第3話 大団円ー散りゆくは美しき名古屋の夜

 戦場に放り込まれた俺は、ただ困惑していた。

 屈強な体で武装したエルフたちをなぎ倒していく、筋肉ムキムキに異常進化した、頭が鶏で体が人間の怪物。あれがシロの言っていた名古屋コーチンなのか。

 そして戦場には、元の世界で何度も耳にしたあの曲『中日ドラゴンズ』のテーマが流れている。


「なんだよこれ……」

 俺はそう言うしかなかった。

 こんな地獄になぜ、神は俺を放り込んだのか。

 そして俺は今から、何をすることになるのか。


「グオオオオオオオッ!」

 俺の乗っている、金鯱の頭を持った巨大な甲冑のようなロボット『デラダイミョウ』が吼える。

 こいつはどうやら自分の意識を持っているらしい。

 そう思ったとき、俺は自分の腕に接続された採血管から、自分の血が抜けていく感覚を味わった。

 病院の採血で一瞬頭が白くなる、あの感覚だ。


 同時に、デラダイミョウが走り出す。

 俺は座っているだけで、何の操作もしていない。このロボットが勝手に動いているのだ。

 名古屋コーチンの群れの中に躍り出て、腰に携えた刀を抜き放つ。

 その日本刀は刀身が熱を発しており、周囲に陽炎が揺らめいた。

 

 デラダイミョウは五匹の名古屋コーチンの腕を、日本刀で斬り裂いた。

 斬られた瞬間、名古屋コーチンの体は熱され、熱々の焼き鳥になる。

 弾き飛ばされた腕もまた、瞬く間に火が通り、大きな手羽先となった。

 

 デラダイミョウの進撃は止まらない。

 名古屋コーチンたちは反撃しようとするが、自分の倍以上の大きさの巨大ロボットに対しては、いくら大柄な怪物でもなすすべもなかった。


 手羽先と焼き鳥が戦場に転がっていく。山のような豪華ディナーが築かれていった。


 コクピットからエルフたちを見下ろすと、彼らはしきりにこちらに手を合わせたり、拝んだりしていた。

 あの人たちは、俺の乗っているロボットを神だと思っているらしい。

 実際これが神様の類でも俺は驚かない。

 

 デラダイミョウの圧倒的な力に、名古屋コーチンの群れは散り散りになって逃げていった。

 デラダイミョウは追撃しようとする。

 しかし、俺の体の血がもう限界だった。


 血がなくなり機能停止したデラダイミョウに、わっとエルフたちが歓声を贈る。

 救世主の到来を彼らは喜んでいた。

 しかし俺の意識は、深く暗い淵に沈殿していった……。


   ・


 目が覚めると、そこはシロの家だった。

 見慣れた天井が視界に入ってくる。俺は上半身裸で寝かされていた。

 傍らにはカツパン老人が椅子に座っていた。

「血が足りないだら。どて煮だ。食え」

 老人の手には皿があり、甘辛く煮付けた動物の内臓が盛られていた。箸がその脇に添えられていた。


 俺はそれをひったくり、一気にかっ込んだ。

 どて煮は親父が好きだった料理だ。口の中に親父の味がするようだった。

 嫌いな親父だったが、この時ばかりはなぜか涙が溢れてきた。

 さすがに、どえりゃあうみゃあ、とは言わなかったが。


「体力付けたら、次の出撃があるまで待て。あんたにはこの先、過酷な運命が待っとるがね……。夜になったら、あんたが料理した手羽先パーティーだ。元気があったら来るといい」

