第2話 家兼の諫言

主な登場人物


龍造寺家兼 …康家の五男 主人公

龍造寺康家 …龍造寺家当主 

龍造寺家和 …康家の次男

龍造寺胤家 …康家の長男


少弐政資 …龍造寺家を傘下に置く大名、少弐家の当主。

      追放されて流浪の身



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※  



「それでは大内は勝てませぬ」



 その一言で上座から足早に去ろうとする、少弐政資の歩みが止まった。


「何じゃと……誰じゃ、今勝てぬと申したのは誰じゃ!」

「それがしにございます。龍造寺康家の五男、家兼と申しまする。政資様の御意向、我らしかと承り申した。されど当地にお越しになられ、すぐに戦を始められるのはいかがなものにございましょう?」


「こ、これ、家兼、控えぬか」



 政資の睨む顔に康家は慌て、自分の後ろに控えていた家兼を小声で制止する。しかしその声は家兼の心に届いていなかった。



「将軍の命により追放された身でありながら、乱を企んでいる。そう思われれば将軍の心証はさらに悪化いたしましょう。そして『少弐を討伐せよ』と、親しい大内に仰せになるのは必定にござりまする」

「……乱じゃと⁉」



 凍り付いた場の中、平伏したままの家兼の耳に政資の足音が近づいてくる。

 やがて足音が止まり顔を上げてみると、目の前には怒気をはらんだ政資の顔があった。



「良い度胸をしておるのう、そなた。大宰府は少弐の本拠じゃ。それを奪還するという、我らの宿願を乱だと断定するとは」

「それがしの意にあらず、将軍の胸中を察したまでにござります」

「そのような言い訳が通じると思うたか! たかが弱小国衆の五男坊の分際で無礼であろう!」

「恐れながら、大内と争ってはなりませぬ。あの家は今や西国最強。戦えば必ずや御身を滅ぼすことになりましょう」



 家兼はそこから滔々とうとうと大内について話し始めた。

 将軍に近いだけでなく、四か国の守護職にあり、大陸と貿易をして栄え、将兵は精強であること。


 そしてこれに対抗するには、まず将軍からの赦免を待つべきである。その上で大内領内で内乱が起きた時、動き出すのが最良であると。


 しかし聞くにつれて政資の口元は歪むばかり。それは諫言を受け入れる度量がない事を示していた。



「赦免? 内乱? そのようなものを呑気に待っておられるか! ぐずぐずしておったら臆病者だ、腰抜けだと世間のあざけりを受けるだけではないか。大内が何ほどの者じゃ、じきに蹴散らして我らの武を見せつけてくれる。康家!」


「は、はいっ……」

「今後、この出来損ないの息子の目通りは許さん。次目の前に現れたら、成敗した上で龍造寺との縁を切る。よいな!」



 鬼の形相の政資はそう言い残し、広間から去っていった。

 ところが怒気を含んだ足音が消えても、しばらく家兼の姿勢は平伏したままだった。政資の顔を直に見た嬉しさから笑みが零れ、顔を上げる事が出来なかったためである。



(顎や頬がだらしなく弛み、その目や口ぶりには驕慢の色がうかがえる。あれは加齢によるものじゃない。大宰府にいた頃から酒などの享楽に溺れていたのであろう。この方では少弐の今後は危うい……)



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 そして佐嘉来訪から約半年後の文明十四年(1482)秋、政資はついに兵を挙げた。

 宣言通り、大内に味方する九州探題渋川氏の居城、綾部あやべ城を落とすなどして東進し、大宰府への帰還を果たしたのである。



 以後、政資は勢力拡大に躍起になってゆく。


 文明十八年(1486)十月三日、肥前東部の小城おぎ郡に勢力を持つ、西千葉氏の当主、千葉胤朝たねともが弟に殺害される事件が勃発。


 政資はこれに介入し、自分の弟である胤資たねすけに胤朝の娘を娶らせ、西千葉家の当主の座につかせた。

 これにより西千葉家は以後、少弐にくみすることとなったのである。


 

 さらに以下の様に筑前、肥前にて暴れまわった。


・延徳元年(1489)十一月、肥前養父やぶ郡の城山にて再び渋川氏と戦い撃破。


・翌年には九州本土の最西端の郡、松浦まつら郡の伊万里氏を攻めて降伏させ、続けて豊後の大友氏と共に筑後に入り、再度渋川氏を追討。


・ 明応元年(1492)の夏には博多近くの箱崎にて大内勢と交戦。


・ 明応三年(1494)正月、今度は上松浦に出兵。四月に平戸の松浦氏を降らせると、その最中に軍を返して、筑前怡土いど郡にあった原田氏の居城、高祖たかす城を襲った。



 そしてこの政資の積極的な軍事行動は、筑前守護であり、少弐を敵視する大内氏をついに本気にさせた。







 



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る