危険があるのを予測するのは、難しい事ではないだろう。


 しかし不思議な事に、胤久の頭の中では降りかかろうとしている火の粉が、そよ風ぐらいにしか認識出来ていなかった。



 家兼の顔は紅潮し、その拳は小刻みに震えていた。

 そこでようやく、自分が頓珍漢な事を述べたと悟った胤久は、家兼を心配して覗き込んだ。


「あの、叔父上……?」

「兵は二千! 奴が小城にいるうちに、我らの全力をもって叩き潰すべきでござる!」

  


 

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