 そう言ってカツパン老人は部屋を出ていった。

 がらんとした部屋に、俺一人だけが取り残された。


「……どうなっちゃうんだろうなぁ、俺……」

 血を採った傷口にガーゼを当てられた手首を見ながら、俺は他人事のようにぼやいた。

 このままあのロボットに血を抜かれてミイラになるのだろうか。

 それは神のみが知ることだった。


   ・


 名古屋コーチンの本拠地は、荒れ地に聳える巨大なピラミッドだった。

 カースト制が徹底しており、上流階級ほど上の階に住める。

 最上階では、首脳たちが机を突き合わせて会議をしていた。


「まさか、あの兵器を動かせる人間が現れたとは……」

「我々の戦力では太刀打ちできん」

「ならば、あの秘密兵器を出すしかあるまい……」

 年老いてしわしわの顔をした、名古屋コーチンの首脳たちは全員うなずいた。

「『グランパスドラゴン』だな……」

「我々も、あれを制御しきれているとは言えない。しかし事は重大だ。あれを使うしかないがね」

「そうだぎゃあ、封印を解こまい」

 それで一同は合意したようだった。

「では会議を終了する。机をつれ」

 首脳たちは机を引き、掃除がしやすいように元の場所に戻すのだった。


   ・


「また敵襲だぎゃあ!」

 エルフの村で、ドゥームが大きく振動し、内部は大わらわになっていた。

 エルフたちが各自の家から武装を持ち出し、戦闘準備を始める。その様は、戦闘民族とは到底思えなかった。

「慌てるな! 我々には救世主様がいる!」

「そうだ! 救世主様が敵を全部やっつけてくれるんだ!」

 そうした声も聞こえてくる。


 俺は胃が痛んだ。

 俺はただコクピットに座っているだけなのに。俺の血を喰らい、暴れまわる兵器が活躍しているというだけなのに。

 そんな複雑な思いを抱えていると、後ろから声をかけてくる者がいた。


「利家様!」

 鈴を鳴らしたような声。シロの声だった。


「頑張ってくださいね」

 人間とは単純なものだ。

 シロのその言葉を聞くと、なぜだか力がみなぎってくるようだった。

 俺はシロに頷き、デラダイミョウの眠っているハンガーへと急いだ。

 シロもまた、セントラルタワーズに向かって、自分の使命を果たしに走った。

 そんな日々がしばらく続いたのだった。


   ・


 ある日……。

 名古屋コーチンの居城のピラミッドの地下では、ぐつぐつとマグマが煮えたぎっていた。

 マグマの中では、何かの影が巨大魚のようにうねっている。

 火口の縁に、百人の名古屋コーチンが立っていた。

「これより我ら、グランパスドラゴンに手羽先を捧げる!」

 全員が同時にそう宣言し、マグマの中へ飛び込んでいった。

 マグマの中でとぐろを巻く龍は、生贄を飲み込み、その目に闘志を燃やした。

 そして、ピラミッドの地下より地響きを立てて這い出た。

 龍の全貌が、下からマグマに照らされ明らかになる。

 シャチのように白い目のような模様が頭についた、鰭のついた黒い龍だった。

 デラダイミョウに勝るとも劣らない体躯を持つ龍は、地上に出ると、生贄の怨念の的となる名古屋ドゥームへと向かっていった。


   ・


「ドゥームの南西、巨大な敵が迫ってきます!」

 セントラルタワーズの管制室で、隊員が叫ぶように言う。

 司令室にいるカツパン老人は、モニターに表示された敵の姿を見て息を呑んだ。

「奴ら、秘密兵器を持ち出してきたか……」

 カツパン老人はマイクを手に、なるべく冷静な口調を崩さずに言う。

「デラダイミョウを南西の方角に配置しろ、これが最終決戦となるだろう。繰り返す。これが最終決戦となるだろう……」


   ・


「巨大な敵だと?」

 俺はハンガーから射出され地上に出た、デラダイミョウのコクピットの中で眉をしかめた。

「司令部からの要請です。至急、敵を殲滅してください」

 俺に通信を送るシロも、切迫した声だった。

 そう言われても、俺にできるのはこのロボットに座って、血を送ることだけだ。

 巨大ロボット『デラダイミョウ』は、自分の敵がどこにいるかわかっているように、荒れ地をのしのしと歩いて行った。

 エルフの軍隊は、その後を追っていった。


 しばらく行くと、荒れ地の向こうに巨大な影が聳えていた。

 鯱のような模様をした、巨大なドラゴン。

 こんなものを見ても動揺しないくらい、俺の心は色んな信じられないものを見て訓練されていた。


「グオオオオオオオッ!」

 また、『デラダイミョウ』が咆哮する。敵を前にして威嚇しているのだろう。


「ギシャアアアアアアッ!」

 龍もまた咆哮した。


 そして瞬きすら許さぬ間に、二体の巨体がぶつかり合った。

 大気が震え、轟音が響き渡った。


 『デラダイミョウ』は腰の剣を抜き放ち、ドラゴンに斬りかかる。

 しかしドラゴンの鱗は厚く、熱された剣ですら、突き刺さっても致命傷には至らない。


 ドラゴンは血しぶきをあげながら、デラダイミョウを投げ飛ばす。

 受け身も取れず、背中からデラダイミョウは荒野に倒れこんだ。

 衝撃で鎧のいくつかは剥がれ、左腕がへし折れた。


「ああっ……」「救世主様が……!」

 エルフたちが口々にそんな声を漏らす。

 俺はというと、投げられた時の激しいGに血反吐を吐いていた。

(……血、無駄遣いしちまったな……)

 自分の胸に吐き散らされた鮮血を見て、俺は冷静にもそんなことを考えていた。

 

