恋愛系

『エスカランチェの結婚』【恋愛・ファンタジー】

・過去の恋愛系のコンテスト用に作成したメモ

・思いついたところだけ、ほぼ箇条書き文章です


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 真昼の陽光が降り注ぐ中を、ニカは売られる仔牛のような心持ちで馬車にゆられている。がたごとと車輪が回る音を聞きながら、すぐそこに来ている暗い結婚生活に思いを馳せていた。


 花をあしらった真白いベールに、レースとリボンをふんだんにあしらったドレスに手袋、そして金の刺繍の入った白い靴。格好だけは一丁前に花嫁なのに、乗せられたのは黒塗りの古い馬車。一応馬車の後ろを護衛の騎士が付いてきているのだが、守るためと言うよりもむしろであるような気がしてならなかった。


 ああ、エスカランチェ!


 呪われた家、悪鬼棲まう城、あの悪名高いエスカランチェ家にニカは嫁に行くことになっている。

 ただ、というのはあくまでも人の噂にすぎないが、そういった話がまことしやかに囁かれているのは事実だった。話を聞いた時──こういうものは大体もう断れる段をとうに越している時に聞かされるものだが、例に漏れずニカは困惑を隠せなかった。

 身分の差もあり断れる話でもなく、けれども納得など中々できず。


 よくありがちな、家同士の取引だ。


 片や領地を立て直すための金策の為。片や領地を脅かすモノへの対抗のため。それぞれ娘と金を差し出したというわけだ。

 特にニカの家にとってはあまりに旨味のある話だった。ニカは兄弟姉妹の中でもいっとう偏った魔法の才と魔法への耐性があった。それは比較的穏やかな実家の周りではあまり役に立たない。

 勉学は人並み、容姿も悪くはないが特筆することはなく、社交的かと言われればそれもまた人並みなのである。なにより喧嘩っ早さもあって、彼女は貴族令嬢としては「凡庸」と称するにも過分なほどであった。

 彼女の凡庸さは優秀な兄弟姉妹ので、殊更に悪目立ちした。

 陰での渾名は「リーリング家の出涸らし娘」、放っておけよとニカは思うが、貴族に生まれたからにはそうも言えない。


 そんな末娘を是非にと言ったのが、高貴なるエスカランチェ家なのだ。その知らせがもたらされた時はなんかの間違いではないかと、色々な意味で勘繰ったものだ。

 先代エスカランチェ公が隠遁して、今は若きイオ・エスカランチェが跡を継いでいる。主要な場以外は滅多に外に出てこない一族ではあるが、その歴史は長く、ニカの実家とは比べようもなく裕福な家だった。その家に足りないのが魔法の才だという。そこに都合よく現れたのがニカだったというわけだ。

 売れ残った出涸らし娘を大枚叩いて買い取った。


 あれよあれよと言う間に話は進み、家族とアッサリとした別れを済ませて気がつけば、がたごとと馬車に揺られて半月ばかりの道のりを経て見知らぬ土地へと送られていた。

 最後に立ち寄った町で花嫁衣装に着替えさせられたニカは、暗雲立ちこめるエスカランチェ城の前で降ろされた。護衛の騎士たちが素早くエスコートしてくれるが、実家から連れてきた侍女と使用人のほとんどはここでお別れとなる。


「お嬢様、どうかお元気で」

「奥様も旦那様もお言葉にはされずとも、お嬢様の御身を案じておられます」


──それはどうだか。

 そう思わなくもないが、ニカは穏やかな表情に留めた。


「わかっているわ、あなた達もどうか気をつけて」


 城へ足を踏み出す。門を潜ればすぐに背後で錠を下ろす音がした。人の移動する音、馬の嘶き、車輪が土を踏む音。

 騎士に「そろそろ」と促されて、ニカはまた歩き出した。規則正しい石畳を踏んで屋敷へと通される。

 暗い城内ではニカが一番色鮮やかなモノになった。髪も、瞳も、ドレスも屋敷で浮いて見える。艶消しをした騎士の鎧に、落ち着いた色合いの調度品。絨毯も血のように暗い赤色で、色合いがほとんど正反対だった。


