第8話 満門謀殺
主な勢力、登場人物
龍造寺氏 …肥前佐嘉郡を中心に勢力を張る弱小国衆。少弐氏に従う
龍造寺家兼 …主人公。龍造寺分家の水ケ江家当主 一族の重鎮
龍造寺家門 …家兼の次男
少弐氏 …龍造寺家を傘下に置く北九州の大名
大内氏に滅ぼされたものの再興を果たす
少弐資元 …少弐家当主
馬場頼周 …少弐家家臣 綾部城主 筑紫満門の娘を妻に迎えている
筑紫正門 …満門と対立する筑紫一族の武将
大内氏 …山口を本拠に、中国、北九州に勢力を張る西国屈指の大名
筑紫満門 …東肥前大身の国衆。少弐傘下だったが、大内に攻められて降伏する
西千葉家 …
少弐氏、龍造寺氏と友好関係にある
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大永四(1524)正月、水ケ江城に急報が届いた。
頼周が満門を綾部城に誘い入れて、見事討ち取ったというのである。
ただただ驚愕するしかなかった。
いかにして頼周は謀ったのか? 何故満門ほどの武将が引っかかってしまったのか?
家兼は龍造寺の情報網を駆使し、早急にその詳細を掴むべく動いた。
その経緯が明らかになったのは数日後。順序立てて話すると以下のようなものであった。
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評定で大見得を切った後、頼周は拠城の綾部城に籠って、満門謀殺の作戦を練った。
相手は背後に大内が控える大身の国衆。加えて経験豊富でこれと言って隙が無い。
そこで思いついたのは、舅・婿の関係を利用して、自分の領内に満門を招き殺害する事だった。
そのためにはまず自分に対する警戒を、満門に解いてもらわねばならない。
頼周は一計を案じた。資元や筑紫正門と密会を重ね、筑紫家中の者への調略や満門領内の砦や村への襲撃を依頼したのである。
そして自分は、妻である満門の娘に対し、資元や正門に依頼した事をさりげなく漏らした。
「御館様は筑紫家臣の誰々を味方に引き入れようと、何度も書状のやり取りをしているようだ。我々が事を荒立てぬ様にと諫めても、舅殿をひどく憎んでおられ聞きいれて下さらぬ」
「近々、正門が境目の砦を焼き討ちしたいと、御館様に申しておった。砦がもし正門の手に渡れば、舅殿は大いにお怒りになるだろう。わしはそなたの実家と弓矢を交える事になるやもしれぬ。それは辛い」
戦国時代、他家から嫁いできた妻は、嫁ぎ先と実家とを繋ぐ外交官、そして嫁ぎ先の動向を実家に報せる諜報員の役割を担っていた。
なので頼周が漏らした事は、満門の娘を通じて密かに筑紫家に伝えられたのである。
当初満門は半信半疑だった。
しかし娘からの直筆の書状である。念のため少弐の調略や攻撃に対して警戒することにした。
すると数日後、家臣から資元からの調略があった事や、正門が境目の砦を襲って撃退されたとの報告が入った。娘の書状にあったとおりであった。
さらに以後数回、頼周から娘によってもたらされる情報により、満門は少弐の謀略や攻撃を退ける事に成功する。
頼周は筑紫のために少弐の内情を漏らしてくれる恩人。そう思った満門は、次第に彼に心を許すようになったのである。
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そして翌大永四年(1524)正月半ば、転機が訪れた。
頼周と満門の娘との間に生まれていた子供が、重病に掛かったのである。
苦しむ我が子と狼狽える妻を横目に、頼周の頭に浮かんだのは好機の二文字。彼はすぐに妻を通じて満門に対し、綾部城へ孫の見舞にこられぬかと誘った。
警戒を解いていた満門は十八日、家臣達を引き連れて急いで綾部城へと出立。
それが彼の運の尽きだった。数時間後には城内にて頼周の手勢に囲まれ、家臣ともども骸と化してしまったのである。
だが筑紫家中の者達が、これを知って怒らないはずがない。
すぐに彼らは戦支度を済ませ、数百の兵と共に綾部城へと押し寄せる。
だがそれは頼周の予期していたところだった。その道中に彼は手勢を伏せ、不意を襲って打ち破ってしまう。
積年の鬱憤を晴らした瞬間だった。頼周は意気揚々と城へ戻る。
