響け、歌よ青春よ

氷雉

響け、歌よ青春よ

9月にもなると1,2年の子たちは新人戦が近いらしい。


まだ誰もいない「練習室1」で、HRの担任の言葉を思い出した。


「勉強も部活も同じ。“皆さん”きっと、走り込みとか、素振りとか、そういう基礎的な練習を積んで、練習試合で実践力をつけて、そして本番で力を発揮してきたはずです。受験もそうですよ」


(“皆さん”ですか)


きっと彼も、運動部以外は部活だと思ってないんだろう。



◆◆◆



コートで練習するテニス部と、その横を走り抜けるバスケ部が、窓越しに見える。




――「中学校」という舞台の主人公は「彼ら」であり、「私達」はどうやっても脇役どまり。



そう思い始めたのはいつ頃だろうか。


「彼ら」にはどんな小さな地区大会でも壮行会がある。

たとえ一回戦敗退だったとしても、「がんばったね」「お疲れ様」と沢山の人から声がかけられる。


「私達」は違う。


県で金賞をとって、ブロックコンクール、支部大会で入賞して初めて、部長が全校集会で賞状をもらうだけ――




――別に注目を浴びたいわけじゃない。


ただ、運動して汗水垂らすのがあるべき姿だと思っている世の中の大人たちに、エアコンの効いた音楽室にいる私達がはみ出し者だと思われるのは、どうにも解せなかった。



◆◆◆



「茉莉ちゃんが一番最初に来てた?ねー何ボー〜っとしてるの…あと3日もな・い・ん・だ・よ」


おっと――来た。我らがアルトのパートリーダー、辻田佳子。

物腰は柔らかいが、だいぶ鬼である。


「はいやります今すぐやりますよ…」


いそいそとグランドピアノを持ってきてアルペジオを弾くのは私の役目である。


「mmmmmmmm〜♫」

「パパパパパパパパパ〜♫」


発声練習をしていると大体人が来る、わけでもない。

兼部が多すぎる。最後の一時間だけ駆け込んでくる、なんてこともザラ。

でも今日はマシな方かも。



「バスのパートリーダーどこ行った?」

「あいつ数学で居残り食らった」

「うわまじかよw」

「俺らだけでやるかぁ、パート練」



内申目当てで入ってくる男子部員もいるが、気にしない。

女声合唱もやったことあるけど、やっぱり男声の、この世界が深く感じるような声が、好き。



「すみませんね会議が長くて…」

そして無駄にきれいな声で遅れてやってくる教師。


「昨日ね、新人戦前の兼部員にこっちを優先させてもらえませんかって、各運動部の顧問の先生方に頭を下げてたらしいの」


佳子に耳打ちされた。

先生は、いつもほんとに熱心だ。働きすぎなので倒れてしまわないか心配ではあるが、なんか倒れてでも指揮をしそうな感じすらする。いや、ダメか笑。




これが私達の9月だ。そしてパートリーダーが言うように、私達3年生にとって最後のコンクール、その支部大会は明後日に迫っていた。



◆◆◆



カラスのカァカァという声がオレンジ色の空に響く。


今の鳴き声、ファとファ#の間くらいだったな。


いわゆる絶対音感があるらしく「歩くピアノ」なんて呼ばれるが、こうやって全部反応できてしまうのは実はけっこう、疲れる。


「茉莉ちゃん」


後ろから佳子に声をかけられた。


「あれ、佳子バスでしょ」


「親が塾通いなさい、って」


「あーそうなの。やっぱ受験生だよなあ…」


「念の為ね…でも茉莉ちゃんみたいに難しい学校受けるわけじゃないから」


「私志望校言ったっけ」


「いつも学年1,2位の人が私達なんかみたいに地元の徒歩圏内のトコ行かないでしょう」


クラスが違うから特別仲良くしてるわけじゃないけど、佳子はこういうのがホント鋭い。


「茉莉ちゃん図星?ふふ、まあいいや、明後日、頑張ろうね」


「うん、頑張ろ。」


向こう側の交差点でクラクションが鳴った。