「奥様、どうぞこちらに」


騎士が気遣うように声をかけてくる。


「暗いでしょう、足元にお気をつけください。瘴気のせいで中々灯りが機能せず……客間は辛うじて明るいのですが」

「ありがとう。その、みなさんは平気かしら」

「ええ。慣れてますので。お困りのことがあれば我々にお申し付けくださいませ。客間にて旦那様がお待ちです」


 果たして、通された客間に彼はいた。ニカはゆっくりと深く礼を見せた。こう見えて社交の場は踏むだけは踏んでいた。仕草に粗はないだろう。

 ゆっくりと、正確に発音する。


「お初にお目にかかります、旦那様。リーリング家より参りましたヴェロニカでございます」


 絵ですら碌に見たことがないその男は、人間の形をとっていた。全身を紫紺の衣に身を包み、黒い髪、褐色の肌に黄金の瞳が眩しく光る。見惚れかけて、慌てて視線を逸らした。

 彼は作り物めいた笑みを湛えて、これまた卒のない仕草で応えた。


「はるばるようこそ来てくれました、リーリング嬢。私がイオ・エスカランチェです。どうか楽になさって、そちらにお掛けください」

「ありがとうございます、旦那様。けれど私ももうエスカランチェでございますわ。どうかニカとお呼びくださいませ」

「それは失礼しました、ヴェロニカ・リーリング嬢」


 これにはさすがにカチンときた。

 イオはどうあっても愛称を呼ぶ気はないらしい。それに、相変わらずの『リーリング嬢』! まさかこの男、結婚をしたくないと我儘を言っているつもりなのだろうか。こちとら、慣れ親しんだ全てを捨ててやってきたのに、自分だけが不幸だという顔をして当たりやすい人に当たるなんて!


(悪鬼だろうがなんだろうが、こんな人と結婚をするだなんて最悪だわ!)


 その最悪から逃げられないのが悔しい。ニカは笑顔を貼り付けたまま、あくまで丁寧に椅子に腰を下ろした。

 彼は長い脚を組んで、偉そうに椅子にふんぞり返った。音もなく執事がやってきて、二人の前にティーセットを並べる。いつの間にか騎士達は姿を消していた。


「お酒は大丈夫ですか、レディ?」

「嗜む程度なら」

「良かった、我が家で出すお茶にはブランデー漬けの砂糖を入れていますので。さぞお疲れでしょう、よろしければどうぞ」

「ありがとうございます」


私はカップの中の液体を意味もなくかき混ぜた。イオがじっとそれを見つめるので、居心地が悪いったらなかった。

 暫く静かな時間が流れて、ティーが冷めきった頃にようやくイオが口を開いた。


「さて、さっそくですが、私について──いえ、エスカランチェについてはどの程度ご存知でしょう。ああ、テストをしているのではありませんよ。あなたの言うようにあなたも既にエスカランチェの人間だ。知らないわけにはいかないでしょうし、確認のためにお聞きしたのです」


