第2話 発進! 金ぴかの最終兵器

「まず知っていただきたいのは、我々の種族は、核戦争『大破壊』を『名古屋ドゥーム』に守られて生き残り、残された木曽川の清純な水と、八丁味噌による美肌効果で若さと美貌を手に入れた、『味噌エルフ』なのです」

 シロのの言葉を聞いている俺は、自分でもわかるくらい顔に生気がなかった。

 ティータイム中だったが、煎茶は冷め、食卓に乗せられた『ういろう』も固くなりつつあった。


 これがラノベお決まりの異世界転生なら、どれほど良かっただろう。

 しかしここは、現実と地続きの未来なのだ。

 未来に飛ばされた自分はどうなるのだろう。そうした不安しかなかった。

 しかも目の前の少女は意味不明なことばかり言ってくる。

 どうやらエルフたちは、自分たちの住む名古屋に誇りを持っているらしい。そうでなければ子供に名古屋発の喫茶店のメニュー名を名付けたりしないだろう。


「しかし困難をやり過ごした我々にも、新たな外敵が現れたのです。彼らは我々を滅ぼし、新たな名古屋の支配者となるべく、日夜我々に攻撃を仕掛けてきています……。我々も、もはやジリ貧状態となり、救世主の到来を待ち望んでいました」


 なりは美少女だが、シロが何を言ってるのかわからない。馬鹿にされているとしか思えない。これは夢なんだろうか。車に轢かれた俺が、病院にて今際の際で見ている夢。だとしたら、俺は最悪の形で生涯を終えるのだろうか。


 そのとき、ずん、と地響きがした。

 共にシロの家から出ると、ドゥームの壁全体が振動しているようだった。


「来ましたね……」

 シロは震える手で、隣の俺の手をつかんだ。

「あなた様にさっきの話を聞かせたのは、あなた様こそが名古屋を救う英雄になりえるからなのです。こちらにいらしてください」

 そう言って俺をいずこかへと引っ張っていく。

 思ったより力は強く、引き離すことはできなかった。抵抗しても無意味なのがわかっていたので、彼女の足取りについていくしかなかった。


   ・


 名古屋の中心。セントラルタワーズ。おそらく一万五千年前から変わっていない、こう言うと錯誤があるが近未来的な外観のそれは、モダンファンタジーな周囲の建物から浮いていた。

 入り口にはセキュリティゲートがある。

『大須商店街に行くにはどこの駅で降りる?』

 ゲートの指紋認証にシロが手をかざすと、パスワードを言えと機械音声が流れた。

「上前津」

 シロが即答すると、自動ゲートは開いた。


 セントラルタワーズに入り、エレベーターで最上階に上る。

 そして出たところで目にしたのは、様々な機材が並ぶ『基地』であった。特撮にて怪獣対策チームが本拠地にしているような基地、あの雰囲気があった。


「状況は?」

 先回りしてここに来ていたのか、中央の指令室でカツパン老人が、コンソールパネルを操作している隊員たちの一人に問いかけていた。

 作業員が顔を上げ、答える。

「敵はドゥーム全体を取り囲み、攻撃を続けています。今すぐ軍隊を出撃させましょう」

 その光景に俺は言いようのない不安感を覚えた。


「なぁ……あんたら、一体何と戦ってるんだ? 俺に一体、何をしろって言うんだ?」

 俺がその問いを発すると、その場にいた全員がこちらを向いた。

 その目には期待感が込められていた。


「こちらへ……」

 シロはまた俺の手を取り、管制室の隅にあるエレベーターに乗せる。

 エレベーターに長いこと乗る。

 セントラルタワーズを突き抜け、地下にまでのびているようだった。

 エレベーターが開くと、そこは洞窟になっていた。

 壁面にはヒカリゴケが生えているのか、洞窟内は比較的明るかった。

 洞窟には巨大な壁画が刻まれていた。

 おそらくこの名古屋ドゥームらしい、半円状の建物、そして鶏の頭と人間の体を持つ怪物が、武器を携え建物に向かっている。

 エキゾチックな印象のある絵だったが、なぜこれがここにあるのかは理解できなかった。


「遥か昔、『大破壊』の直前……事故で我々の飼育していた『名古屋コーチン』が、ドゥームの外に出てしまったのです。彼らは汚染された台地の影響を受け、突然変異し、人間並みの知能を持つ怪物となりました。彼らは人に飼育されていた恨みを忘れてはいません」

「は? 名古屋コーチン?」

 神妙な顔で言うシロに、俺は怪訝な顔を向けざるを得なかった。


「彼らは自分たちこそが、名古屋の正統な血を受け継いだ、名古屋の支配者であると思っています。我々味噌エルフから名古屋の土地を奪い返しに来るのです」

 にわかには信じがたい話だった。というより、こんな話を聞かされても誰も信じないと思った。

 シロは俺に向き直り、きらきらとした目を向けてくる。

「しかし、正統なる名古屋人のあなた様がここにいる。あなた様であれば、失われた名古屋人の血をもって、奴らを殲滅できるでしょう……」

「ごめん、意味がわからな……」

 困惑する俺を、ぐいぐいとシロは引っ張っていく。


 洞窟の片隅に通路があり、そこを抜けると、兵器のハンガーがあった。

 がらんとしたハンガーの中央に座しているのは、巨大ロボットだった。

 全長は三十メートルほどだろうか。戦国時代の武将の鎧のような外観で全身金箔が施されている。頭部を覆う兜は金鯱を象っていた。背中には巨大な砲らしきものがマウントされていた。


