特別編・私の大切な人

長い長い、夢を見ていた。もう一つの人生と言っても過言ではないくらいの毎日を過ごした。それでも、ただの夢だと思っていた。彼女に再会するまでは――


「ち、ちーちゃん!?」


夢の世界に現れた眼鏡の女の子。突然あだ名で呼ばれて、どうして知っているんだろうと疑問ばかりが頭を過った。でも、数回言葉を交わすうちに気づいてしまった。私がずっと忘れることなく想っていたあの子だと。


まだ小学校低学年の頃、海に近い公園で私は一人迷子になっていた。その上、お父さんとお母さんを探すために走っていて転んでしまった。座り込んで泣いていると、


「これ」


急に頭上から声がした。見上げれば、可愛い絵柄の絆創膏をにこりと笑いもせず、つっけんどんな表情で差し出す女の子がいた。驚いた私は泣き止んで、恐る恐る初対面の女の子からもらった絆創膏を受け取る。けど、幼い私はその可愛い絆創膏を使うのがもったいなくて、中々使おうとしなかった。


「使わないの?」


「これ、可愛いから……使って汚れちゃうのかわいそう」


ぎゅっと大事に握りしめる私に、女の子は冷静に言った。


「そっか……どっちにしろ、洗った方がいーよ。こっち来て」


私を水場に連れて行くと、患部を丁寧に洗い流す。


「あ、ありがとう……」


「あと、それ使わないなら、ハンカチとか代わりになりそうなの使って」


言われたとおり、自分の持っていたハンカチできゅっと結ぶ。それを見た女の子は頷くと、どこかへ歩いて行こうとする。


「あ、待って……!お名前、なんていうの?」


「……梅原七瀬」


ぶっきらぼうにフルネームを名乗ると、そのまま行ってしまった。


「ななせ……ななせ、ちゃん」


また会えるかどうかも分からないのに、教えてもらった名前をつぶやく。そうして絆創膏を大事にポケットへしまい、お母さん達を探しに駆け出した。それ以来七瀬ちゃんは、私にとって大切な人として心の中にいた。


その日からだった、私が不思議な夢を見るようになったのは。


お嬢様で、自分の意思をはっきりと持った幼なじみのひめちゃんこと姫乃ちゃん。強くて、優しくて……私にとって憧れだった。中学生になって、ひめちゃんに恋人ができる。相手はなっちゃんこと那月ちゃん。ひめちゃんのピンチを颯爽とたすけた、王子様みたいな女の子。三人で過ごすことが多くなって、現実の世界はもちろん、夢の世界でもとても充実していた。


ただ一つ、大切な人に再会したいという願いだけを残して。


そんなある日、私が高校生になる前のこと。近所の親しくしていたお姉さんに夢の話をすると、その話を元にゲームのシナリオを書いても良いかと聞かれた。それに二つ返事で承諾して、発売した現物も送ってもらったものの、結局確認しないままだった。


大切な子、七瀬ちゃんと夢で再会して、七瀬ちゃんがいなくなってしまってからは、私も夢が見られなくなってしまった。幼い頃から見てきて、多くの時間を過ごした夢の世界。再会した七瀬ちゃんとその世界を同時になくしてしまった。心の中にぽっかり穴が空いたように感じていたけど――


「ちーちゃん、ですか?」


七瀬ちゃんはまた、私の名前を呼んでくれた。


そして今、初恋の人である七瀬ちゃんは私の隣にいる。……恋人として。


「七瀬ちゃん、これは夢じゃないよね……?」


「夢じゃないよ、現実だよ。……だから、もうこの手は離さないんだから」


繋がれた左手をさらに強く握られる。その言葉に安心しながらも、


「離してもらわないと困るよ~学校とか行けなくなっちゃう」


冗談めかして言いながらも、同じ強さで握り返した。不思議な思い出と一緒に、これからも私と七瀬ちゃんは二人で思い出を紡いでいく。あれはきっと、夢のようなものだったのかもしれない。でも、本当にあったことなのは変わらない。


「七瀬ちゃん」


名前を呼ぶと、ばちっと目が合う。一瞬、初めて会ったときの幼い七瀬ちゃんの面影が重なって見えた。懐かしさとか嬉しさとかいろいろなものがこみ上げてきて、思わず微笑む。


「ありがとう……会いに来てくれて」


七瀬ちゃんと出会えたことが、私の幸せだよ。本人に言うのは恥ずかしくて、そっと心の中でつぶやいた。

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百合ゲームの世界に入ってしまった私はあの子を幸せにしたい 星乃 @0817hosihosi

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