ファンタジー系
『リスタァトの魔法』【現代設定・魔法少女・ファンタジー】
ずっと冬の星空は好きだった。だからと言って飛びたいとは思ったことはないけれど。
冬の空は澄んでいて、高くて、仄かな光まで散らばされている。中心部だと街の明かりが夜空を消してしまうけれど、そこをはずれてしまえば途端に様子を変える。
高台の住宅街へと伸びる道路沿いには木が競い合うように生えているが、その隙間からも空はちらちらと見ていた。この坂を登り切れば、高台に出る。そうすれば一面の星空を堪能できる。
暗闇を縫うように道を照らす街灯もあまり役には立たない。真下は明るいが、その縫い目はそのぶん余計に暗いような気がする。
蛾が鱗粉を撒き散らしながら飛んでいるのを横目に、つい数秒前まで白い息を吐きながら坂道を登っていた。時折車のヘッドライトが追い越していく他は、しんと静まり返った夜の街。
「そこのきみ、魔法少女はじめませんか?」
そう声をかけられたのは確かだ。ぞわりと肌が粟立って、不審者かと足を早めたのも覚えている。高校で何か注意があったかと巡らせるが、不審者情報に覚えはなかった。
理彩が無視を続けても、それは構うことなく喋り続ける。
「きみは今から死ぬことになってます」
まさかこの人、通り魔かなにか? 犯行予告? 身を硬くして、更に足を早めた。嫌な汗が流れる。スマートフォンの緊急モードを起動できるように手の中で操作する。危ない人はどこにでもいるのだ、常に気をつけないといけない。
「きみは死ぬ。……そういう予定なのですが、魔法少女になっときませんか? そうしたらきみは死なずに済みますよ。ええ、大切なものはなくすかもしれませんけど」
返事をしてはダメだ、気がつかないふり、気がつかないふり──。ちらりと背後を伺い見て、愕然とした。
誰もいない。しかし声は続いている。
「さあ時間がありません。イエスか、ノーか」
脂汗が滲む。理彩は慌てて走り出していた。
「イエス、オア、ノー。是か否か、さあ」
さあ、さあ、と急かされた次の瞬間、理彩の身体は意思と関係なしに空に踊っていたのだった。
何が起きたかは咄嗟にはわからなかった。
ヘッドライトが見えた気がする。気がついた頃には身体が宙に放り出されていた。胸のリボンがくるくると舞って、空に橋をかける。重たい塊にぶつかった衝撃で肺から空気が飛び出した。スローモーションですべてがひっくり返った。
──きみは今から死ぬことになっています。
声がリフレインする。
──イエスか、ノーか。
そのうち時間が止まった。理彩は呻き声を絞り出した。
「たしかに、聞きましたよ」
キュルルルと耳障りな機械音が響いて、途端に時間が動き出した。景色が猛烈に流れていく。目まぐるしく回転して、もうダメだと目を瞑って────気がつけば、沿道に立っていた。ごうっと車が走り去る。星が瞬いている。
「…………夢」
白昼夢か、車に撥ねられた錯覚でも覚えたのか。心臓が早鐘を打つ。嫌な汗が流れて、動悸が激しい。
いつまで経っても理彩が地面に叩きつけられることはなく、無事に立っている。何が起きたのか、やはり白昼夢でも見たのかと辺りを見渡したところで────勢いよく首根っこを引っ張られた。
刹那、鼻の先を車が猛スピードで駆け抜けていく。
「よしてくださいよ、折角捻じ曲げたのに」
無駄にするつもりですか、使った力もタダではないんですよ、と叱りつける声に、再び心臓が握りつぶされる。さっきの声だった。
「……あ、あの、あなたは」
へたり込んだまま、理彩はようやく声の主を見た。
男とも女ともつかない。切れ長の薄紅色の瞳、血色の悪い肌、シルクハットに燕尾服、ヒール付きのやたらゴテゴテしたシューズ、真っ白な髪と相まって、コスプレのような印象を受ける。
彼女──或いは彼は、明るい笑顔を理彩に向けた。人懐こく、無邪気で、晴れやかな笑顔。
「誕生日おめでとう!」
「……いや、あの」
今日という日は別に誕生日ではない、そう続けたかったのだが、即座に遮られた。
「あなたは死んで、しかしそれをこのリスタァト様が捻じ曲げた。結果あなたは魔法少女として改めて生まれたでしょう? 今、この瞬間に」
理解が追いつかない。ただ、名前はリスタァトということだけはわかった。
「リスタァト?」
特に呼びかけるつもりもなく口にしたところで、形のいい眉が歪む。
「呼び捨てとは感心しませんね、少なくても初対面であれば礼を最低限は尽くすべきではありませんか? その程度で潰されるようなちっぽけなプライドなのでしたら、ええ、私が折れて差し上げますが」
不愉快を隠そうともしない。気位が高いのか、こだわりが強すぎるのか、どちらにしても付き合って碌なことはない。
──なんだこいつ。
けれども刺激することは憚られて、おとなしく訂正した。
「……リスタァト、さん」
「ええ、素直でよろしい。──さあ、場所を変えましょうか、生まれたばかりの魔法少女さん。お手を?」
差し出された手は手袋に覆われている。逡巡して、ようやくそこに手を載せた。
リスタァトは微笑むと、いつの間にか手にしていた杖で足元を叩いた。ぶわりと風が巻き起こって、二人丸ごと夜空に舞い上がる。理彩は思わずリスタァトの腕にしがみついていた。
「な、な、なにこれえッ」
──夢だ。夢を見ているのだ。
そう思わなくては納得できない。いきなり知らない人に死ぬぞと脅され、魔法少女がなんだの迫られて、空中散歩ときたもんだ!
しがみついたまま、リスタァトを見上げる。近くで見るとつくづく、作り物めいた造形をしていた。
「あの」
「はい」
「あの、なんなんですか。なにもかも、なにがなんだか……魔法少女ってなんですか。リスタァトさんは一体……」
「魔法少女は魔法少女ですよ。あなたは女性なので、魔法少女、当然男性なら魔法少年というわけです────ご存知ない? 昨今そういう創作物には困らないとは思うのですが……エンターテイメントはお嫌い?」
理彩は頭を振る。小さな頃に憧れていた魔法少女のアニメが脳内に浮かんだ。確かに、先輩キャラとして、高校生くらいの年頃の魔法少女もいた。
「…………変身して、不思議なパワーで戦う系、です?」
「その通り」
「あなたはその元締め的な……」
「その通りです」
リスタァトは指を鳴らして微笑んだ。
「簡単なことです。あなたは死ぬはずだった運命を捻じ曲げることをこのリスタァトに頼んだ。その代償に、魔法少女となったんですよ。あの瞬間にあなたは魔法少女として造り変えられたんですから、魔法も、ええ、当然使えますよ」
「……はあ」
理解が追いつかない。思考がぐちゃぐちゃと混ざって、絡まって、うまく言語にならなかった。
──頼んでないけど。
──造り変えられた?
──魔法少女って……。
どうにか口にできたのは、
「魔法が使えるんですか」
そんなものだった。
「ええ、戦う術がない人を討伐に送り込むほど、リスタァトは落ちぶれておりませんよ。害悪と呼ばれようともね」
「……戦う?」
「はい。あなたには魔法少女として、悪いモノを退治していただきます。その為の
(ここまで)
未完集 井田いづ @Idacksoy
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