龍の戦国 佐賀龍造寺氏戦記譚 家兼編

浜村心(はまむらしん)

第1章 龍造寺三家の成立

第1話 流浪の貴人


「佐嘉にてわしをかくまえですと⁉ お断りくだされ!」





 戦乱の世の開幕を告げた応仁の乱。それからしばらくたった文明十四年(1482)のこと。

 肥前国佐嘉郡(現在の佐賀県佐賀市)を治める国衆、龍造寺氏に、うららかな春の陽気を吹き飛ばし、背筋を凍らせるほどの衝撃が走った。


 原因は一通の書状だった。差出人は少弐政資しょうに まさすけ。当時、龍造寺家を従えていた北九州の大名、少弐家の当主である。



 国衆とは戦国時代、大名の支配下にあって、地方を治めた在地の豪族の事を言う。

 龍造寺氏は有明海に面した佐嘉郡を中心に、代々勢力を維持してきた弱小国衆であった。


 それに比べ少弐氏は、かつて大宰少弐(大宰府次官のこと)の地位にあった一族で、最盛期には三前二島(豊前、筑前、肥前、壱岐、対馬)の五ヶ国の守護しきを有していた、北九州の名門だった。


 だが政資は自らの権威を過信し横暴を働いてしまう。

 筑前の宗像むなかた大宮司家に古くから伝わる宝物を強奪したり、上松浦かみまつらの豪族に対し、何の落ち度もないのに所領を没収したり。


 そのためこれを知った将軍足利義政は激怒。

 政資は本拠地の大宰府から追放を命じられ、流浪の身となってしまっていたのである。



 書状を読んでたちまち青ざめた当時の竜造寺当主康家やすいえは、三人の息子、長男胤家たねいえ、次男家和いえかず、五男家兼いえかねを呼んで協議することにした。



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「あのな家和、簡単に断れなどと申すでない。政資様は気性の荒い方。この話を断れば生涯当家を憎むであろう」

「荒いからこそ断るべきでござる。追放されたのは自業自得。勝手気ままな方の逗留は、騒乱の種になるだけじゃ」

「従っておいた方が安泰だと思うがのう…… 政資様は一度没落した家を再興させた名君ぞ」



 当時の北九州には有力な大名が三つ存在した。少弐氏と豊後の大友氏、そして守護職として豊前、筑前を治める山口の大内氏である。


 このうち少弐氏は大内氏と敵対関係にあり、何度か交戦。結果当主が討ち死にするなど敗戦を重ねたため、勢力を弱体化させてしまっていた。

 しかし政資は、それを一時的ながらも、復興させた功績を残していたのである。



「胤家はどうじゃ?」

「はっ、招く以外の選択肢は無いものと心得まする」

「兄上⁉」


  家和は左隣に座る胤家に怪訝な顔で振り向いた。


「家和まあ聞け。当家は代々少弐に従う事でこの地を守ってこられたのだ。ならば少弐が困っておる時、恩顧の我らが支えないでどうする」

「うむ、そうじゃな」


「あと周辺の国衆達も多くが少弐に従っておりまする。ここで断って、少弐と龍造寺は不仲であると噂にでもなれば、彼らは我々を危険視するでしょう。ゆえに少弐とのよしみにひびを入れるべきではござりませぬ」

「よくぞ申した。我が意を得たりじゃ。すぐに承諾の返書をしたため……」


「お待ち下され父上。政資への肩入れは、将軍と背後にいる大内を敵に回すことになるのですぞ。今一度お考え直しを!」


 そう言って詰め寄る家和だったが、康家は嫌悪の色を露わにしてこれを無視。胤家に再び向き直って告げた。


「すぐに使者を遣わせ。返事を待たせては政資様の機嫌が悪くなるだけじゃ」

「はっ、されど父上その前に……おい、家兼」

「はい?」

「そなた先程から黙ったままだが、何ぞ考えるところないのか? 遠慮は無用じゃ、申してみよ」



 促された家兼は、この年働き盛りの二九歳。

 長身で細身、そして額が広く穏やかな顔つきの壮年武将であった。


 彼はそれまで腕組みをしつつ無言のままでいた。物事を一歩引いた立場で考えるのが性分に合っているのである。

 しかし突然促されたため困惑の色を浮かべたものの、やがて意を決して語り始めた。


「顔でござる」

「え……」

「父上、問題は顔でござる。あの方はわざわざ当家を指名してきたゆえ、何かと理由をつけて断っても、来訪を覆すのは多分困難でござろう。ならばせめて対面した際に顔をしっかり見ておかないと」


「よくわからん、何だそれは? 顔を見てどうするのじゃ?」

「顔はその人の生き様を刻むものにござる」



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 こうして康家は少弐政資の申し出を受諾。数日後、佐嘉へと赴いた政資と、拠城村中城の広間にて対面することになった。


 しかし長旅の疲れのせいもあり、初対面にも関わらず政資の目は虚ろで口は半開き。そして上座に座るや否やあくびを始め、他の者が平伏しているのをよい事に、その様を隠そうともしなかった。


 

「そなたが康家か、こたびの計らい大儀である。皆も面を上げよ」

「ははっ、はるばる大宰府より足をお運びいただき恐悦至極にござります。我ら政資様のため、領内の与賀よかと申す所に館を設けた次第。是非そこに御逗留の上、長旅の疲れを癒していただけましたなら、幸いにござりまする」


「うむ。あらかじめ申しておくがの、儂は長居するつもりはない。少弐の本拠はあくまで大宰府。そこに帰還することこそ我らの宿願じゃ。分かるな? そのためにはまずこの肥前にて、早く足場を固めねばならぬ」


「それはまさか……この地にて戦を起こすおつもりでございますか?」

「当然であろう。肥前には儂にくみする国衆が多くおる。それらを従えて敵対するものを屈服させてゆけば、やがて万の兵になろう。そうなれば大宰府奪還はたやすい事じゃ。いずれそなたにも動員を命じる。左様心得ておけ、よいな」


「……かしこまりました」

「よし、話はこれまでじゃ。皆大儀であった。儂は疲れた故、その館にて休ませてもらうぞ」


 戦が近い事に項垂うなだれた康家を含め、平伏した下座の者達にはろくに目を向けず、政資は足早に上座から去っていく。


 しかしその歩みは、康家の後ろに控えていた家兼の声に遮られた。



「それでは大内に勝てませぬ」

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