7 最終話


 美由は今回で最後にしようと決めた。

 それは片思いへの終焉だった。

 結果はどうなろうと思いを伝えようと思った。

美由は店に最後のつもりで電話をかけた。

「あの、笠間です。レイさんをお願いします」


          ◇


 最初にレイと出会ったホテルで、最初の部屋を美由は選んだ。

 レイも、美由との思いへの決着が近いことを肌で感じていたのかいつもの軽い調子ではなく、どこか真面目な面持ちだった。

 今回はお互い静かにシャワーを浴び、それこそ清めるかのように身体を丁寧に洗った。

 いつものようにベッドへ座ったとき美由が沈黙を破るかのように口を開いた。

「私に貴女を養わさせて……」

レイはその言葉が来るのを心のどこかでわかっていた。

 わかっていたはずなのに答えが出てこなかった。

「美由さん、私は……」

「ダメ?」

「私も美由さんのこと……好きです。でも、お店で禁止されてますし」

「いくら必要?」

美由は自分でも言ってはいけないことだとわかっていながら言葉に出していた。

 もう後には退けない。

 もうこの言葉の前には戻れない。

「貴女、魅力的だから他の方にも声をかけられているでしょ?」

「それは……」

 レイが言い淀んだ。

「貴女からしたら迷惑なのはわかってる。でも、せめて、思いだけは伝えさせて。……レイさん、好きよ……」

 美由は初めて人に自分から好きだと伝えた。

 それはとても遅い、初恋を今、やっと吐き出すことができたのかもしれない。

 今まで好きになった人たちに言えなかった言葉をレイに全てをぶつけるように委ねるように。

 年齢が離れていても、この瞬間は同級生に告白するような気恥ずかしさがあった。

「…………」

 いつも必ず言葉を発するレイが下を向いて押し黙った。


――沈黙も一つの解答か。


「貴女は真面目な人だから……」

 美由はフッと笑った。

 レイの頭を自分の胸に抱き寄せた。

「今日で最後にしましょう」

 レイの耳元に唇を寄せ、今にもイキそうな声で言った。

「今までで一番激しいセックスをしましょう」

「美由さん……」

 美由はレイを押し倒しレイの手を強引に自分の胸に寄せた。

 

 ――ほら、もうこんなに気持ちが昂っているでしょ。 


「私が貴女を生みたかった」

「美由さんから生まれたら違う人ですよ。貴女も今の美由さんじゃない人だったかもしれない」

「タイムマシンがあったら二十歳の私に会ってレイさんを生んでもらうの」

「その子は私とは違う人ですよ」

「それなら……」

 美由は少し声を尖らせて言い切った。

「今日ほど遺伝子が憎いと思ったことはないわ」

「今日の美由さん、いつもより面白い」

「今日で最後だから」

「最後だなんて……」

「レイさんが私以外の女の子を抱いたり、抱かれていることを思い出したとき、苦しくなっちゃったの。仕事なのはわかっているのに」

「お店からレイさんが休みって聞いたとき心配だった。看病したくて、薬局で薬や栄養ドリンクをいっぱい買ったの。お家もわからないのに馬鹿だよね」

「その気持ちが嬉しいです」

「正直、こんなに好きになるなんて思わなかった」

「……」

「私はセックスがしたかった。今はレイさんに抱かれたい」

 美由は静かに涙を流していた。

 レイは美由を抱きしめ小さい子どもを慰めるように美由の背中を撫でた。


 ――まただ。また、私が子どもみたいに。


「そう言っていただけて嬉しいです」 

「レイさん、好きになってごめんなさい」

自分のためにも相手のためにも好きになってはいけない人がいる。

 相手を困らせないために、自分を破滅させないためにも。

「これ以上、貴女と身体を重ねたら取り返しがつかないほど貴女に依存してしまう」

 レイは静かに美由の言葉を聞いた。  

「私は貴女を困らせたくない。貴女に嫌われたくない」

 ――今、この時にも嫌われているかもしれない。

「レイさん、私……」

「今、この時間、私は美由さんのモノです」


 もっと自分が若ければ。

 もっと彼女が年を重ねていたら。

 別の形で出会えていたら。

「私の初めてが貴女だったら良かったのに」

 あったかもしれない可能性はお金を積んでも手に入らない。

 どうして私は四十歳なんだろう。

 どうして彼女は二十歳なんだろう。

 全てが憎くて己の出生までを否定したい。

 どうして彼女と同じ年に生まれなかった。

 どうして彼女は私と同じ年に生まれてくれなかった。


 レイは別れ際に小さな紙を渡してきた。

「……また後で……」 

「……うん」 

 美由は黙って服のポケットに紙をしまった。


         ◇


 美由は家に帰り、すぐさま紙に書いてある番号に電話をした。

 電話はすぐに繋がった。

「も、もしもし笠間です……」

「美由さん……あの、レイ……です」

「レイさん……」

 番号はレイの個人番号だった。

「今週にはお店をやめます」

「え?」

 しばらく間が空き、レイの息を吸う音が聴こえた。

「私は笠間美由さんに恋をしてます」

美由はスマフォを取り落としそうになった。

「それは、同情でなの?」

「同情で恋して仕事やめませんよ。それに、いつ電話番号を書いた紙を用意したと思っているんですか?」 

「……」

「一応、仕事……だったので、あのとき上手く返事を出来なかったんです」

「でも、本当はいけないんでしょ?」

「だから、仕事をやめるんです。いえ、このことがバレてら罰金つきのクビですからね、だから、そうなる前に自主退職する訳ですよ」

「そんなバカな……」

「バカ……ですよね……。でも、そうさせたのは貴女なんですから、その……」

 悪戯な少年みたいに唇を尖らせて俯くレイの言葉を遮るように美由は決心を声に出した。

「責任取らなきゃね。ううん、取らせて、お願い!」

「……良かった! ああ、その、もちろん、私も新しい仕事探しますよ」

「だったらまた役者はどう?」

「でも私は……」

「貴女はまだ二十歳じゃない」

 それはいつかレイが美由に言った言葉の引用だった。

「そうですよね。私は『まだ』二十歳で良いんですよね」

 レイの声に涙が混じっていた。

「私が貴女の夢を叶えるお手伝いをしたい。その上で貴女と付き合いたい。貴女を好きでいたい」

「私も美由さんともっと一緒にいたい。美由さんを知りたい」

「知ったら私を抱けなくなるんじゃないの?」 

「ならない……と思います」

「今、変な間があった」

 お互い電話越しに笑い合い、二人の恋は始まっていく。

 それは不器用な二十歳と四十歳の季節外れの春だった。





                           了



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四十歳の誕生日を迎えて試しにレズビアン風俗を利用してみたら二十歳下の女の子にガチ恋した。 シイカ @shiita

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