「これは……?」

「封印されていた兵器、『デラダイミョウ』です。古代名古屋人にしか動かせない、強力な兵器です。ここ数百年、これを動かせた者はいませんでした……」

 シロは巨大な鎧を見て、ため息をつく。

「これを動かせるのは、たまたま現れたあなた様……そう、あなた様しかいないのです」

「ちょっと待て! 俺にこれに乗れって言うのかよ!」

 狼狽する俺の手首をつかんで、シロは巨大ロボットのコクピットに繋がるデッキに俺を引きずっていった。

「嫌に決まってんだろ! こんなわけわからない世界で、これ以上面倒ごとに付き合わされてたまるか!」

「じゃああなた様は、何のためにここにいるのです?」

 シロにそう問われて、言い返せなかった。

 恩を受けたこの世界が危機に瀕していることは、意味不明ながらも分かっている。

 社会生活に失敗したように、何もできないでいる自分のままではいたくなかった。

 自分にできることがあるというのに、それに背を向けるのは、逃げではないのか。

 

 何かをしたいという気持ちと、こんなことをしたくないという意思は半々だったが、促されるまま、巨大ロボットの開いているコクピットに乗せられる。

 コクピットの中は雑多な機材で溢れているが、不思議と生物の体内のような感覚があった。

「で……俺は何をすればいいんだ?」

「座ってるだけでいいのです」

 シロが俺の腕の動脈に、ロボットの壁から伸びる採血管を突き刺す。

 その痛みに俺は叫びそうになった。

 巨大ロボットの目がギラリと光り、シロがロボットの外に出ると、コクピットが閉じた。

 俺の血を吸収して、生気を取り戻したかのように、ひとりでに動き始めた。

 シロが壁にあるレバーに駆け寄り、それを引く。

 巨大ロボットの頭上、ハンガーから地上まで直通の経路が開かれ、ロボットは背中に固定されているレールで一直線に地上まで射出されていった。


   ・


 『名古屋ドゥーム』の外縁では、多数の味噌エルフの兵士が手に光学兵器や打撃武器を持ち、敵を待ち構えていた。

 当然、全員ガスマスクと防弾チョッキ着用だ。

 そして地平線の彼方から、『敵』が群れを成してやってきた。


 鶏の頭と屈強な人間の体をした怪物。それが群体になってやって来る。

 それらは『名古屋ドゥーム』の手前で立ち止まり、首長らしきひときわ巨大な体を持つ者が、拡声器を持ってエルフたちに宣言した。


「この荒廃した世界において、純名古屋の血を持ち、環境に適応した我らこそが、正統なる名古屋の後継者である! 今すぐ聖地を明け渡すのだ!」


 そうした要請に対し、名古屋ドゥームから、空中に巨大なスクリーンが投影される。

 そこにはカツパン老人がいた。


「残念ながらそれはできん。貴様らは名古屋の民ではなく、単なる家畜! 我らの生活を脅かす権利は、貴様らにはない! 武力には武力をもって答えさせていただこう!」

 老人の言葉と共に、エルフたちが武器を構える。


「ゆ、許さん……コケにしやがって……コ、コケーッ!」

 名古屋コーチンの首長が怒りに鶏冠を真っ赤にする。

 そして戦争が始まった。


 味噌エルフの軍隊は、国旗を掲げて進撃した。

 その国旗は青いドラゴンの旗、『中日ドラゴンズ』のトレードマークだった。


 味噌エルフたちは、自分たちを鼓舞する音楽を大音量で鳴らす。

 それは、中日ドラゴンズのテーマだった。


 ドラゴンズの歌詞をバックに、光学兵器で武装したエルフたちと鶏頭の怪物がぶつかり合う。

 レーザー銃が、鎧で包まれた屈強な怪物の体を貫く。

 だが倒された味方の屍を超え、名古屋コーチンたちは進撃してくる。その数は夥しく、いくらエルフ側が優秀な武器を持っていても、物量で圧倒してきた。

 先頭のエルフの体が、名古屋コーチンの強烈なパンチで吹っ飛ばされる。

 それを皮切りに、エルフの陣形は崩れがちになった。

 その様は地獄絵図と言ってよかった。


 何時間にも及ぶ戦いの末、やがて、味噌エルフの側が押されがちになる。

 屈強な肉体を持つ名古屋コーチンとは、体力のポテンシャルが違うのだ。

「いいぞ! いいぞ! このまま押し切ってしまえ!」

 名古屋コーチンの一人が歓喜の声を上げる。

 エルフの一群は、ドゥームに向かってじりじりと後退を余儀なくされた。


「諦めるな! 救世主は必ず来る!」 

 空中に投影されたカツパン老人がエルフたちを鼓舞する。

 絶望に沈んだエルフたちの目に、再び闘志がみなぎった。


 そして両者の泥沼化した戦いのさなか、戦場の中央に大きな穴が開いた。

 エルフも名古屋コーチンも、穴の上にいた者はそこに滑り落ちていく。

 そして穴から出てきたのは……金ぴかの巨大ロボットだった。


   ・


「ここは……」

 戦場にいきなり放り込まれた俺は、ただ困惑するしかなかった。

 ロボットは生きているように、ぐおうと咆哮した。

 その咆哮は、戦場にいる者たちを恐怖ですくみ上らせるには十分すぎるほどだった。

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