イオは隠そうともせずにニカを品定めしていた。不躾で、無遠慮。まるでニカが敵であると決めつけているようで気分が悪い。

 などと大層な渾名がついてはいるが、蓋を開ければ現状を跳ねっかえすほどの胆力はないけれど、ネチネチと新妻を虐めることしかできない悪ガキあがり。

 どうせ既に結ばれた婚姻だ。互いにいやだなんだと言って好き勝手に破棄できるものでもない。そうとなれば、だ。

 ニカは優雅に微笑んだ。舐めてかかるなら迎え打つ。どうせ行くも戻るも地獄なのだ。


「エスカランチェの歴史は学んでまいりましたわ、旦那様。深いお話は当然、これからとなりますけれど、その成り立ちや関わる方々の御名前は学んでおります」


すっと背筋を伸ばした。出涸らしだろうが、貴族としての当たり前を身につけさせてくれた点は家族に感謝だ。


「エスカランチェの欲するもの──この婚姻における私の役割も理解しておりますわ」

「……この城に入られる時には随分と緊張されていたようだが、落ち着いたようだな」

「まぁ、見ていらしたの」

「たまたま。この部屋の窓からは表の門がよく見えるのですよ──しかし、よかった。怖がられては話もできないが、嬉しい誤算、あなたはそうでもなさそうだ」


イオは鼻で笑った。


「なにもしていないというのにそう怯えられては気分も良くない。大方あの馬鹿馬鹿しい噂話から──! 王にのみ忠誠を誓い、殺戮を好み、あらゆる屍肉を喰らい、夜な夜な背から翼を生やして天に蠢く化け物と……は、馬鹿馬鹿しい」


ニカは笑みを絶やさないが、確かに聞いた話そのままだと内心頷いていた。

 悪さをしたら悪鬼公に喰われるぞ、なんて脅し文句は密やかに庶民にも謳われていた。悪人を喰らうのを好む異物ゆえ、王も黙認しているのだろうとまで言われていた。

 それに対処もしないものだから、どんどん噂は膨れ上がる。


「そんな悪鬼公に嫁がされて大層な悲劇に苦しむことかと思いますが、君と同じくらい、この悪鬼公にとっても予定外の婚礼なんですよ、リーリング家の出涸らし娘。なんだってこんな──」


 わざとらしく悲嘆に暮れるイオに対して、ニカは手を軽く二度打つことで応えた。

 パン! パン!

 部屋のあちこちで破裂音が炸裂する。そこから黒い煙が立ち上ると、さすがのイオも目を見開いた。しかしそれも僅かなことで、何事だと入ってきた侍従をなんでもないと押し返した後には意地悪く笑ってみせた。


「まさかこの程度で怒ったのです?」

「いえいえ、子供じゃあるまいし、そんな幼稚な煽りはいたしませんものね?」

「ほう」

「天下の悪鬼公たるお方が自分だけが被害者であるかのようになさるなんて、大層なお名前を笠にそんな可愛らしい……。私はただ私の役割を理解していることをお示ししただけですわ」


 エスカランチェ家が買ったのは"ヴェロニカ・リーリング"ではなく、その魔法の才だけだ。魔法でエスカランチェを助け、そして子供にその才を遺すことが契約となる。そういう取引だろうとニカは真っ直ぐにイオを見た。


「私、そう悪い花嫁ではありませんのよ、旦那様。線引きはきちんといたします。あなたが私を妻としての立場だけ立ててくださるのでしたら、愛も過分なお金や余計な名誉も望みませんし、お約束したことは守りますわ」

「……その代わり、私もあなたに失礼な真似をするなと。あなたに生活を提供すればいいと。そういうことですか────まあ、うん、提案は魅力的だ」


イオは存分にもったいぶってから、芝居がかった仕草でこちらに向いた。


「認めましょう。確かにあなたの力が必要なんだ、ヴェロニカ嬢。あなたも巻き込まれただけ、確かにそれもそうです」

「あら、今頃気がつきましたの? 鈍いお方」


それにやっと名前を呼んでくださいましたのね、とニカは微笑んだ。


「先ほども言いましたが、リーリング家は既に助けられましたわ。ならばお返ししなくては不義理というものでしょう。果たすべき責務は果たしますとも」

「うん、我々は金を、君たちは魔法を。互いに与える、そう言う約束だ」

「私たちは恋人にはなれずとも、きっとよいパートナーにはなれましょう?」

「もちろん。では、改めて。ようこそおいでくださいました、ヴェロニカ。エスカランチェはあなたを歓迎します。私のことはイオとお呼びください」

「私のことはどうかニカと」



(ここまで)

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