今のは、たぶんシ♭。



◆◆◆



出番が午後の遅い方だったので、ちょっとだけ期待していた前泊はなくなってしまった。ただやっぱり、隣県まで特急で行くとなると遠足気分が抜けない部員が多い。特に男子。


「うわぁ〜さすが学年トップの坂村茉莉サン、電車の中でもお勉強ですかぁ」


「男子黙れって」


「茉莉ちゃんキツすぎ笑」


「そうだぜ坂村ちょっとは辻田のおしとやかさを学んd…」


「茉莉ちゃんに文句言う暇あったら楽譜見返したらどうかな?」


男子たちもわかってくれたようだ。

佳子の笑顔ほど怖いものはないということに。





そうこうしているうちに、駅についた。


ホールは駅にほど近いところにある。なんでもヨーロッパの有名な人が設計したとかで、よく響くとプロでも評判のところだ。


練習場所を先生が借りていたので数時間練習し、いよいよ本番である。





カタカタと、履き慣れないローファーの音がなる。

順番が前の学校が演奏に入った。

クラス合唱で歌ったことのある曲だ、私指揮やったやつ。

でもなぜかどこか、遠くで鳴っているような感じがする。

頭がぐわんぐわんなる感じがした。

どうしてだろう。お昼はちゃんと食べたはず。

誰かに腕を掴まれた。



「…ちゃん。茉莉ちゃん。」


「ん?ああ…」


佳子が呼んでいたらしい。


「茉莉ちゃん。緊張してるでしょ」


緊張。ああ、これが緊張ってヤツなのか。

相変わらず、佳子は鋭い。

でもなんだか、怖い。今までの大会だって、合唱の指揮だって、模試だって、緊張なんてしたことなかった。


「頑張って練習してきたから緊張するの。だから緊張はいいことなんだよ。後ちょっと茉莉ちゃんに必要なのは…」


「スマイル」


そういって、両手で私の頬をくいっと持ち上げた。


「主役は、私達。自信持って、楽しも!」





主役―そうか、主役か。





自分で言うのも何だが頭が他の人より良かったせいで、世の中をどこかナナメから見ていた。


文化部は主役じゃない。


学校はそう扱う気がない。


だからせめて、結果は残さなきゃ。


これまで思ってきたことは、ある意味では事実だ。

ただそうやって、自分の可能性を勝手に狭めてきたのもまた、事実だったのかもしれない。


「次の学校さん登壇準備お願いしまーす!」


スタッフさんの声がする。

ステージは、私のもの。「私」が主役。

ふうっと、肩の力が抜けた気がした。


「うん。最高の音、響かせよう」



◆◆◆



帰りの電車の中。


「やっぱり全国は厳しいね」


「ダメ金でも立派だよ」


ダメ金―金賞だけど全国には行けないやつ。それでもうちの学校じゃ十数年ぶりの快挙だったらしい。


「…ねえ茉莉ちゃん、私、受験頑張ってみようかな。」


「いきなりどうしたの」


「ちょっと遠いけど、電車で一時間くらいのとこの私立の女子校があって。合唱、全国常連なの。やっぱり、このままじゃ終われないなって。」


思わず目を丸くしてしまった。佳子が自分からそういうことを言うイメージがなかった。


「も、もちろん茉莉ちゃんなら目瞑っても入りそうなトコだけど…今から目指すとか、馬鹿げてるかな」


馬鹿げてなんてない。今からちゃんと勉強すれば可能性はある。合唱で推薦だって狙える。


「やっぱ無r…」


「佳子」


「うん?」


「あんたが言ったじゃない」


「え?」


「『主役は、私達。自信持って。』」


そう。人生はステージだ。壇上に立つ自分が、主人公。

どんな音を響かせるかは、自分次第。


第一幕が下りた。

ちょっと休憩してもいい。

第二幕が、すぐに始まる。








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