 その瞬間、また目の前が白くなる。

 デラダイミョウが俺の血を吸ったのだ。

 デラダイミョウが起き上がり、体勢を立て直す。

 鯱のドラゴンの口から火球が放たれ、周囲に着弾し、火の手を上げた。

 炎の中、デラダイミョウは敵を見据える。

 背中に装備されていたバスター・ランチャーが展開し、巨竜に狙いを定めた。

 

 巨竜は一直線にこちらに向かってくる。

 狙うは先ほど剣でつけた、傷……。


 一瞬の隙をついて、デラダイミョウのバスターランチャーが火を噴いた。


 大気をつんざき、エネルギー弾が発射される。


 地上を覆うガスがめくれ上がり、あたりの靄が一気に吹き飛ばされる。


 そして、エネルギー弾はドラゴンの傷口に着弾した。


 ドラゴンの体は膨れ上がり、次いで爆発した。


 爆風により、名古屋ドゥームが激しく揺れた。近くにいたエルフたちが吹っ飛んでいく。


 そして、戦いは終わった。


 赤茶けた大地にたたずむ、ボロボロになった金色の巨大ロボット。

 風が恐ろしい音を立てて吹き荒れ、砂を飛ばす。


 そんな巨大ロボットに向かってくる少女がいた。


「シロ……」


 それが誰かは、顔をよく見なくても分かった。

 俺が外に出たい、と念じると、コクピットが開いた。


「利家様!」

 シロはデラダイミョウのコクピットに飛び込むと、ガスマスクを外す。


「お怪我はありませんか?」

「満身創痍だよ……ハハッ……」

 俺は力なく笑った。体のあちこちから血が噴き出ていた。


「今回の戦闘で、長年誰も動かせなかったデラダイミョウのデータが取れました。今後はこのデータをもとに、量産型巨大ロボットの生産に着手する予定です。そうすれば、利家様一人がこんな辛い思いなんかせずに……」

「……そうか」

 俺はお役御免、ってわけだ。


 瞬間、俺の体が燐光を発した。

 青白い光が俺の体を包んでいく。

 轢き逃げされたときと同じ感覚だった。


「利家様、まさか再びタイムリープを……?」

 俺の体の異常に気付いたのか、シロが顔色を変える。


 俺は精一杯の笑顔で答えた。

「じゃあな、シロ」


 シロは口を押え、驚いた表情をしていた。

 それっきり俺の意識はぷつりと途切れた。

 異世界との縁は、その時が最後だった。


   ・


 深淵に沈んでいた俺の意識は、急速に浮上していった。

 目の前に白い天井が飛び込んでくる。どこか、シロの家の天井と似ていた。

 そこは病院の中だった。

 俺は水色の病衣を着せられ、ベッドに寝かされていた。

「あっ……気が付かれましたか」

 おばちゃんの看護師が俺の気配に気づいたのか、ベッドの周囲を覆うレースから顔を出して、俺をのぞき込む。


「大変でしたねぇ……轢き逃げされたものの、軽傷で済んだのは良かったですが、三日間も昏睡状態だったのには説明がつかなくて……とにかく、顔色も悪くないですし、検査の結果次第では退院も近いかもしれませんよ」

 そう言ってまたレースの向こうへ出ていった。


 俺は交通事故の後、昏睡状態にあったのか。

 では、今までのは全部夢だったのだろうか。


「いや……」


 夢であるはずがない、夢だと思いたくはない。

 腕から血を抜かれた感覚も、戦場で戦った感覚も確かに、この手に残っている。

 数日後、精密検査を受けて異常なしとの判断をされ、退院した後も、俺は胃世界、いや未来での感覚を忘れられなかった。


 病院の外から眺める空は、ドゥームとは違い、曇っておらず、澄み渡ってどこまでも広がっている。

 俺は病院の出口でしばらく立ち往生していたが、やがて決心を固めた。


「……よし」


 俺の生きた一万五千年後があいつらの生きる場所であるなら。

 一万五千年後にまたタイムスリップした俺があいつらと出会えるなら。


 今の時代を必死に生きよう。そして、少しでも未来がよくなるように、自分にできることを精一杯やろう。


「これでいいんだよな、シロ……」


 青空にあの白皙の美少女の顔が透けて見えるようだった。


 明日からまたハロワ行こう。

 俺はまだ見ぬ人生に、また俺の人生のその先にあるものを見据え、前に進んでいった。


 それから……少しだけ名古屋のことが、前より好きになったかもしれない、と思った。

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一万五千年後の名古屋は異世界と化したようです。 樫井素数 @nekoyamato

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