それとは逆に城を去っていったのが満門の娘。彼女は事件を大いに嘆き、馬場家に暇乞いをすると、父の菩提を弔うため剃髪して出家してしまうのだった。
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「父上、驚きましたぞ、頼周が大金星を挙げたそうでござるな! いやあ、領内でもその話題で持ちきりでござる」
「だが、金星と称えておるわけではあるまい。どうせ人でなしだの、畜生だのと、悪評ばかりが飛び交っておるのだろう?」
「仰せのとおり。金星と称えておるのは我々位のものでござる」
水ケ江城内の家兼の居間を訪ねてきたのは、次男の家門だった。
長男の家純に比べて体も大きく、剛毅な性格の彼は、居間にずかずかと入ると、皮肉を込めた薄ら笑いを浮かべながら腰を下ろした。
そしてここで私たちは、注意しなければならない点がある。
武士は勝利第一主義、何がともあれまず勝つことを重視していた、と言う事である。彼らは功を成してこそ、生き延び、家や血脈を守る事が出来るのだから。
なのでこの場合、頼周に対する評価が、武士とそれ以外の身分の者とで、大きく異なるのは当然だった。
家門の顔を見て、家兼もにやりと笑みを浮かべた。
「おっ、父上も何やら嬉しそうでござるな?」
「嬉しい誤算じゃ。正直、わしは頼周を甘く見定めておった」
「気性が荒く脇が甘い。いつかその言動で自らを危機に陥るやもしれぬ、と」
「そうじゃ。だが気骨があり、満門を欺くほどの策謀にも長けた者だと分かった。他の少弐に従う者達を見てみよ、ほとんどが長いものに巻かれる事しか頭にない。あの者は家中で台頭してくるだろう。親しくなっておく価値は間違いなくある、龍造寺が少弐に属しておる限りな」
と、そこまで楽しそうに語っていた家兼だったが、急に目を落として溜息をついた。
「だが問題がある」
「ほう?」
「切っ掛けが無い。佐嘉と綾部城では遠すぎて接点がないのじゃ。切っ掛けがなければ、頼周が龍造寺に興味を示す事は無いであろう。何とかならぬものか……」
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そんな悶々とした思いを抱きながらも、やがて季節は夏へと移った。
すると切っ掛けは、思わぬ方向から舞い込んできた。その詳細を少弐資元からの書状で知った家兼は、すぐに勢福寺城へと向かった。
「おお、御老公、急に呼び出してすまぬのう」
「西千葉家が寝返ったと伺いました。いかに対処なされまするか?」
西千葉家の当主、胤繁は川副にて敗れた後、筑前へ逃亡。そして数年後、肥前へと帰国したものの若くして急死しまう。
そこで彼の養母である千葉胤資の妻は、新たに肥前国衆、横岳資貞の子、胤勝を養子に迎え当主にすえた。
この胤勝が大内の調略に乗っかり、少弐から寝返ったのである。
「頼周が何度か当家に戻れと説得したが、返事は無かったそうじゃ。反逆の意志は明らか。よって討伐せねばならぬ」
「御館様、その御役目でござるが、この頼周と小田殿にぜひお任せ下され」
と、家兼と資元の間に割って入った頼周が、隣にいた肥前東部の蓮池を本拠とする国衆、小田資光と共に頭を下げる。
資元はそれを聞いて「おお、そうか」と一瞬顔を明るくさせたが、何を思ったのかたちまちその明るさは消え、真顔に戻ってしまった。
「いかがなされました?」
「いや、気持ちは嬉しいが、今回は小城近隣の者に頼もうかと思う。そなたがわざわざ綾部城から赴くのは難儀であろう」
「懸念無用でござる。胤勝は交渉役のそれがしを無視し、御館様に背く者。見過ごす事は出来ませぬ。小城に近い蓮池の小田殿と連携し、必ず退治してご覧に入れまする」
「そうか、ならば頼むとしよう。いかほど兵を引き連れてゆく?」
「両名合わせて二千五百ほど」
「ううむ、それでは些か心許ないだろう。他に誰か討伐に参加し、両名を援けようと思う者はおらぬか?」
と、資元が呼びかけるものの、下座の家臣や国衆達は静まり返ったまま。金と人手がかかる面倒事なのだ。首を突っ込みたくないのは、誰もが同じだった。
しかし、これを好機到来と喜んでいた者が一人いた。
「ではその御役目、この龍造寺がお引き受けいたそう」
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